サンショウウオの四十九日
- 朝比奈秋:「サンショウウオの四十九日」、新潮2024.5を読む。第171回(今年)芥川賞作品。67pの中編小説。生まれた子供が右脇腹に2人目の生命(胎児内胎児)を宿していた、その発見に至る経緯が生々しい。半年後の分離手術が成功して、主人公姉妹の父と伯父にあたる双生児・兄弟が育つ。実は生まれた子供はもう一人を体内に宿していたが、その個体は双生児の栄養になっていった。私はヒトに「三」生児(三つ子としてある)の可能性を考えたこともなかった。もう出だしから衝撃的なストーリーだ。著者は現役の医師だと知った。
- 姉妹・杏と瞬は結合性双生児として生まれた。私はアメリカ軍空中散布の枯れ葉剤の毒性が疑われている、ベトちゃん・ドクちゃんは知っている。身体の一部が結合していたが、分離手術が成功して独立に行動できる単生体になったはずだ。だが杏と瞬は外観は一体だが生物学的には二体という、すべてが半分づつ結合した双生児だった。半身だけ見ると頭からつま先まで何の異常もない身体だった。容貌は左右で異なる(1卵生にしては不思議な設定)、子宮は中仕切りのある2部屋、腸は途中で分岐するが直腸あたりで合流しているとある。明言されてないが手足は2本づつと想定しているように思う。Wikipediaには1卵生結合双生児の例が出ている。臓器が結合で一個しかない例も僅かながら存在するようだ。でも姉妹のような重度の結合双生児は1例もない、作者の創造のようだ。
- 単能的な臓器なら共有の結果を想像するのは比較的容易だ。心臓だって、肺だって、消化器系だって・・・。だが脳神経系になるとお手上げだ。参考になるのは世界にただ1例の、脳が融合した状態で生きた結合双生児:カナダのクリスタ・タチアナ姉妹だ。この小説でもがっちり引用してある。Webには担当小児神経医の話の総合として、「独立の大脳小脳中脳視床各1対のほかに、双子の一方の中脳と視床は、「白質の橋」によって、もう一方の中脳と視床に結合されている。(白質とは頭脳における結合繊維である。神経細胞が発生した活動電位はその結合線維(神経線維)を伝わっていく。視床は頭脳の中継核で、感覚や運動の情報は視床を通じて頭脳の他の中枢機能に伝達される。)」という。知覚とか感情が繋がっている。Web報告は7才時点までで、成長すればさらに高度な知能活動まで共有されるようになるかどうかは不明である。小説の杏と瞬はもう大人、作家の創造性が試されている。
- クリスタ・タチアナ姉妹の場合の循環系は微妙だった。極端に言えば片方が両方の栄養を司るようなところがあって、過負荷を強いられる片方が若年で糖尿を患ったりし、もう一方が発達貧弱といった外見上の形質変化も見られた。だが杏と瞬姉妹には肉体上の格差はまだなにも出ていないから、循環系の結合同一性は高いと設定されているのだろう。心臓は1つと出てくる。歩行については紛らわしい表現にしてあるが、2本の足を姉妹が折り合いをつけながら共用しているさまだと思うと理解できる。クリスタ・タチアナ姉妹に報告されている性格上の陰陽的相違は、杏と瞬姉妹には顕著でないとしてあるから、1卵生で同じ生活という前提では当然である。むしろクリスタ・タチアナ姉妹の方が異常に感じる。
- 表題のサンショウウオは陰陽図の解説として、本のあと30pになって顔を出す。今大河ドラマ「光の君へ」では阿倍晴明なる陰陽師が活躍した。晴明神社に神として崇められるほどに、陰陽道に長けたお人だったらしい。陰陽道は中国伝来の二元論だ。春秋時代にまで起源が遡れるという。この夏の甲子園で見た韓国国旗の図柄は、陰陽五行説に由来している。Wikipediaで陰陽図画像を調べると、2匹の白と黒のサンショウウオが絡み合う姿(陰陽魚)で出てくる、それぞれの頭部に各1個の円があり、白いサンショウウオはそれが黒丸、黒いサンショウウオは白丸となっている。杏と瞬の神経が繋がりあっていて、相補相克、二重人格ではない2人の1人という状況を象徴している。
- さて四十九日。死者が極楽浄土に行ける日、納骨の日。伯父が死んだのである。著者の哲学は陰陽道・神道・仏教相乗りの習合体である。葬儀は岡山、納骨は京都府境の実家近くだ。姉妹は死を意識せざるを得ない。縷々説明してきた姉妹の結合状態は「生」が前提だった。姉妹のような完全に近い結合双生児では片方の死はもう一方の死を必ずしも意味しないのではないか。この前代未聞の生理学上の特異点singularityに著者が挑むのだと感じた。真っ正面からでは解明できないのは明らかだからだろう、著者は瞬の風邪による高温発熱と扁桃腺のひどい腫れを葬儀後に副次因子として持ち込む。
- これまでの他の結合双生児のように、ほぼときを同じくして死亡するとする。これなら単生児と同じだ。葬儀を執行する自分の子供たち。母は2人。医者は卵子は正常ながら子を産めぬ身体だと宣告している。子供は夢の中でこしらえて考える。死亡診断書はどちらの名になるか。肉体としてはほぼ1人分だから。骨壷は1個。墓に蓋をすると暗闇。墓室が一杯になると古い骨から土に返される。TVで紹介されたことがある沖縄の墓制と似ている。
- 瞬の風邪症状は杏にどう響くか。今までの説明では喉も扁桃腺も共有だ。本書では風邪の持ち主が瞬で、有機的結合体であるが為に、杏が苦しみを分かち合うかのように書いてある。医学上の曖昧さはほかにもある。片方の興奮抑制に催眠剤を与える(もう一方は目覚めたまま)ような記述があるが、これだけ高度(循環系まで共用)に結合している2人では、片方にだけ有効な投薬などあるはずがないと思ったりする。
- 瞬は高熱に浮かされて、夢か現かの朦朧状態となり、少なくとも意識は生死の境目を彷徨う。杏は身体の異常に気付いている。瞬は数時間前に寝入ったが1回も夢を見ていない(杏にはそれが判るのだ)。その眠りに久しぶりの死を感じる。喉が腫れているかと瞬が問うたと感じる。水を飲みシャワーを浴び父と話しまた寝床へ。幼稚園時代の「私」を夢に見る。5才の「私」は幼稚園の行事で裏山にいる。1人になって獣道を歩く。母と通った土道の記憶が重なっている。小池のほとり、部厚いアオミドロの層が浮いている、かき分けて進む、ザリガニを見つける、藻の上を奥へ奥へと進んでゆく。見守っていると真後ろから圧倒的な存在を感じ、背筋に沿って鳥肌が立ってゆく。怖くて振り向けず、ただただ立ち尽くす。だがこの存在は通り過ぎた。安堵に鳥肌が引いてゆく。この夢を見ているのは瞬?杏?。瞼が開くとたった今生まれた心地がする。
- 意外なことに両側の扁桃腺が腫れていた。左の炎症がきつい。左半身は杏だが、それは外見の話で、内臓の繋がりも外見と左右が同じだとは言えまい。始めに苦しんだのが瞬の右半身で、杏が受動的にそれを感じているように書かれている。病院行きで小説は終わる。残念ながら期待していた高度結合双生児の死に対する描写は、夢の中の鳥肌の話以外にはなにもなかった。瞬の脳が休眠状態になり、杏が肉体を独占して、普通人~単生人のような生活をすると暗示するのかなと思っていた。
('24/8/25)