ともぐい
- 河崎秋子:「ともぐい」、新潮社(2023)を読む。今年の直木賞受賞作品。図書館から借り出すのに5ヶ月かかった。猟師と熊の純文学作品らしい。巻末の著者略歴には、数々の受賞歴が出ていた。小説に出てくる白糠は実在の町で、町中心へは獲物を担いで半日という山奥に住む、熊爪なる鉄砲猟師が主人公である。明治の日ロ関係が風雲急を告げる頃。著者は白糠のさらに北東の別海町で生まれたという。
- 一(冬山の主)、二(人里へ)は熊爪の生活環境の説明。熊爪とは、幼少の頃、熊の爪をオモチャにしていたため、自然と付いたあだ名のようなもの。孤児であったのを拾われ生き延びた。彼は、猟犬1匹と村田銃1丁を頼りに狩猟生活を続ける、孤独な文字通りの野人である。2ヶ月に1度は町に、銃弾や米や芋その他の必要物資を買いに町に出る。山の獲物とか山菜を換金のために持ってゆく。商品化のために、獲物を解体し、品質チェックに生の臓器や肉を食う場面の描写は、迫力満点である。彼は人間社会との付き合いをほとんど忌避している。動物との直接対決で身に染み込んだ感覚は、人社会はあまりにも無駄が多すぎ関わり合いがもてない。町でまともに口を交わす相手は、よろず物産取扱で、口入れから炭鉱経営までやるという門矢商店一家だけだ。そこでも必要最小限の言葉しか使わない。
- 三(異物来たる)、四(狩りと怒り)では白糠の平穏を破る大事件が語られる。融雪が始まり熊が冬眠から目覚めはじめる微妙な時期に、阿寒湖から、穴持たずの雄熊を追っかけてきた猟師・太一が逆襲されて、両眼失明の瀕死の重傷を負う。熊も反撃の一発を食らって、手負いになった。穴持たずとは冬眠に失敗したという意味。部落荒らしの害獣になったため、使命を受けた太一が山を越して追跡してきた。手負い熊はもう人を怖れず凶暴だ。それに人里の旨味を知っている。熊爪は、重傷人と手負い熊という面倒を背負うことになった。
- 自分の小屋へ引きずり込んで応急手当を始める。熊爪を育てた養父はアイヌ系だったらしい。本書に出てくる地域には、今もアイヌの人々が多いようだ。太一は熱が収まった10日後に白糠の医者、蘭方も漢方も使う、に預けられるが、その医者が根掘り葉掘り熊爪の治療法を聞き取ろうとする。熊爪は、養父から、治療法を見よう見まねで体得していた。化膿を防ぐ薬草(ヨモギ系)、解熱剤にした薬草(これは不明)。すざましいのが外科救急処置。片目は飛び出し完全にだめ、もう一方も眼窩の骨が陥入してほとんど明暗程度しか見えない。駄目な生の右目を口で吸い取る。この描写のド迫力には引き込まれる。作者がどこから仕入れた知識なのであろうか。アイヌ民族が長年にわたって熊と戦い取得した医術は、近代医学も手の届かぬ荒治療だった。
- 小屋に戻った夜から手負い熊の影が迫る。昼調べると、樹木にマーキング(匂い付け)をやっている。地元の熊がまだ冬眠からは目覚めていない隙を見て、勢力範囲の主張をはじめたのだった。小屋は太一が襲われた場所からは離れているはずだ。熊は弱いとわかった肉塊・太一を追ってきたのかも知れない。本HPの「においの科学」('10)に犬の嗅覚へのコメントを載せている。嗅覚細胞の種類から見て、ヒトには想像が付かぬほどの繊細な嗅ぎ分けが可能になっている。熊はどうか。Copilotに聞いてみると、熊は犬より視覚は劣るが、嗅覚聴覚では優れていると出た。
- 五〜八。残雪に残る足跡を執拗に追跡し、ついに熊爪は手負い熊を視野に入れる。彼は赤毛の若熊と戦っていた。この若熊は、熊爪が先々の生長を愉しみに殺さず、いわば放牧していた地元熊であった。縄張りに入り込んだ手負い熊に、壮絶な勝負を挑んでいた。熊爪はその戦いに紛れ込んだ。手負い熊は、最後はこの若熊に仕留められるのであるが、その前に熊爪を襲う。熊爪の銃弾は頭骨を貫通せず跳ね返され、熊爪はのし掛かられて、左腰骨に重傷を負わされる。
- 小屋まではなんとかたどり着いたが、熊爪はもう激痛の中で呻吟するばかりになっていた。相棒の猟犬が白糠の門矢商店に走る。馴染みの小僧の袖をくわえて離さない。異変に気付いた主人が救援隊を送る。ここの記述はちょっと引っかかる。忠犬ハチ公は知っているし、スイスには、山の遭難者のために、気付酒の子樽を首にかけた救助犬がいることも知っている。それにしても、救援訓練など受けたこともないのに、半日かかる道のりを走り、お供で行っただけの店に駆け込んで訴えるなんて芸当は可能とは思えない。猟犬は主人の危険状態は本能でわかるだろうけれど。
- 医者の言葉から察すると、左腰の痛みは骨盤にひびが入ったためで、元の姿に繋ぎ合わさるまでは日にちがかかる、つまり日にち薬による自然治癒待ちのため安静療養が必要だった。ただ左足の痺れは、神経系の損傷かも知れず、完全治癒は疑問だった。彼は痛みから解放される日を辛抱強く待つ。その一方で杖を離せぬ現状を認識し、将来の進路に悩む。門矢の主人は炭坑夫の口を持ちかける。しかし炭坑夫の労働は商店の人々には評判が悪かった。彼の頭には、今や山の覇者となっている赤毛の若熊との、猟師の誇りを掛けた一戦への意欲が湧き上がってくる。
- 熊狩りは、秋が深まり降雪が融けきらず、さらに積もるようになる時期がもっとも良い。熊は秋にたっぷり喰って太っている。肉も内蔵も高値で売れるし、浅い雪のために追跡が容易、ただ冬眠されては所在がわからなくなるから、狩猟期間はごく短い。用意万端整えた熊爪は、犬と共に長期野営覚悟の熊打ちに出発する。村田銃2丁(うち1丁は太一が差し出した救助費代わり)、生活用具と食料を担ぐ上に、痛みが完全には取れない腰をかばいつつ、足を引きずる杖に支えられた歩行を強いられる山行きで、疲労困憊状態の連続だった。何日も無駄に歩いたある朝、仮小屋で浅い眠りと覚醒を繰り返しつつ意識が遠のいていた時、犬に噛まれて目をさます。赤毛が目の前に迫っていた。1発2発3発。命中弾もあったが致命傷にはならなかった。血しぶきを上げながら、熊爪と犬に反撃をくわえてくる。熊爪は弾き飛ばされる。
- 九〜十二。4発目で赤毛は仕留められた。犬に鼻頭を食いつかれ、心臓を打ち抜かれてもまだ熊爪を襲おうとする王者の風格を見せた。犬は一撃を受けて血達磨になったが、まだ存命を主張していた。熊爪は山の覇者を倒した征服感達成感とは裏腹の、虚無感虚脱感を覚える。彼は人里・白糠にヒトを求めて走る。ヒトとは陽子という門矢商店の少女だった。だが到着すると、事業としては落ちぶれた門矢商店の姿と、店の家族を含めた人間関係の荒廃ぶりが目に入る。
- 陽子は暗い過去を背負った盲人だった。見えぬ右目は母親に潰されたもの。左目の視力は残ったが、生きるために覚えた智恵で、全盲のふりをしている。父はとっくに家出、母はほかの子を連れて入水自殺。陽子の目は、父親のおもちゃになっていたのを発見した母親の、父親に対する意趣返しを受けた結果の隻眼だった。商店主人の子を孕んでいた。渡りに舟だったか、拉致同然の熊爪の行動を主人は黙認する。
- 産婆もいない小屋で陽子は陣痛に耐えながら子を産み、へその緒をちぎって育てはじめる。絶対服従の犬だけが相手だった小屋生活に、自己主張のある母子が割り込んだ生活に熊爪は戸惑う。野生に育った彼の思考には、熊や鹿の生態知識が優先している。お産では、死産で死んだ鹿の屍体が鳥獣の餌になるシーンを思い浮かべる。雄熊は雌熊がつれている小熊を襲うものだ。これは雌熊を発情させるためだとわかっている。
- 鹿の難産と死亡はなくもないだろう、だがヒトの難産は二足歩行になった宿命で、四つ足動物では殆どないはずだ、見てきたようなウソに思える。メスがわが子をオスから守ろうとする行動は、色んな動物で報告されている。TV画面ででも見た覚えがある。子殺しにまつわる本能はこの小説で重要な伏線になる。生まれた子の首を絞める所作を見て、陽子はオトコの野生の心根を感知する。陽子は熊爪の子を孕む。お腹の子を殺すからと、熊爪を拒絶するようになる。雄熊は、子熊がわが子でも、雌熊と遭遇したとき殺すだろうかと、熊爪に問いかける。
- 悪夢から目覚めた時、熊爪は身体が痺れて動けない。飯どきに一服盛られたのであった。釧路みやげの小振りの小刀が首に刺さった。出血と激痛で意識が朦朧とする中で、跨った陽子の中途半端な殺し方を恨む。陽子は子を連れて町へと小屋を去った。離れようとしない犬に、「い・け」と声を振り絞って命じてから、熊爪は絶命する。
('24/5/20)