グローバルサウスの地政学(その二)

第二部は「各国編「グローバルサウス」関係主要国の論点」の11章。
第7章は「ブラジル、アルゼンチン、メキシコ」。
ブラジルの公用語はポルトガル語、アルゼンチンとメキシコほか多くのラテン系アメリカはスペイン語。Copilotによると、中卒程度でも3~5割は互いに理解し合えるという。反米の中南米の地域中進大国でカトリック系、それに皆自由民主の旗印を掲げるから、まとまれる素地は十分あると思うし、そうなれば相当な勢力となるはずだが、なかなかそうはならない。政権の旗色が各国で異なるのは当然だが、政権交代の前後での政策の落差が大きすぎる。アルゼンチンがBRICS加盟を取りやめた例など記憶に新しい。激しい貧富の差、麻薬、政治の腐敗などが足を引っ張る。トランプ政権が中南米を親米ムードに転換させることはない。800万人はいるアメリカからの強制送還対象者を受け入れる余裕のある中南米国はない。それでもトランプ政権は摩擦と引き替えに強行しようとするだろう。
第8章は「ロシア」。
ナイル川上流のアスワン・ハイダム建設におけるソ連の援助は、ことに中東域での「グローバルサウス」政策として世界史に残る出来事であった。でもせっかくの布石も空しく、被支援国の「ソ連使い捨て」に終わった。独裁国にありがちな一貫性、持続性の不足に問題があると思う。今はプーチン大統領の緩衝地帯造成政策で、ウクライナの領土化を進めているが、長期の戦争と西側の締め付けで経済的にはもう破綻状態なのだろう。「ロシアの悲しい地政学」という項目がある。中ロのどちらが盟主かと問われれば、誰もロを上げないだろう。
第9章は「インド」。
かってコールセンターなどのアウトソーシングが、インドの経済発展の一方を担っていると聞いたときは驚いた。スズキ自動車の進出が大成功であった話は今や伝説になった(「おやじ鈴木修」('21))。でもあの巨大人口低賃金の国に外資による産業が意外と少ないようだ。それだけで独立の世界たり得る亜大陸の複雑さが進出をためらわせる。独裁で能率良くと思わないのか。ここに民主主義が根付いていることに「インド人は伝統として国内に複数の権力中心が存在することに不安を感じない」と言う感想が述べられている。非同盟主義の「ひょっこりひょうたん島」地政学を実行する。
第10章は「中国」。
「グローバルサウス」援助の歴史は長い。周恩来の援助8原則は被援助国にとっては理想的なものだった。しかし今は先述の通りの「中国人のための支援」になっている。それなりの影響力が認められる上海協力機構SCOは、オブザーバーとか対話パートナーの形で参加者を増やしたが、正式加盟国は8ヶ国でしかなく、しかもその中に対立の激しいインドを抱えている。中国「島」の主に、戦略的利益を共有する真の同盟国はない。
第11章は「南アフリカとエチオピア」。
南アフリカでは、マンデラが負の遺産アパルトヘイトを、「赦しと和解」の高貴な精神の下で見事に取り扱い、熱い国内紛争の種にしなかった。南アフリカがこのアフリカ大陸では経済大国になっていた'11年に、BRICSがBRICS+になる最初の国として加盟した。過去のロシアの支援には並々ならぬものがあり、ウクライナ問題にもロシアよりの姿勢を保っている。その後の経済状況などでの行き詰まりで、現在は保守の白人系現実路線政党と連立している。現在の貿易相手国としは中国がトップだがアメリカはこれに続く。今までの路線を大きく軌道修正することはないだろうが、その方向性には微妙な陰が出ている。
エチオピアは北部で隣国と争い、また民族紛争を抱え、経済は破綻のデフォルト状況だ。中国には大きな借金を抱えている。BRICS加盟の動機には債務処理への「苦し紛れ」的要素が感じ取られる。今後もその他の巨額債務国の参加希望が見込まれようが、BRICSにはそれを丸抱えするほどの懐はなさそうだ。
第12章は「サウジアラビアとUAE」。
「アラブの大富豪」('08)に述べたサウジアラビアは、経済面や国内体制面では基本的には変わっていない。だがアメリカの中東関与の腰が引き加減に見えだしてから、BRICSにも色目を使い出した。アメリカによる安全保障まで袖にする気は毛頭無い。UAEは、周辺ことにイランの目を気にしながら、大産油国のメリットを追求する弱小国の立場だ。BRICS参加で絶妙のバランスを心がけるのでであろう。
第13章は「トルコ」。
NATO加盟はなったがEUには入れて貰えない。トルコ人はヨーロッパ人のつもりだがヨーロッパ人はそうは思わない。ギリシャ・ローマ文明の遺跡が豊富でカッパドキアはキリスト教初期の遺跡だ、しかし今はイスラム教国。誇り高い大帝国の後裔だが、経済基盤は脆弱で、トルコリラはこの10年で1/15ほどの価値に下落した。親日国。興味津々の民族だ。機会主義的外交で「グローバルサウス」外交と呼べるかどうか。
第14章は「イラン」。
西欧の植民地化を免れたペルシャ帝国の末裔だ。シーア派はイスラム教では少数派で、取り囲むスンナ派からは異端視されている。イラン・イラク戦争があった。イラン革命以来危険視する米国とは「生き残り」をかけて対立し続けてきた。政教一体の維持のために、生産石油の国富は政権に納められ国民の受け取る恩恵は少ない。「グローバルサウス」外交は利己への戦術的手段になっている。
第15章は「エジプト」。
古代エジプト王朝以来の地中海を挟んでのヨーロッパ大陸との交流は、必ずしも反西欧的ではない民意を根付かせた。資源的にはさほど恵まれないのに、億を超える人口を出稼ぎとか観光で支えねばならぬ国で、今や債務は限界まで来ている。ナセル以来の長期軍事政権は全方位バランス外交に徹する。BRICSとのお付き合いも主義主張のためではない。
第16章は「インドネシア」。
インドネシアはG20の1員でBRICSには入っていないが、「グローバルサウス」的感覚で外交を進めている地域大国である。イスラム教国だが尖鋭的戦闘的でない。戦後独立の若い国なのに、一貫して民主主義を維持している。私には古くから関心の深い国だった。このHPには「経済大国インドネシア」('12)、「インドネシアの物語」('17)、「東南アジア~15世紀」('22)などがある。経済力は順調に伸びている。バンドン会議以来の非同盟主義、ASEANの盟主などで、今後も地域安定勢力として認められる存在であろう。
終章は「2050年のネクスト大国―縮小・日本は何を準備すべきか?」。
現役をバブル景気崩壊で終えた私はそのとき、次の景気が10年後にはやってくると信じていたのに、叶わぬ夢だった。'50年へ日本は、厭な言葉だが、確実、縮小への道を歩み影響力は限定化する。グローバルサウスは、これまでの先進国の培ってきた世界秩序のやり換えをより強固に唱えつつ、ネクスト大国を目指す国を出す。今のトランプ米国を見よ。経済力に領土、人口、資源、軍事力の5拍子が揃った国が、世の中が不安定になればなるほど、世界を睥睨する。我らには反民主主義、反欧米の際立つ中ロ北朝鮮イランに組する理由は何一つない。民主主義で非反欧米のインド、インドネシア型諸国に望むらくは共栄的な、譲渡を厭わぬ支援を贈ろう。

('25/3/14)