腐蝕の構造(下)
- 「腐蝕の構造(上)」の最後に、失踪した雨村の妻・久美子が「闇からの目」を感じていたと書いた。下巻では早々からその闇が久美子を襲う。
- 久美子にホテル内線電話で追跡調査中止の要求が来る。身近に監視の目がある。構わずホテルの証言に従って夫が目指したらしい黒部湖へ足を運ぶ。不意を突かれて崖の石段を転げ落ち、危ないところを大町青年に助けられる。大町は悪意のない好人物ながら、過去とか山歩きの目的とかは語らない何か陰のある人物。藁にもすがりたい久美子は彼を頼る。
- 東京に戻ってすぐの夜半、自宅で独り寝の久美子が2人組に襲われる。前回家捜しした「闇集団」とは違った連中だった。雨村の行方を白状せよと最後は彼女のネグリジェに手を掛けた時、大町から電話が入る。雰囲気を察した大町がタクシーで到着し、2人組は裏口から去った。大町出現のタイミングの良さに幾分かの疑念は持ったが、久美子の心に大町の姿が好ましいヒトとして広がる。久美子は実家へ退避する。
- 土器屋貞彦射殺事件の捜査は暗礁に乗り上げていた。国防庁・中橋一佐ほかと土器屋の関係は把握されたが、アリバイは崩せなかった。マーク範囲が冬子にまで広がる。彼女尾行の刑事がホテルで撒かれる。密会相手がいることは確実だが、ホテル機能を十分に活用したプロ級の撒き方だった。捜査チームは人海戦術でついにその密会相手・松尾を突き止める。松尾は土器屋にも雨村にも関わりを持っていたことが判る。2人の死と行方不明に繋がりを感じる刑事・白木が出てくる。松尾の勤める平和政経新聞社社長の本田は、もと軍の秘密諜報部員。出資の信和商事を通しての信和グループの総合調査機関で、平たく云えば「お庭番」とある。グループの裏技担当の意味か。
- 白木からの情報を聞いて、雨村失踪に関して冬子が松尾の脅迫を受けていると、大町は考えた。家捜し、黒部湖での突き落としも松尾とすれば辻褄が合ってくる。大町が久美子の新潟・黒部探索旅行の頃の松尾にアリバイがないことを探り出す。
- 大川刑事は、射殺現場真前の部屋に泊まっていた服飾デザイナーの三杉さゆりに不自然を感じる。尾行を続けた彼は、モーテルでさゆりが中橋と密会したことを突き止めた。上巻には、さゆりが土器屋が中橋に送り込んだ高級娼婦であると紹介されていた。土器屋の情婦でもある。中橋の事件当夜のアリバイはほぼ完璧であったが、アリバイ作りの小細工があることが、大川には不審だった。
- 松尾が中橋とさゆりに殺されかける。睡眠薬で眠りこけた松尾を車ごと谷底へ落とす計画だったが、実行寸前で警察が現場を押さえる。ところが松尾は睡眠薬は自分で飲んだと言い張る。事件の真相は晴れなかった。
- 旅客機と自衛隊機の衝突、ホテルでのVIP射殺事件を繋ぐ役者が下巻の半分ほどで出揃った。まだまだ事件は続くのだが、ここら辺が物語の山場のようだ。この物語は悲劇構成になっていて、最後は久美子が自身の幸せを飲み込んでしまった、後立山連峰の霧の山中へ、当てもなく足を踏み入れるところで終わる。夫も大町もそこで失った。夫の死は、冬子との不倫の結末としての水死で松尾が絡んでいた。大町の死は、黒部山中での冬子と松尾の自殺行を阻止しようとして、苛立った松尾の拳銃弾を受けたのが原因だった。
- 冬子は逮捕される前に久美子に彼女の真相を書き送っていた。血の繋がらない義兄への愛と彼の死に、父の政治的思惑とそれに乗った夫・土器屋貞彦の不実が重なって彼女を不幸に導いた。義兄の死を招いた道路標識の方向変更は、土器屋のいたずら程度のいじくりのあと、通りがかった松尾が完全な反対方向に、意図的に名取兄妹を狙ってやったものだった。幸せいっぱいに見えるアベックへの妬みが殺意になっていた。その時点では、彼らの間には何の脈絡もなかった。冬子の結婚後の雨村との不倫は土器屋への不満からだった。冬子と雨村が旅客機遭難きっかけで睡眠薬相対死(心中)を測った時、松尾が雨村を湖中に沈め、冬子を助け出していた。松尾は信和から雨村のスカウトと雨村の利他行動を阻止する密命を受けていた。
- 中橋は土器屋産業から、格段に大きい信和商事へ乗り換えたい。信和は土器屋産業を吸収したいし、国防庁の情報も欲しい。目の上のこぶが土器屋産業の社長代行の貞彦で始末する必要がある。中橋、松尾、さゆり連携プレーが、犯人が出ない射殺事件を成功させる。松尾が実行犯で、ホテルのさゆり室ドア前廊下で深夜に犯行が行われ、さゆり室からロープで脱出したため、当初は警察は犯人を認識できなかった。
- 松尾は自身のガンの進行と厭世感で、自殺行の道連れを探していいた。最愛の義兄の死後は、周囲の思惑に流され続け立ち直れない冬子には、将来に希望が持てなかった。ふたりは道行きに黒部を選ぶ。山中で、ふたりの危険行動を察知して追いかけてきた大町と出会う。大町は旅客機と衝突した自衛隊機のパイロットであった。会うたびに久美子に惹かれるようになったが、雨村死亡確認まではと我慢を重ねていた。久美子と事件を追っかけている内に真相に近づき、ふたりを探索。そして山中で悲劇に遭うことになった。
- 中橋は国防計画のおみやげを持って信和商事に天下った。しかし土器屋殺しへの疑惑が聞こえるようになるとあっさりと首になった。雨村は、人類の禍根となるのを防ごうと、国際原子力学会発表予定論文を自身の手で湖畔で灰にしたが、研究所の上司の手で同じ発明がなされ発表された。
- 森村誠一は社会派推理小説の作家に分類されるそうだ。本作がその本格的作品の第1作になると言う。政界の実力者、新旧の財界代表者が国防産業をめぐって三つ巴の争いを繰り広げている。それに原子力燃料再処理に関する画期的発明が大きな波紋を広げそうになる。事件は自衛隊と民間航空機との衝突事故を搦めて殺人事件に発展する。確かにこの小説が書かれた時代の大きなニュースを繋いだ、スケールの大きな社会派推理小説だ。登場人物の個性に対する配慮もなかなかのものだ。ヒトは単純明快に一本道を進めない。人それぞれの陽と陰の書き分けに苦心したところも見受けられる。女性3名の立場はほぼ受け身受け身で、当時の社会の雰囲気を伝えている。
('24/6/27)