小惑星探査機「はやぶさ」の成果

橘省吾:「岩波科学ライブラリー324 「はやぶさ2」は何を持ち帰ったのか〜リュウグウの石の声を聴く」、岩波書店(2024)を読む。著者は「はやぶさ2」の採取装置を開発し初期分析を統括した研究者。130pほどの一般教養書。
小惑星は原始太陽系の冷凍保存サンプルだ。地球に比べれば、生成から今日に至るまでの二次的分化を殆ど受けていない。塵芥がだんだん衝突で大きくなる過程を考えれば、小惑星は大きな惑星よりは先輩のはずだ。太陽系の大過去を辿るのにはもってこいではないか。ことに地球周辺のそれは、地球系の過去をより色濃く今日にまで保存してくれているはず。いかに天体望遠鏡を工夫しても、地上からの小惑星の解析には限界がある。岩石サンプルを取りに行こう。これが「はやぶさ」プロジェクトの意義。本書1、2、3はその紹介と経過説明、苦心談。
「はやぶさ」に関しても「はやぶさ2」に関しても、発射から回収に至るまでの事情をメディアが詳しく報道してくれた。重複を避けて、「4 生まれたての太陽系からの声―リュウグウの石を分析する」から読むことにする。小惑星探査の目論見は見事に的中した。持ち帰れたサンプルは「はやぶさ」が1mg、「はやぶさ2」が5g。あめ玉1個が包装紙込みで平均5gだ。こんな小量サンプルで、宇宙科学の中ではオリジナル性の高い金字塔を打ち立てた。成功させた研究者、技術者のレベルや層の厚さと分析化学機器の進歩に驚く。
「はやぶさ」のターゲットになった小惑星イトカワと「はやぶさ2」のリュウグウは質的に異なる小惑星だ。地球に降り注いだ隕石の起源は小惑星。小惑星帯は火星と木星の中間にあり、地球に近いわけではない。太陽に近い方にS型小惑星が多く、遠い方にC型小惑星が多い。天体分光学で予想されていたとおり、イトカワはS型で、800℃ほどの熱履歴のある岩石(普通コンドライト)であると証明され、リュウグウはC型で、高温履歴がない含水鉱物を多く含む岩石(炭素コンドライト)と証明された。含水鉱物は地球の水の起源である。その磁硫鉄鉱結晶の中に閉じ込められていた46億年?昔の水が発見されている。
小惑星の熱源は放射線で地球と同じだが、小さいから放熱が相対的に早く、高温に達しない。半減期からいって、そこそこの温度に保てる太陽系誕生後数100万年ほどの間に、水と鉱物や有機物の反応があり、以後は化石状態だったようだ。原始太陽の時代に氷や塵、岩石小片が塊を作る。氷が融けて泥を作る。アルカリ性化合物は溶けやすいから幾分pHが高い。同位体分析でリュウグウの炭酸塩は小惑星になってから500万年後までにできたと証明された。炭酸塩は有機物〜生命〜に対するヒント。40℃の温泉状態で磁鉄鉱との共存状態になったとまでわかる。磁鉄鉱磁硫鉄鉱の持つ磁気は、原始太陽系円盤に対する知見を与える。
同位体分析は原子の来歴を調べるのに有力な方法である。元からの太陽系か、C型の多い地域のものかS型域のものか、終末期を迎えて宇宙に飛び散った原子かなどが明らかになって行く。このデータだけでは天体の生長になにも明確な結論が出ないが、色んな学説を呼び起こしている。
空気のバリアのないリュウグウや月では、表面が太陽風や宇宙線による宇宙風化を受けている。微少隕石の雨も被っている。地上から天体望遠鏡で観測される反射スペクトルがその影響を受けていて、結論を曖昧にする。イトカワがS型であると決定づけたのははやぶさの1mgであった。リュウグウもまた宇宙風化膜に表面が覆われていることが証明された。リュウグウの赤外分析では-OH吸収が弱く、含水鉱物の存在が少ないと疑われたが、事実は風化膜だけが脱水して、ヴェールとなって内部を保護していたということだった。
イトカワもリュウグウも小惑星帯のものではない。たまたまふらふらと地球の近くに迷い込んだ近地球型小惑星で、日本の宇宙工学ロケット工学の手に届く位置にあったことが我らに幸いした。ふらふらと迷い込んだとする理由は、イトカワについては言及されていないが、リュウグウについては同位体分析からの説明がある。リュウグウが探査対象になった理由は、元素存在比が太陽系平均に近いことであった。元素存在比的に太陽系平均に近い隕石は、わずかに地上に9個しか落ちていないが、それらとリュウグウが、同位元素的に独立グループと見なせる可能性を示している。リュウグウの石に含まれる気体の同位体分析では、500万年もの間に表面に大きな攪乱がなかったことが示された。小惑星帯にあったら衝突で攪乱されているはずだから、リュウグウは500万年前には小惑星帯を離れて、衝突の可能性の低い近地球軌道にやってきたと言える。リュウグウのそもそもの元天体は、太陽系以外のように書かれている。理由は挙がっていない。ここら辺はもう科学的には曖昧模糊なのだろう。
図2-1と図6-3に太陽系進化史が纏めてある。最初に分子雲があって収縮が始まり、原始太陽系円盤(ガス・塵)〜太陽に近い方から非炭素質コンドライトグループ、炭素質コンドライトグループ〜と原始太陽が同じ時期に並ぶ、これが46億年前、そして微惑星集積があり、原始惑星、惑星形成に進む。これが500万年後。地球は小惑星より遅れてできた。現在は火星までが岩石惑星、小惑星帯が続き木星と土星はガス惑星、天王星以遠は氷惑星。これが500万年前からの姿。分子雲は光を通さないから暗黒星雲として観察される。その中のガス・塵密度の高いところが核になって物質を引き寄せて星になる。密度が高いといっても地上のスケールでは極超真空というほどの密度だそうだ。分子雲内では光を通さないため周囲よりも低温で、紫外線も来ない。その中で起こる化学反応は生成物に重水素や重い窒素を残す場合がある。太陽系誕生前の記憶として検討されている。
生命の起源に「はやぶさ2」はどこまで迫れたか。「5 生命の材料はどこから−リュウグウの有機物を追う」は結論として、アミノ酸をはじめとするけっこう複雑な生命活動と縁の深い有機物〜核酸塩基もビタミンも〜が検出される(2万種も検出された)が、水がリュウグウにできてからまだ500万年だから、生命を宿すことはできなかったとしている。地球の海が44億年前に生じ、生命が35〜40億年前に発生したとすれば、自然が試行錯誤のすえ生命を発生させるのに10億年の単位の時間が必要だ。500万年はあまりにも短い。アミノ酸の光学活性体がL体R体同量であるという点も、生命の存在を否定する。リュウグウ(とその同類)の役目は生命のゆりかごを持ち込んだところまでだった。ただこれらの議論は、地球生命の根本原理しか生命の原理がない場合である。

('24/6/6)