サイバースペースの地政学
- 小宮山功一朗、小泉悠:「サイバースペースの地政学」、ハヤカワ新書(2024)を読む。200pほどの用語検索のない冊子。題名は、サイバースペース〜サイバー空間〜インターネットが作る仮想空間にも地政学が働くという意味らしい。本HPの「海の地政学」('20)あたりの地政学は意味が判りやすいが、サイバー空間となると「ううん?」と思ってしまう。興味を引く題名である。
- 9/22のNHKスペシャルは、中国のSNS利用による自由圏諸国の世論誘導作戦の実際を追跡していた。実行は民間会社でも裏に中国政府の影が色濃く滲んでいるという。9/23の毎日には、中国のSNS上では、日本をパッシングして再生数を稼ぐ手法が横行しているとあった。今回の日本人学校生徒刺殺事件でも、中国SNSには日中対立を煽るデマ情報が多数見られるという。
- 第1章は「「チバ・シティ」の巨大データセンター~千葉ニュータウン~」。私は千葉県の住民だが千葉ニュータウンに出かけたことはない。話は千葉ニュータウン中央駅から始まるが、線路が共有されているという、京成成田空港線にも北総線にも乗ったことがない。成田空港に行く私鉄は、京成本線だけと思っていたからまことにお恥ずかしい次第。千葉市を「チバ・シティ」と書くぐらいだから、本書にはカタカナ語が溢れかえっている。年寄りはお呼びでない本だと云わんばかりだ。
- 受電能力が50メガワットを超える大型のデータセンターが、特定の場所に集まって、データセンターキャンパスを作る。千葉ニュータウンはそのキャンパスで、巨大テックカンパニーのグーグルとアマゾンのデータセンターが既に存在しており、両者のクラウドサービスを利用する日本企業にとって、千葉ニュータウンは魅力的だ。大阪にも生まれる見込みだという。
- データセンターは3種に分類される。エンタープライズデータセンターは自社用で、千葉ニュータウンにはけっこう多い。金融業界や防衛産業が重要データをクラウドに頼らずに安全に管理するために置く。ハイパースケールデータセンターは上段記載のごときクラウドサービス事業者の超大規模データ保管施設だ。キャリアホテルは千葉にはなく、大都市の中心たとえば大手町(NTTコミュニケーションズ、KDDIなど)や堂島にある。通信のハブで、複数の通信事業者と接続されている。それら各社の自社設備が置かれている。ユーザーに近い場所にデータを置くことは、サブミリセカント級の寸刻を争う金融業の通信業務などでは有利に働くのではないか。
- データセンターにとって国際的に重要な問題は、税制とデータ管理権だ。香港や米国のポートランドは、付加価値税率ゼロだがEU諸国では20%前後という。米国のクラウド法は、自国企業の国外サーバにあるデータに対する捜査権を明記した。EUは域内個人のデータの域外移動に強い規制を加えた。EU人の個人情報はクラウド法の捜査権が及ばないことになる。香港の国家安全法設定で中国政府にデータが流れる危険が生じ、香港のデータをすべてシンがポ−ルのセンターに移した企業があった。アイルランドにセンターが集まるようになった。アイルランドがデータの独立性を重視する姿勢を明らかにし、誘致を行っている。
- この業界に不案内な私には目新しい色んな単語が出てくる。データセンターのコロケーションサ−ビスとは要するに部屋貸しで、商売道具は自前の品だ。店子はセンターの安全性を買うわけ。ハウジングは同じ店子でも規模がうんと小さいもの、長屋クラス。ホスティングはセンターの機械と運営を借りるので、私のHPなどまさにその良い例だろう。データセンターサービスを行う有力な会社に、アット東京というのが出てくる。東電系。セコムグループに入っている。セコムと云えば制服の防犯警備サービスが頭に浮かぶが、データセンターがその延長線上にあったのだと勝手に得心した。
- 第2章は「日本がサイバースペースと初めて繋がった地~長崎市~」。岩倉使節団が欧米を訪問した頃、日本との電信は、外国会社による長崎を拠点とする海底電線により開通していた。出発何ヶ月か前に繋がった。数日遅れではあったが、政府と使節団は連絡を取れる状態になっていた。軍事外交交易などへのケーブルの有用性は言うに及ばぬ。海外との通信の内、衛星で繋がる割合は1%ほどで、今も大半はケーブル経由だそうだ。海底電線網は急速に設置が進む。海底ケーブル製造は、銅線被覆電気絶縁材ガタパーチャを独占する英国の独壇場だったとある。ガタパーチャは当時は英領ボルネオ特産だったらしい。ゴムノキとは科が違うガタパーチャノキの樹液から取る。ケーブルは今は光ファイバー。
- 第3章は「ケーブルシップの知られざる世界~長崎市西泊~」。ケーブルシップは聞き慣れない言葉だ。普通は海底ケーブル敷設船と言っていると思う。敷設だけでなく世界に年100回は起こるというケーブル切断にも対応する。浅海用ケーブルには鉄線の鎧を着けてあるものの、切断の4割は漁船に起因するという。光ファイバーの切断位置は、基地から光パルスを送って切断面からの反射波で知るはず。かなり精度は高いだろうが、海底のケーブルは直線的に設置できているわけではないから、実際の位置はそれらしき位置でケーブルを切り、引き上げて基地との連絡状況をテストして確定するのだろう、大変な作業だし、高度の技術が必要だ。敷設船での作業のあらましのレポートがある。さすがの中国もまだまだの位置づけらしい。
- 海底ケーブルの敷設や管理は、慣習的に今までは各国政府が噛んだ国際共同事業であったが、近年グーグルやマイクロソフトといった巨大テックカンパニーのプライベイトケーブルが増えている。中国が国策の一帯一路に沿ったデジタル・シルクロード戦略で、海底ケーブルにも食い込んできた。世界の1割ほどのシェアを確保している。政府の強力な後押しがある。
- 第4章は「AI時代の「データグラビティ」~北海道、東京~」。データグラビティとは聞き慣れぬ言葉だ。データセンターの情報社会に対する重みといった意味なのだろうか。センターがセンターを呼び寄せる点では、グラビティへの比喩は当たっている。グラビティの大きい1つが北海道の石狩データセンター。私はその存在も知らなかったし、その運営主体がさくらインターネットという、大阪で創業したインターネットベンチャー企業であることも知らなかった。立地条件のいくつかが出ている。広大な土地。大電力の安定供給。寒冷地。情報集中域近接地。
- 50MWは黒四の年間平均発電力の半分ほどだ。通信施設の消費電力の内、ごくごく一部は光となってファイバーから外部に送られるが、残りは熱となって機器を加熱する。それを除熱せねばならない。センターは密閉型になっていて寒いぐらいだそうだ。除湿も必要。外気は寒冷な方がよい。日本口内では北海道は適切だ。我が国の電力供給体制は世界的にはきわめて安定な方だが、天災の多い土地である。万一のための自家発電設備は巨大になる。ジ−ゼル発電機になるだろうが、相応の大きな燃料タンクもいる。
- 情報貯蔵所としてなら国内どこにあってもよい。だが動的役割を果たすためにはネットワーク接続性が重要になる。回線の容量のほかに回線の遅延が問題だ。石狩と東京の遅延は18ミリ秒。Web閲覧とかメール受送信だったら問題にならない遅延だが、超高速通信を必要とする金融取引、自動車自動運転制御、オンラインゲームなどになると、この時間が問題になる。今後の展開に重要になるのが計算量が途方もなく大きい生成AI。それに欠かせないのがエヌビディアの高性能GPUで、巨大テックカンパニーが大半の供給先だそうだ。残りの筆頭消費者が中国企業だという。現在、地球上の総電力消費の内の2%をデータセンターが占め、年12%のペースで増加しているという。
- 第5章は「海底ケーブルの覇権をめぐって~新たな戦場になる海底~」。世界の海外通信の99%が海底ケーブルに依存しているというのに、太さが散水ホースほどでしかない海底ケーブルは、外部からの人為的攻撃や自然災害にいたって脆弱なのである。組織的侵略は相手国の通信網遮断から始まるし、政治的テロの攻撃も規模の差があっても遮断しやすいところから狙われる。ロシアには国防省所属の多数の潜水艇母艦とか水上母艦が深海作業艦船の中心になっている。平和時の光ファイバーからの盗聴も可能になっているようだ。中国は、日欧米で独占してきた海底ケーブル網に真っ向から挑戦している。シンガポールからマルセイユまでの長距離敷設に低価で応札し、その技術面から資金力までの実力を示した。日本領海近辺にしばしば中国情報収集船が現れるのも、海底の通信あるいは防衛設備の調査が主眼なのであろう。
- 第6章は「ポスト帝国のサイバースペース~エストニア、ロシア~」。クリミア半島から始まったロシアのウクライナ侵攻に、バルト三国は危機感を募らせたことであろう。ロシア系住民は、エストニア、ラトビアでは全体の1/4に達する。エストニア~ロシア国境の町ナルヴァでは9割近い住民がロシア系だという。ロシアの介入侵攻には神経が休まらないだろう。住民間対立に火を注ぐような、ロシアからのサイバー攻撃DDoSがあったことは有名だ。ソ連崩壊でようやく独立を取り戻したエストニアは「脱ソ入欧」を目指す。通信インフラもソ連のシステムから、北欧手本のヨーロッパスタイルに変換している。
- ロシアのインターネット監視体制は、プーチンが大統領に返り咲くと、急に厳しくなりだし、通信インフラそのものに対する国家管理を強めるようになった。「主権インターネット」構想といい、ドメインネームの管理まで政府に移管する姿勢を打ち出した。国内外に通じるインターネットエクスチェンジIXすべてを政府登録にし、政府が監視と制御さらには統制を加えることが可能になった。
('24/10/4)