八月の御所グラウンド

万城目(まきめ)学:「八月の御所グラウンド」、文藝春秋(2023)を読む。今年の直木賞受賞作品。140pほどの中編現代小説。題名の中の御所は京都御所を指す。その御所には何度も足を運んだはずだが、グラウンドがあるとは知らなかった。京都人は存外身の回り以外の京都を知らないとは以前聞いたが、かっての京都人の私がその好例の1人だったとは残念だ。Google Mapで調べると、御所の北東の一角に今出川グラウンドという名が載っていた。上空写真には野球場らしい線引きがでており、バックネットらしい映像もある。ほかに東南に第一グラウンドがあり、Google Street Viewでは、ちょっとしたバックネットとベンチが見える。本小説では、前者が御所グラウンドらしかった。
京都は盆地。夏八月には風が凪いで茹だるような暑さになる日が続く。本書ではちょっと大げさに表現してある。そんな中で毎年6チームによる「たまひで」杯争奪軟式野球リーグ戦が御所グラウンドで行われる。「たまひで」は三福教授若かりしころの馴染みの祇園芸妓の名。彼女は結婚しなかった。今は70を超したが、祇園で飲み屋を開いている。二人の縁は切れていない。よそのチームでも芯になっている人物は大方そんな関係だ。多聞は1年留年して今や5回生。だのに一向に研究に身が入らず、アルバイトのホスト業に精を出している。ボスの三福にそれとなく告げられる。卒業は「たまひで」杯への貢献次第だと。多聞は9人揃えるために朽木(本書の主人公)を誘う。研究室員やバイト先などからかき集めたメンバーで、第1戦では何とか数が揃った。
お盆が近づくと、三浦研からの参加者はどんどん減ってくる。朽木のゼミの縁で大学院生シャオさんを確保できた。シャオさんは中国からの女子留学生で、教授が一目も二目も置く才媛。北京オリンピックで野球応援に駆り出され、日本でプロ球技がなり立つ理由に興味を持ったとある。第3戦あたりで彼女の伝手でさらに3名。その3人に関する奇妙な偶然?の一致がシャオさんの関心を呼ぶ。毎年そんな風に中心となるべき三浦研の参加者は減るのに、員数合わせは何とかなるのも一つの不思議である。
まず伝手3名の1人目・えーちゃんが「沢村栄治」に生き写しなのだ。容貌体躯だけではなく、投球術も酷似していた。沢村は戦前の巨人軍の大投手。彼は来日したアメリカ大リーグチームの選手をオーバースローの剛速球で翻弄した。しかし兵役勤務のとき手榴弾投擲で肩を壊してからは、サイドスローに変えていた。沢村は京都と縁があった。出身は三重県だが、京都の学校から甲子園に3回出場し、最後の召集は伏見連隊だった。えーちゃんは第3戦では最終回の救援投手をやった。サイドスローだったが、最後の1球では足を高く上げたオーバースローの快速球だった。そして第4戦。肩を痛めたとして彼はピッチャー役を辞退した。
伝手の2人目・遠藤三四二は、21才というのに、学生名簿には1943年法学部入学半年後北支で戦死となっていた。朽木はその年に行われた出陣学徒壮行式の会場・農学部グラウンドに出かけてみた。京都帝国大学単独開催の式で、参加した学生は1800名だったとある。終戦までに京都帝大の学生は、少なくとも3392人が動員され、そのうち264人の学生の戦死が確認されていると言う記事もある。伝手の3人目・山下誠一は「たまひで」ママの腹違いの兄だった。とっくに戦死していて、ママは会ったことがない。ただ野球好きだったとママは聞かされていた。教授は、その兄と野球をしたことがあると、酒が入るたびにいう。そして「たまひで」杯があるたびに彼を見かけるのだとも。山下誠二はママに面影が似ていた。
八月はあの世から故人が我々現世を生きるものを訪れてくる月だ。戻ってきたかどうかは感覚の主観的問題。多聞と朽木は、送り火の夕方、船岡山の建勲神社に登る。ビルが建ち並んだ今日でも、そこからなら大文字の送り火を見ることができる。20才そこそこの彼らは、「俺たち、ちゃんと生きているか?」と確かめ合う。
本書にはもう1編「十二月の都大路上(カ)下(ケ)ル」という短編が入っている。上下ルをカケルと読ませるのは作者の工夫で、京都に伝わった読み方ではない。カケルは駆ける。物語の主人公は、冬の都道府県対抗高校女子駅伝に出場する高校の1年生補欠サカトゥー(板東)である。都大路を上り下る。だから上下ル。ダジャレだ。私はこの女子駅伝が好きだ。有名な箱根駅伝などたいていの駅伝では、身体能力抜群の外国人多くはアフリカ出身の留学生が重要区間を走り、優勝に決定的に貢献するからつまらないが、この駅伝では出場制限があって、アフリカの英才をハンティングできた学校が勝つといった、駅伝の主旨を無視した結果にならないのがいい。
正選手5名の中の1人に故障がでて、サカトゥーが急遽代走に選ばれる。彼女は欠点の多い補欠だが、勝負根性で買われた代役だった。5区つまりアンカー。高校女子駅伝は21.0975キロを5人で繋ぐ。西大路を下って五条通に右折、西京極の陸上競技場まで。西大路も五条通もほぼ真っ直ぐで京都の街の碁盤の目の特徴が出ている。サカトゥーが選ばれた理由の中に、彼女の極端な方向音痴があった。これは物語の伏線である。方向音痴は暗示にかかりやすい。Copilotに聞いたら4つ理由を挙げた。思い込みがはげしく疑い深いとある。
襷を貰って走り出す。雪がだんだん激しくなって見通しが暗くなると共に、西大路五条の角は右へ折れるのだったか左へ折れるのだったか混乱し出す。駅伝には伴走する応援者が必ずでるものだが、その中に男の集団が見える。新撰組の衣装で誠の隊旗を掲げている。腰には刀。斬るぞとか何とか勇ましい叫び。知ってか知らないでか、壬生屯所は西大路に近く隊士の墓もある。サカトゥーは現代っ子、幽鬼や幻などと思っても見ない、コスプレ集団だと思った。左に折れようとしたら右、右と併走していた他校選手・荒垣が注意してくれた。
競技から開放された明くる日、新京極で荒垣と出会う。荒垣も新撰組を見ていた。だが声援を送っていた人は誰も見ていないと証言する。動画には姿も声も入っていなかった。来年の再開を約束して彼女らは別れる。160年前のリアルな新撰組隊士たちをランナーの2人だけが見た。京都だからという。5区を2人は終始競り合い成績を上げて周囲を驚かせた。競技中の心理がいろいろ考察してある。熱気が覆うランナーの脳みそがあるいは160年前を想像させたか。1人ぐらいはパーフォーマンスで実際にその姿でいたのかも知れない。それが160年前を誘導したか。ここらは私の推理で、そう書いてあるわけではない。
土産ものあさりの様子が書いてある。「「京」と頭につけるだけで高級感出るから、これぞ京都マジック。」と京都にチームが着いた頃の話に出ていた。別に京都に行かなくても京都の物産は買える。私は昔の京都人だから新しい京都の店舗は頭に入ってないが、やたらと京都を前面に出した覚えのない品物にときおりお目にかかる。京都の名に悪乗りしている。気に入らない。京都を囲むお土居の中に300年続いた店が、本当に「京」を名乗れる京都の老舗であるはずだ。

('24/5/28)