「水滴」「ブエノスアイレス午前零時」「ゲルマニウムの夜」
- 「芥川賞全集 第18巻」、文藝春秋社('02)の中の表題の3編を読む。いずれも30p程度の短編。「水滴」の作者は目取真 俊で、平成9年上半期の受賞。「ブエノスアイレス午前零時」は藤沢 周作の平成10年上半期の受賞、花村 萬月の「ゲルマニウムの夜」は平成10年上半期。石原慎太郎らが選考委員であった時代の作品だ。
- 「水滴」の主人公徳正は首里の師範学校生在学中に鉄血勤皇隊員になり、沖縄戦を転戦し追い詰められて、最南端の摩文仁海岸で捕虜になった。沖縄の戦跡は何度か巡った(「台湾~沖縄クルーズⅢ」('15))。摩文仁には平和記念公園があり、沖縄師範健児之塔がある、ひめゆりの塔と陸軍外科壕跡はごく近所だ。資料館の遺影は彼ら彼女らの幼さの残る姿が胸を締め付けた。
- 戦後でなくなったころの物語であろうか。徳正は奇っ怪な病に冒され病床から立てなくなり、しかも言葉すらままならぬ状態に陥る。この病は右足が巨大に腫れ上がり、足の親爪あたりから、絶えず腫れをもたらす体液がしたたり落ちるという奇病~局部肥大症(中国文献が多く検索される)。しかもその体液が毛生え薬とか強精剤としての効能があるという脱線挿話が入っている。ここは作者が物語のために創ったまやかしだろう。この奇病は、沖縄戦で共に生死の境を彷徨し、見捨てられていった外科病棟患者の幽霊を執拗に呼び出す。'53年の映画「あゝひめゆりの塔」は何回か見ている。幽霊が伝える情景は小説の文字の何倍にもなって私に語りかける。
- 学生が担当する水場が艦砲射撃の的になっている。徳正ら壊滅状態の部隊が摩文仁へ落ち延びて行く。野戦病院壕に残された重負傷患者も脱出しようともがく。各所で自決手榴弾が爆発する音がする。その一人で同郷友人であった石嶺が幽鬼のように徳正の病床に現れ、親指の爪からしたたる体液を飲むのである。戦場の彼らは渇していた。貴重な水筒の水と乾パンを同郷の女子学生が置いて行く。彼女はあとで手榴弾自決を選んだことを知らされる。懸命に介護してきたがもはや歩けず虫の息の石嶺をついに見放す。「赦してとらせよ、石嶺・・・・」。
- 戦後、石嶺の母が訪れてくる。徳正の無事をわがことのように喜んでくれる。石嶺の消息についてはウソをつくしかなかった。以来戦中の記憶は黙して語らぬようになる。でもこの10年来戦争体験講演に始終引き出されるようになった。米軍軍政下の惨めな描写がある。あれからもう50年経っていた。ある日、17才のままの石嶺の幽鬼が「ありがとう。やっと渇きがとれたよ」と云い、壁に消えた。徳正の足の腫れが引いた。幽鬼はもう現れなくなった。
- 「ブエノスアイレス午前零時」はリゾートホテル従業員カザマの話。場所は地理院地図で新潟県東蒲原郡阿賀町広谷と見当が付いた。大雪地帯だ。小説に湯源と書かれた善入山あたりに温泉の記号が3ヶ所に出ていた。Google地図のStreet Viewで見ると、ホテル2軒は営業しているようだった。2軒は廃業。その内の1軒は朽ち果てている。国道49号線から阿武隈川支流の常滑川を遡りさらにその支流の広谷川に入るあたりだ。随分と鄙びた位置だ。それに河辺の集落からも離れている。
- 冬の日に、社交ダンスの会メンバー50名が到着する。小説は1990年代後半が舞台のようだ。我が国の社交ダンスの最盛期だったのではなかったか。中高年配者に人気があった。当時の私も同世代で、レッスンに通ったから、なつかしい話だ。今はどうか知らないが、地方のリゾートホテル(リゾートが日本語化したのもこの頃だった)にはどこでも大きなホール(カザマのホテルでは110坪とある)が用意してあったのを思い出す。温泉ダンスパックツアーで検索してみたら、ツアー会社や大型ホテルの名でいくつか出てきた。まだまだ同好者は多いらしいと判った。
- この団体客に、60代の糖尿で網膜をやられしかもやや認知症の疑いのあるおばあさんミツコがもう一方の主役。彼女はまだらボケで、正気のときもある。どこまでが本当か判らぬままに文章が進む。カザマはホテルのダンス要員でもある。人気のないミツコのお相手も買って出る。題名の「ブエノスアイレス」は彼女の若き日の遊蕩の中で、しっかり記憶が残る生活の場だった。ミツコの好みはタンゴで、題名にはアルゼンチン・タンゴが懸けてあるのだろう。題名後半の「午前零時」は深夜までのダンス・パーティを示すのだろう。付添人の妹が姉の気晴らしに「よかれ」と思ってツアーに誘ったという。この年代の姉妹の絆とか道義観とかを感じる。今ならこんな世話は姉妹の間では希の希だろう。
- 温泉宿の何か周囲とは孤絶した洋風の雰囲気を出すためだろう、カタカナ語で充満した文章が続く。ダンス用語には免疫があるので何とかついて行けるが、往生なのは化粧法、装身具、衣装と料理。人名にもかなりの人にカタカナを割り振ってある。小説の表現法一つとってもこうだから、芸術多様化の中で、ひとかどのプロとなるのは大変なことなんだと思った。
- 「ゲルマニウムの夜」のゲルマニウムはゲルマニウム・ダイオードのことで、鉱石ラジオの検波器のことだ。私は中学3年のころ敗戦の翌々々年頃に、ラジオ作りをやった。「初歩のラジオ」とか云う雑誌が店頭にあったのを覚えている。そのころの検波器は天然の鉱石で、私はゲルマニウム・ダイオードを使った記憶はない。日本のゲルマニウム・ラジオはきっと'50年頃よりあとだろう。
- 主人公は22才の青年男子「僕」。修道院のわけあり男女の救護院出身で、中学部を卒業して一旦は社会に出たが、殺人を犯し元の古巣へ逃げ込んできたという経歴。舞い戻る前にプラモデル屋で、ほこりを被ったゲルマニウム・ラジオ・セットを見て、衝動買いをする。組み立てた経験があるらしい。それが中学部のことだったら、この小説は'50年代後半の話になる。
- 米軍の占領支配は終わっていた。だがGHQの遺産はかなりがそのままだった。都下の旧陸軍の広大な敷地はGHQから払い下げられて、白人の神父が院長を勤める修道院つきの孤児院今の救護院となっていた。中は治外法権的雰囲気だった。実際にそんな施設が都内にあるのかあったのかちょっと定かではない。劣等感からの偏見に満ちた表現なのかも知れない。覚えのある厭な時代雰囲気が描写してある、「神父や修道士修道女は仏教の坊主たちよりはなんとなく気高いような錯覚を世間一般の人が抱いている。」と。白人コンプレックスの浸透には直接間接に米軍が関わり合っていた。その背景にはもちろんアメリカ文明があった。「僕」はゲルマニウム・ラジオで米軍放送を聞いている。
- 修道院の性に関する表と裏の落差がこの小説の主題である。院長が男色~ホモで、そのイロになるという条件で、殺人犯の「僕」を匿うところからして既に強烈である。「僕」はすさんだ荒くれにもかかわらず、女にはコンプレックスがあるのか、実際の性交には臆病で、未だに童貞というのも面白い。修道女見習いをアスピラントというのだそうだ。修道女は「童貞さま」というとある。キリストに生涯お仕えする世俗からは無縁の女が表向きの姿だが、「僕」が院内の牧場で知り合ったアスピラントは、性のはけ口に童貞の「僕」を誘惑し、ついに始業の朝4時半前までむつみ合う。三島の「金閣寺」('23)、水上の「金閣炎上」('23)は、修行青年僧の犯罪を扱うが、やはり性の問題からは逃げられなかった。でもそれらに書かれた内容から見れば、はるかにべったりと脂っこく修道院の性を描写した。
('25/5/24)