散歩でよく見る花図鑑

亀田竜吉:「新版 散歩でよく見る花図鑑」、家の光協会(2024)を読む。現役を退いてから3〜4年の間は割りと活発に、かねてから目をつけていた対象を見聞して歩いた。散歩が生活の一部に定着したのはそれからである。自然とまず植栽が目につき出す。花壇の花に眺めに入る。それから野生のもの。周囲の山野から種子が木本草本を問わず飛んできて、わずかな空地の中で繁茂している。
丁度半世紀前に今の海岸埋め立て地のマンションに引っ越してきた。海岸に近い土地はまだ未開発で草ぼうぼうの荒れ地状態だった。このHPでの初出は「知的生産の技術」('10)だったと思うが、この埋め立て地で見つけたシナガワハギの消長には気をつけていた。あれから14年を経った。ある時は建設予定地に、そこが駄目になると次はその近隣の街路樹の根元のわずかな土の中に種を繋いでいたが、昨年あたりからその姿が近隣には見えなくなった。夏になると白と黄の可憐な総状花序の小花をつける50〜60cmほどの草本である。本書には出てこないが、発見された場所が「品川」であったので、記憶に残った草だった。
春の花、初夏の花、夏の花、秋・冬の花の4分類で、200項弱の解説がしてある。冬でも鉢植えの洋種の花をたまに見るようになった。鉢植えの花はその年限りが多い。本書にあまり出てこないのは当然だろう。項の題名は属名だったり種名だったりで、たとえばタンポポの説明はカントウタンポポが主で、シロバナタンポポとセイヨウタンポポの補足がしてある。種で計算したら300種近い品種が解説されているのだろう。
今は夏、連日真夏日の天気予報が出ている。「春の花」と「初夏の花」を読み通して過去のこの季節までの散歩道の記憶と照らし合わせてみた。花としては総称とか属名で知っていても種名までは区別していない花が多い。種を区別するために必要な最小限の知識が記載されているが、そんな花の属性よりも、あそこで「◯◯だとおもったはず」「◯◯だと言われたはず」流に、成育場所での印象からの連想で覚えているものがけっこう多い。
ノコギリソウ。帰化植物のセイヨウノコギリソウが解説されていて、在来種のただのノコギリソウが引用してあった。近所にはない草。北海道の利尻島で土地の案内人が説明した草だったことは覚えていた。頻尿の民間薬らしくときおり広告に出ているノコギリヤシは全くの別種。ミヤコワスレ。近隣でもときたまお目にかかったと思う時があるが、類似種が多いキク科だからか自信がない。上杉家の菩提寺・林泉寺での記憶は残っている(「二度目の米沢」('07))。花の区別は容易でなくても群落としてこんな風に咲くと覚えているようだ。
アヤメ科。シャガは今やあちこちですぐ気がつく花だが、そうなった始まりは光悦寺参道脇で見た花の列だった。アヤメ科だと知ったのはだいぶあと。佐原には菖蒲園(水郷佐原あやめパーク)があってアヤメ科の品種が揃えてある。キショウブが輸入園芸種だったとはここで知った。佐倉城址公園の姥が池の水を引いた菖蒲園も見事だった。カタクリ。春にサッと咲いてすぐ消えてしまう。佐倉の川村美術館に、カタクリ草が咲いたという記事が新聞に出たので、見に行って知った(「カタクリ草」('98))。数本見ただけだったが、初見の印象が強かったからか、各地でのそれを記録するようになった(「伏木」('05)、「三春のサクラ」('06)、「東北花見旅行U」('16))。
少年の頃はどこででも見れたレンゲが、戦後人工肥料に押されてあっという間に消えてしまった。今年に公民館の花鉢に発見した時は懐かしかった。レンゲはマメ科。マメ科植物を幼虫が食草とする蝶は案外多い。中学生の頃だったか、エンドウ豆の畑で小さなシジミ科の蝶によく出会った。あらためて食草をURLで調べたが、エンドウ豆の葉を上げている記事はなかった。カラスノエンドウなどはよく出てくる。ヒトが作った歴史の浅い農作物の中には、アブラナ科のようにしっかり食草に定着したキャベツのようなものがある一方で、頑なに敬遠されている作物もあるのかも知れない。蝶の幼虫はグルメ?でそれだけしか喰わぬ種類もある。レンゲ偏食種もおったろうがもう絶滅したろうか。シロチョウ科にもマメ科の葉専門の幼虫を生む種があったと記憶する。
スミレ科、カタバミ科、キク科、イネ科、ナス科、マメ科、アブラナ科、ツユクサ科、ナデシコ科などは葉と花で何とか種を追いかけられる。シソ科はさらにハーブ・ライクの香りで嗅ぎ分けられる。それにスマホの写真検索で、外国原産の草本でも、その道の専門家の手を患わせなくても正解に近づけるようになった。だが写真検索も万能とは言えない。まるっきり違った候補を何通りも出して来て、かえって混乱することもある。都会の雑草などは品種が限られているはずだが、道草には、まだしかとは確定できない品種がいくつか残っている。その理由の一つには交雑もあるだろう。科属ぐらいは推定できかつ在来種であっても、マツヨイグサの一党とかアヤメのグループとかには、今もって区別できない種が残っている。オオバコ科も苦手、自信持ってこれと言えないでいる。
キツネノボタン、タガラシ、ニリンソウなどのキンポウゲ科は、都会には進出希なようだ。まだ見たことがない。川村記念美術館の園内で見た記録がHPに出ている(「御行と仏の座」('07))。ニリンソウは猛毒のトリカブト(キンポウゲ科)の葉とそっくりなので要注意と書いてある。昔見たドラマ「御宿かわせみ」の「源三郎の恋」は、草餅作りのときトリカブト?をヨモギ(キク科)に混ぜて毒薬にした筋書きの話だった。あらためて図鑑で3者を比較してみた。私ならヨモギに混ぜられたら急には判らないだろうと思った(「身近な雑草」('11))。
トキワハゼ(サギゴケ科)、メキシコマンネングサ(ベンケイソウ科)、チゴユリ(イヌサフラン科)、ホタルカズラ(ムラサキ科)、ヒレハリソウ(ムラサキ科)、ヤナギハナガサ(クマツヅラ科)、ヒメビジョザクラ(クマツヅラ科)、トレニア(アゼナ科)、スカシタゴボウ(アブラナ科)、コナスビ(サクラソウ科)と、「初夏の花」になると見知らぬ花が並ぶ。カッコで示した科名も馴染みが薄いものの方が多い。「夏の花」になるとひいき目に見ても半分ほどしか知らない。初夏、夏となると出不精がますます出不精になり、出歩いても道草どころではなくなるのが一因だろう。
もともと分布が薄いのか、私の周辺だけの話かは判らない。ゲンノショウコは何時かは見つけてやろうと思いながら未だ思いを果たさない。著名な民間薬だから、きっと個人住宅の庭の片隅にあると思うのだが、都会ではあるいはその薬効は忘れ去られているのかもしれぬ。我が家は親代々の都会暮らしで、ゲンノショウコを育てるような習慣は途絶えている。名高いのに生の姿で見たことがないのがベニバナ。本文冒頭から2段目の我がシナガワハギは、夏の花で中央アジア原産の帰化植物とある。シナガワという名が付いた理由は外航船由来であることを示すのだろう。
へクソカズラは哀れな命名なので覚えた草で、海岸の公園の花壇で見つけたのが始まりだった。ハキダメギクを覚えた理由も私の判官贔屓からだろう。牧野富太郎先生命名とあったが、もうちょっとましな名がなかったのか。ワルナスビの花がジャガイモの花に似ていると実感したのは、秋田城跡政庁跡を見学した時だった。都会ではワルナスビはお馴染みなのに、ジャガイモは滅多に生えている姿ではお目にかかれない。都会民のひずんだ生活環境を物語る。ジャガイモの芽と同じ毒素が草全体に含まれるとある。
「秋・冬の花」になると、初夏とか夏と違って殆どがお馴染みの花になる。とは書いたがママコノシリヌグイというひどい名の花にはお目にかかった記憶はない。キク科が幅を利かす。野菊に小菊は同じようだが、お供えとか飾りに用いるのを小菊と云うと覚えておけばよいらしい。シオンにはほかに季節は違うがハルジオン、ヒメジョオンがあって紛らわしい。漢字では紫苑を当てるから余計ややこしい。ヒメジョオンは本来ならば姫紫苑だったが、ほかにこの和名を先取りしている花があるそうで、やむなく姫女苑と書いて区別していると、これは「季節の花300」に載せていた。
ここ3〜4年気掛かりな雑草がある。葉を揉むと良い香りがするからミント系で、おそらくはマルバハッカ(アップルミント)と見当はつけているのだが、花を付ける頃になると庭師が草刈り機で刈り取ってゆく。マルバハッカなら盛夏から晩夏にかけて花を付けるはず。似た葉のシソ科植物はほかにもある。図鑑の葉と少し異なる点があるからあるいは雑種かもと思っている。我が家から少し離れた街角にあるので、草刈りに待ったがかけられない。今年こそはと意識してパトロール回数を増やしている。本書に取り上げられた唯一のミントなので何とかつかまえたいと思っている。

('24/7/10)