サピエンス前史
- 土屋健:「BLUE BACKS サピエンス前史~脊椎動物の進化から人類に至る5億年の物語」、講談社(2024)を読む。索引、参考資料リストを入れて250pほど。
- 8/30台風10号のために、NHKは中継予定の巨人vs阪神戦が中止になったため、その穴埋めに2015の科学番組を再放送した。番組名は「ドキュメント 生命大躍進「第1集 そして“目”が生まれた」、「第2集 こうして“母の愛”が生まれた」、「第3集 ついに“知性”が生まれた」。なかなかの力作で、おサカナからヒトまで、ちょうどこの本が扱う範囲を、重点的ではあるが、その当時の最新の考古学的発見を取り入れながら解説していた。
- このHPには「哺乳類誕生T、U、V」(2015)があって、別角度のサピエンス前史を書いている。ネアンデルタール人のDNA解析が成功し、ホモ・サピエンスとの比較が行われるなど、'15年頃は、この分野の研究の日進月歩ぶりが注目された時代だった。それからの9年の今日までに、どんな成果があったか。
- 本書の特徴は、ヒトに至る進化に70の道標を設け、その機能獲得経緯をほぼ時代順に並べたことである。第1の道標がおサカナ時代からの目。上記NHK第1集では見事なアニメーションを使って、動物が植物の葉緑素DNAから光を感じる機作を借り出したと言う仮説を唱えていた。本書にはそんな仮説はない。鱗もなければ鰭もない、顎もないし歯もない最古の脊椎動物のおサカナ(5.15億年前)にすでに2個の目があった。目は動と静を分ける基本器官である。
- 第2の特徴が歯。第3が顎。第4が鰭。第5と第6は首の骨と腰の骨。第7は手足。四足動物の登場はデボン紀末期だった。第8が指。第9が肺。始め1つだったが二つ目の肺を獲得して、四肢との共同でいよいよ陸上世界に進出する。第10は羊膜。石炭紀半ば。陸上で繁殖するには卵の水分が逃げてはいけない。さらに第11の羊膜を包むカルシウムの殻で、卵を陸上で産むことができるようになった。ワニに近い雰囲気で這い回っていた。ワニは水辺の砂地(ここも陸上)などで産卵する。この有羊膜類から、恐竜類に発展する竜弓類と我ら哺乳類の源である単弓類が出てくる。
- 第12は単弓類頭骨の一つの側頭窓。第13は顕著な脊椎の分化。第14は横隔膜の獲得。第15は性的アピールを匂わせる身体変化。第16が異歯性(真盤竜類になって大小2種類の歯)。第17が汗腺。第18は四肢が胴体のほぼ下へ伸びるようになったこと(獣弓類〜ペルム紀)。第19は内温性(温血性、恒温性)の獲得。ヒトに直結する系譜にある種類ではないが、近傍の位置にこれらの機能を獲得した生物がいた。ここで2.52億年前の生命大量絶滅事件(原因不詳)が起こる。大型単弓類死滅、竜弓類全盛に入る。しかし白亜期末の6600万年前の巨大隕石衝突による、再びの大量絶滅事件で大型恐竜類は全滅、哺乳類の天下がやってくる。この雌伏期~中世代に先祖は恐竜や植物に見られる大型化の方向には進まず、多様化の針路を進む。大量絶滅事件でも生き延びれた理由だ。
- 大型化したのもいたが彼らは長くは続かなかった。捕食される立場の小型動物としてどこでも何でもやれる方向への機能の進化は早かった(第20~第35)。「捕食される立場では多様化指向性が強い。なぜなら小動物であることは数が多く突然変異に対するスクリーニングのチャンスが多い、活動範囲が狭いから地域の特徴をつかんだ変異という多彩性がでるから。」と私は思う。何でも効率よく食える口腔器官への進化(第20、21、22、24、25、28、32)、体毛の獲得(第26)、掴む能力の会得(第27)、乳腺の出現(第31)、そして長い「妊娠期間」(第35)は効率のよい子孫育成を導く。社会性を持つ哺乳類が現れる(第33)。このHPの「感覚器の進化U」('11)に「聴覚器官は、発生学上はあちこちの不要材料の寄せ集め・・。・・感覚器としては末っ子の立場だったから・・。」と書いている。下顎と耳の骨が完全に別れて聴覚が咀嚼から分離した(第34)のは白亜紀前期で、学者は哺乳類の進化過程で重要だったとしているそうだ。
- 巨大隕石の衝突は寒冷期(数万年から数10万年、冷えたと云っても地球平均気温が6℃程度下がっただけ)をもたらした。哺乳類〜ことに真獣類が新生代で躍進する。胎盤(第36)、大型化(第37)~と言ってもネズミサイズがニホンザルサイズへだが~、大脳新皮質の獲得(第38)、「アフリカ獣類」との別れ、犬や猫の仲間との別れ、ネズミやウサギの仲間との別れがあってヒトにいたる系列は真主獣類という範疇になる。それから、昔は原始のサルのように思われていた、ツパイの仲間と別れる。いよいよこれからが霊長類である。注目すべきは、この急速な進化が、僅かな時間に一気に起こったことだろう。大量絶滅事件で暁新世が開幕してから10~15万年という。
- 目が正面に付いていて立体視が可能になり(第39)、昼の森の生活から「3色型色覚」が想定され(第43)、吻部が凹みサル顔で脳容積が増加し(第40)、歯の並びに昆虫食とか果実食とかの特化性がなくなり(第41)、指の平爪、母指対向性、指紋、掌紋が把握能力の発達を告げる(第42、44,45,46)。キツネザルの仲間が分離し、メガネザルの仲間が別れてゆく(5500万年前)。我らは鼻の内部が真っ直ぐ(第47)なまではメガネザルと同じだが、彼らと違って眼窩後壁(目をしっかり保持する役目)を持つ(第48)真猿類だ。
- さらに広鼻猿類(新世界ザル)と狭鼻猿類(旧世界ザル)に漸新生後期には別れている。進化過程からは前者の方が古い。これまでのヒトにいたる系譜がずっと旧大陸の話であるのに、新世界ザルが大西洋の1500km外れた場所に突然出現することは、理解困難で、「サルは大西洋を渡った」という本が出るぐらいだという。オナガザル類が旧大陸に広がる。ニホンザルもその1種。第49は鼻穴の接近、第50は2本ずつの前臼歯、そして第51のそっとつまめる高精度の母指対向性。いよいよ類人猿に入る。
- 人類の先史時代の歴史に関しては、本HPにいろいろ書いている。「サピエンス全史」('17)、「ネアンデルタール」('23)、「人類の起源」('23)などがある。DNA解析はもっとも直接的な証拠になる。近年長足の進歩が遂げたDNA分析法による豊富な成果から、ケースによってはSNP解析(数理統計学)をも応用しながら、導かれた論文による「人類の起源」はなかなかの迫力であった。本書にも多くの引用がある。ホモ・サピエンスに至までのホモ属の解説には、私の記憶にない話があって興味深かった。
- 類人猿(人上科)からテナガザル、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーの仲間が別れて、ついに人類(ヒト亜族)が登場する。族は科と属の間。類人猿は尾を失う、それが第52、雑食向きの臼歯になり(第53)、歯のエナメル質が厚くなる(第54)。そしていよいよ二足歩行への下地が出来はじめる~大後頭孔が頭骸骨の下を向く(第55)のである。横に広い骨盤(第56)になり、背骨が弓状からS字状になる(第57)と、二足による重力支持が可能になる。足指の関節が上向きに曲がるようになる(第58)、足の親指は短くなり、(枝などを)掴むのに役立った母指対向性が失われる(第59)。踵の骨が厚くなり(第60)、土踏まずが形成された(第61)。第62は大腿骨の長軸方向の変化。258万年前からの第四紀更新世に入って、いよいよホモ属が出現する。氷河期で、更新世末の2万年前の地球平均気温は11℃だったという。
- 人上科に属する動物はヒト以外は全部絶滅危惧種だ。ホモ属では我らの近縁種は全滅し、今や個体数80億と、生命圏に覇を唱えるホモ・サピエンスだけとなった。「なぜだ」への「人類の起源」のヒント「高い繁殖能力」(第70)が出ている。ホモ・サピエンスは交雑のとき生殖遺伝子への影響を貰わなかった、交雑の子孫では繁殖能力が下がるのが普通だ。そして今はもう交雑で貰える遺伝子を持ったホモ属はいない。遺伝子科学による新たな人類生誕が残された道なのかと思ったりする。
- 最も古いホモ属:ホモ・ハビルス(250~160万年前)は手の親指の可動性が高かった(第63)、第3大臼歯が小さくなる傾向が始まる~食生活の変化(第64)。ホモ・エレクトス(200~20万年前)になるとより我らに近くなる。脚が長く(第65)、関節が頑丈(第66)、脳がルビコン(750ml)を越す(第67)。「回旋分娩」が始まる(第68)。既にホモ・エレクトスは広範囲分布から気候の変化に強いことが判っている。さらにホモ・サピエンス(31.5万年前~)になると、乾燥耐性が顕著に出てくる(第69)。
- ホモ・ネアンデルターレンシス(43~4万年前)は、寒冷地を含む広範囲の地域に生息した。前者の脳容積がホモ・サピエンスを越すのに滅んだ理由は再々話題になる。デニソワ人(~数万年前)、ホモ・ハイデルベルゲンシス(60~45万年前)、ホモ・フローレシエンシスはデータ不足で進化史上に確定的な位置づけがまだできない。ホモ・フローレシエンシスは矮小民(身長~1m)で脳容積も400mlほどしかないが、ホモ属。ただし化石発掘はフローレス島だけ。隣に世界唯一の巨大トカゲ:コモドドラゴンが生息することで有名なコモド島がある。島礁における進化の方向は微妙だ。アフリカの現生矮小民ピグミー(身長~1.5m)はどうなのだろう。
- このHPの「人間の由来」('21)に「食性から見たサル類の進化」を書いている。この記事の種本は'92年の出版だからちょっと古いが、本書に現れる歯の変化の奥を考えるのにいい著作である。
('24/9/6)