江戸時代の貸本屋
- 長友千代治:「江戸時代の貸本屋〜庶民の読書熱、馬琴の創作を支えた書物流通の拠点〜」、勉誠社('23)を読む。315pの中型本。著者は近世庶民の生活に関する著作が多い学者らしい。引用は原文のままの多くは文語体で、学術書の体裁で作られている。
- 第一部は「本のある風景」。
- 美術館で浮世絵展があるとよく関連草子類が並べてある。必ずと言ってよいほど絵の入ったページが展示してある。草子と草紙は厳密には同じでないが、本稿では区別しない。今日に伝わった江戸時代までの資料は、ほぼ文字文だけだから、我らは江戸時代に入って急に視覚的に目覚めることなる。江戸期以前にだって少ないながら絵巻物があった。視覚的情報がどれほど価値があるかは、例えば源氏物語絵巻(平安時代後期)と菱川師宣、鈴木春信や喜多川歌麿の美人画を比較すればわかる。江戸期の細面にたいし、平安期はお多福顔が美人の条件だった(と私は思う)。美的感覚が時代と共に変わることは、視覚的資料がないとほとんどわからない。本書は草子の絵をたっぷり挿入していて、堅い書きぶりなのに楽しく読ませてくれる。
- 「1. 風俗としての本屋」に、本屋が高級品街の表通りに面して店を並べていたことを書いている。平和が続くおかげであろう、民衆の文化レベルがグンと上がった。元禄期には吉原の遊女にも読書が娯楽として浸透した。本屋の数も出ている、江戸、大阪より京都の方が多かったらしい。人口比は100万、20万、20万ぐらいだったはずだから、京都の文化水準が高かったのだろう。江戸後期に入るとそうは言えなくなるはずだ。馬琴のころには江戸で流行遅れになった本を、京大坂に流す話が出ている。
- 本価格比較は出ていないが、ページ数比較とか文字数比較でなら、現在価格換算で今の数10倍はしたのではないか。貸本屋が流行る理由の一つだ。本を読むこと(質も含めて)が一種のステータスシンボルだったようだ。本屋はれっきとした上品な商売で、行商であっても「憎いほどかぶき姿や草紙売」だったらしい。
- 「2. 江戸の本屋の正月風景」に鶴屋(京都)の江戸出店の錦絵がでている。空に凧が舞い、店に仲買人と貸本屋が来ている。若い男は美人画選びに夢中とある。「3.店頭の本屋看板」の絵は本安売の店で、源氏抄、四書大全の広告板がある。教養ある読者のためのロングセラー本だったという。「4.板木屋」には板木師の仕事ぶりの絵がでている。板木屋は、書物(瓦版とかの情報誌も含むようだ)・絵双紙・錦絵などを彫刻、印刷・発行する新本屋だ。出版取締令は、もっぱらこの板木屋(仲間外も含む)を対象に出された。反幕府的思想の拡散を取り締まる要だった。
- 「5.古本屋」。京都は出版の歴史も一番古く、それだけに専門店化の傾向も強かったとある。書林(本屋)街と古本屋街とは分けられている。NHKドラマ:「京都人の密かな愉しみ」の中で京都の和菓子商は2種類あり、庶民向けと接待会席用と住み分けているとあった。専門店化は技術向上志向に通じる。大坂、江戸は兼業が多かった。「6.本の模様」に美術工芸品として表紙屋や経師屋で丹念に装丁された本が紹介されている。仰天するほどの高値が付いている。
- 「7.本の挿絵の紋」。西鶴:好色一代男は源氏物語54帖に合わせて町人・世之介54年間の遊蕩を描き、俗源氏ともてはやされた。彼の紋所ナデシコに対する考察がある。小説の中ではただのナデシコだが、挿画には色んなナデシコで愉しませる。「8.修身の読書」に婦人読書図があり、本に向き合うお作法が記されている。書灯の油には胡麻油に桐油を混ぜるとある。鼠が嘗めに来るのを防ぐためだそうだ。こんな話ははじめて見た。Wikipediaには、桐油は毒性があるため食用に用いられないとあった。
- 「9.土用の虫干し」。我が家の論語(道春点本)〜江戸中期以降の本〜は表紙を結構虫に食われているが中身はやられていない。「此のように本喰う虫は賢コかろ」と言う川柳があるそうだ。虫干しは書物・画軸・筆などが対象で、衣服・諸道具を日にさらすことは土用干しと云うそうだ。知らなかった。虫の駆除法が載っている。本の管理には随分と手間を掛けた。
- 「10.草紙洗い」。謡曲「草子洗」に基づく豊国の錦絵が出ている。小野小町が贋作の汚名を晴らすために、証拠物件の万葉集の「贋作本歌」が、実は悪意の誹謗者が書き入れたもので、それが草子洗によって消え失せ、小町が面目を保ったというフェイク合戦の話である。此の草子洗は実験的に有効だと証明されている。本のメンテナンス技術に関する記述がいろいろ出ている。
- 「11.本屋の仕事」。元禄のころの京都の高級専門店状況が載っている。歌書、内(仏教経典)外(仏典以外の学問書)、儒・医とありさらに、禅、真言、法華と宗派別の専門店もあった。本屋の主人は編集長として作者の選定から内容の取捨選択指導にまで立ち入り、時には読者の相談相手にもなると言う博識多才なヒトが多かったようだ。江戸後期になると本屋は般若経から草双紙まで扱う総合書店形へ変わってゆく。
- 「12.慰みの読書」。ニーズと関連技術の向上に合わせて、紙の工業規格化が進み本が彩色され小型化してゆく。タバコを吹かしながら、本を前に、大笑いしている老爺の姿を扉絵にした本が紹介されている。「赤本にあるを真と感涙し」という川柳がある。枕絵本も含めて、娯楽読み物は大方は貸本屋が配達に来た。
- 「13.歳暮文事」。本屋中心に年末年始の行事やしきたりが載っている。当時は一般に掛け売り掛け買いの信用経済で、本屋も例外ではなかった。元旦頃の本屋店先の絵と解説がでている。
- 第二部は「近世貸本屋の展開」。
- 百聞は一見にしかず。記憶を辿ってみた。江戸東京博物館には、模擬の本屋や浮世絵屋があった。ごく最近再放送された剣術商売 第4シリーズ(2003年)第1話「陽炎の男」(2003年の作品)に、準主役・三冬の実家の書店がでた。本書に絵や文字で描写されているとおりのロケ・セットになっていた。斬九郎(貧乏御家人)だったかの時代劇の、除夜の鐘と共に掛け取りに来た商人手代が、サッと挨拶して帰って行くシーンは、もう今は廃れているからか、何か清々しい印象だった。
- 貸本屋は、ことに丁寧な時代劇にはしょっちゅう挿話に出てくる職業で、一度全貌を見たいと思っていた。昔TVドラマに瓦版の板木屋を根城にする時代活劇があった。今思うと製作工程の考証がよくできていた。20年前頃までは時代劇は社会の民情が伝わってくる、視聴者が入り込める映像になっていた。近頃製作の時代劇が総じてつまらないのは、俳優の弁舌と切った張ったの活劇ばかりで、とりまく社会の人情風俗がさっぱり伝わらない作品が多いためだと、かねがね思っていた。
- 絵草子、草双紙、赤本、黒本、青本、青表紙、合本などの形態による分類、滑稽本、洒落本、笑本(艶書)、読本、経典、漢書、医書、軍書などの内容に基づく分類、寸法による分類や安価本やら豪華本などなど色んな本分類が文献に出てくる、それほどに多彩な出版があったことがわかる。発行部数はベストセラーでも1000冊程度だった。
- 読み込まねばならぬ本は個人が購入するだろう、公共の図書館はなかったから、個人の蔵書を互いに貸し借りする。小規模サーバーがネットワークを組んでいるといった情景だったのだろう。
- 娯楽本は冊子1冊に1時間もかければ読み切れる。本を買わずに貸本で済ます。借り賃は巾があって400〜2000円/3〜7日ほど。庶民の収入は上層でも年100万円ほどの時代だ。又貸し紛失、乱雑な取扱に対する貸本側の対策に今日と変わらぬ人間の営みを感じる。書き込みや傍線ぐらいはまだ良いが、挿入画に手を入れたり甚だしいのは本一番の売りのページを切り取ってしまったり、貸本の管理は大変である。現代でも敗戦後間もなくの頃では本は貴重品だった。図書館の本に此の手の欠陥を何度か見た記憶がある。昨今の図書館の本にはそれがほとんどない。読書人のモラル向上よりも、借り手が多い本は、図書館が何冊も備えるといったことによる「衣食足りて礼節を知る」結果だと思う。
- 作者と版元(板元)、貸本業者の3者間の力関係は複雑怪奇で、商法も著作権法もない中を、道徳による歯止めだけを頼りに、おのれの最大利益のために血道を上げる。貸本屋は噂の種を集めてはまき散らす情報屋でもありスパイ役も可能だった。本屋貸本屋は世の指向をいち早く察知して、作者に話題を提供もするが、時には断りなしに改作版木をこしらえたり、売れ筋の本を本歌取りした別本を出したり、貸料を増やす目的で、字を大きくし冊子紙数を増やしたり、5冊本を8冊本に綴じ直したりする。そのたびに作者からの割増料金請求が来るとか、当時の出版業界の活気を丁寧に調べて書き上げてある。封切本は原本であることと初鰹と同じ理由で高価だったらしい。
- 第三部は「馬琴の書物検索と貸本領域」。
- 第三部は本書の半分を占める。此のHPの「里見氏170年」('97)、「小規模博物館の行方」('18)は、館山市立博物館が里見氏と南総里見八犬伝に関する展示をしていたことを伝える。八犬伝は曲亭馬琴が生涯を掛けた大作だが、作者の思い通りの起承転結の大団円とはならず、家族の糊口と版元の好調売れ行きからの思惑から、複雑怪奇をより膨らませた小説になった。
- 彼は作品の情報源として書籍を愛した。幅広く世俗本にまで書籍を借り出しまた購入した。晩年には失明に近い状態になり執筆は口述だったという。家計のために多くの蔵書が売り払われた。売却価格には入手書籍に対する慧眼が窺えるという。このHPの「北越雪譜」('17)に出ている鈴木牧之記念館では、牧之は、「北越雪譜」出版に際して馬琴に相談したと説明されていた。その経緯が本書に出ている。出版に対する馬琴の真摯な心構えが伝わってくる。馬琴は謹厳実直で人情に厚く世話好きで、誠実を旨とした。
('24/3/17)