宇宙の誕生と終焉(その2)

宇宙の将来予測は、アインシュタイン一般相対性理論の重力場方程式の宇宙項にかかる宇宙常数の評価にかかっている。本稿は松原隆彦:「宇宙の誕生と終焉」、SBクリエイティブ(株)(2016)への要約と感想(その1)の続きだが、同じ著者による「なぜか宇宙はちょうどよい」、誠文堂新光社(2020)には「宇宙常数:Λ」「ダークエネルギー状態方程式パラメータ:W」と言う章があって、やや詳しく理論背景を解説している。以下ちょっと紹介する。
宇宙に均質にあるエネルギーは真空のエネルギーだから、量子論の不確定性原理から求めるのが素朴なやり方だ。ところがこの値は観測値から見るととてつもなく大きい。何が過半のエネルギーを打ち消すのか判らないままだ。宇宙常数を、空間に均一に広がった一定のエネルギーと見なすことは可能だ。このエネルギーは物質のエネルギーとは違い、宇宙空間が膨張しても薄まることがない。アインシュタイン方程式はこの条件で宇宙の加速的膨張を支持する。宇宙定数が物理的に本当は定数ではない可能性はある。それを状態方程式で表すとして、天体の精密観測でそのパラメータが求められている。答は微妙。現在の宇宙膨張は、遠方にある銀河までの距離が、1億年に1%ほど伸びるという程度でゆっくりしたものだ。観測結果からは(その延長先にあるものとしての話だが)、早くてもビッグリップは1400億年先で、そのころはとっくに人類は滅びている。
本書第2章は「宇宙の始まり」。
宇宙が無から発生する理論を「量子ゆらぎとして宇宙が生まれる可能性」「量子トンネル効果で宇宙が生まれる可能性」「ハートルとホーキングの提案」に分けて説明してある。読んでも判らないから鵜呑みにするほかない9pである。
ビッグバン理論は、宇宙マイクロ波背景放射の、観測衛星による温度ゆらぎの精密測定値が理論値と厳密に一致したことにより、確固たる地歩を築くに至った。温度ゆらぎのパワースペクトルが、理論値と観測値で精度よく一致している。パワースペクトルとは温度ゆらぎの大きさを、波長の逆数に対してプロットした図である。ビッグバンでは色んな原子核反応があり、反応ごとに放散されるエネルギーは異なる。その分布を示すのが理論値なのであろう。理論値との照合には、これまでに地上で発見された物理法則が愚直に用いられた。これは現在我々が知っている物理法則が、遠い過去や遠い宇宙のかなたでも等しく成り立つことを意味している。
生まれたての宇宙は超高温超高密度で非常に小さかった。緩やかに膨張を続ける現在の宇宙の138億年前と、ビッグバン当初の宇宙を結びつけるのが初期宇宙の「指数関数的膨張モデル」だ。よく体を表す名だ。これは佐藤勝彦の命名だが、今は同時に同じアイディアを発表したグースの「インフレーション理論」が通り名になっている。宇宙史での、ビッグバンに続く2つ目の特異点である。10-34sくらいの間に1043倍にも膨れあがったという。素粒子だけのクオーク・スープの時代が10-10s後だ、その頃にはもう現在の何割かの大きさにまで膨張している。ごくごく短い時間でインフレーションが終わってしまう。
このHPには、随分インフレーション関連の話題を入れている。「インフレーション宇宙論」('11)、「重力とは何か」('12)、「輪廻する宇宙U」('15)、「重力波とはなにかU」('17)、「宇宙全史(過去編)」('17)。老婆心ながら、インフレーション理論は、まさに宇宙人的発想の仙人的理論なので、専門でない限り理系であっても、あまり深入りはしない方がいいと忠告申し上げる。本書ではスカラー場を介した相転移と量子ゆらぎを土台にした解説をしている。今までの本よりは突っ込んだ話だが、判った気にはなれない。
本書によると、インフレーションのモデルとして、既に数100に及ぶ提案が出ているという。最近見たNHK:「フロンティア 重力波で見えてくるものとは?」では、インフレーション理論を実証する宇宙観測船の打ち上げが'31年を目標に進められていると紹介された。なんでも実証されてはじめて科学として認められる。インフレーションのモデルは、既に宇宙の大規模構造と宇宙マイクロ波背景放射のパターン対比解析でかなりが淘汰されてきた。
大規模構造は天体観測から求められる。見かけの類似性から宇宙の泡構造と呼ばれる。初期宇宙のゆらぎを反映している。宇宙マイクロ波背景放射は観測方向によって僅かながら温度ゆらぎがある。宇宙の地平線の全方向が均一温度(約3K)なのではない。インフレーションは瞬間的大膨張だから、それ以降の密度の変化を考慮に入れても、宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎのパターンと大規模構造の星密度のパターンは互いに矛盾してはならないのだ。モデルによって初期ゆらぎの性質が異なり、そこから来る宇宙の構造が変わってくるから、モデルの良否をある程度は判別できることになる。
第1章は「宇宙という不可思議な存在」。
私は一般相対性理論が持ち上がるたびに、入試参考書にしていた吉田卯三郎:「三訂 物理学(下)」、三省堂(1936)を引用する。90年近く昔のこの本に当時の一般相対性理論の立場が載っているからだ。あの頃では、光の進行方向の恒星によるひずみの説明程度にしか使えていなかった。一般相対性理論は、万有引力を時空間のゆがみと物体の関係として記述した。ブラックホールも一般相対性理論により予言された。宇宙の膨張は広い意味での重力現象なのだ。今では宇宙論の理論背景として、無くてはならぬ存在になった理由だ。
ダークマターとダークエネルギーは未だ正体不明と言う不定性は残っているが、これらが現在と同じような性質を当分は持ち続けるだろうから、今後の数10億年〜数100億年程度なら、現今の物理学の予言はそう大きな狂いを出さないだろう。

('24/7/27)