武蔵丸の立合


大相撲夏場所が若の花の優勝で千秋楽を迎えた。若の花は連続優勝で、横綱昇進の切符を手にした。まずはめでたい。しかしめでたい話ばかりではない。最後の方は満員御礼だったが、空席が残る日が続いた。相撲人気が昔ほどではなくなっている。その理由はいろいろあろうが、一つ目立つのは立合が素人臭くなった点である。
立合が勝敗の6-7割を決めるスポーツである。それがどうだ、今の大相撲の立合の乱れは。両手を地に着いたところで行司が軍配をさっと返す。そこで立ち上がるのがルールのはずだ。しかしそんな立合は殆どお目にかからない。時間が来たら軍配などお構いなしに手も空中のまま勝手に相手に突っかかる。ルール通りにやろうとする関取もいるが、少数派のようである。
サッカーの審判は実に厳格公正である。同じことは野球でもラクビーでもバレーボールでも私の見るスポーツ全部に云える。当てはまらないのは相撲の行司である。勝負に一番大切だからこそ少しでも有利にと身勝手な立合をする。だから行司が厳格公正に仕切らねばならぬのに行司は何もしない、やり直させた勝負など見たことがない。土俵周辺の審判団もだらしがない。立合に物言いを付けてはならぬのかどうか知らないが、勝敗の行方にのみ専心していて基本のルールには無頓着である。審判団は全員が元力士ゆえ身に覚えがあることは云えないのだろうか。立合の汚さは駆け引きの内とでも思っているのか。
優勝の行方を賭けた勝負に武蔵丸との対戦があった。千秋楽前の貴の花対武蔵丸、千秋楽当日の若の花対武蔵丸である。貴も若も両手を下ろしたのに武蔵丸は中腰のまま手を着かず相手より格段に早く相手に仕掛けた。軍配が返っていたかどうかは確かでないが、これでは全くの素人相撲である。なぜあんな相撲を大相撲として許しているのだろう。武蔵丸が破れたので大事にはならなかったが、普通ならこれはブーイングの大合唱が生まれてよい状況であった。彼は今一度相撲の基本に立ち返って稽古すべきであるし、それを強制する審判の厳正な指導と処罰規則を確立すべきである。
立合制限時間を守るのならサッカーにあやかってイエローカード制を導入してはどうか。2枚貰えば星が一つ落ちる勘定にするのである。

('98/05/27)