色と光の科学(その二)
- 小島憲道、末元徹:「色と光の科学〜物理と化学で読み解く色彩の起源」、講談社(2023)の紹介「色と光の科学(その一)」の続き。
- 第9章は「ダイヤモンドの色の謎−狭い空間に閉じ込められた電子の色」。量子閉じ込め効果の説明がある。岩塩産出国で岩塩の青色の研究が開始された。格子欠陥による発色という。ダイヤモンドは無色透明だが微量のBで黄色、Nで緑色がでる。元来のエネルギー間隔よりもギャップを狭める位置に、微量元素がはまり込むからだ。黒水晶、煙水晶、紫水晶。液体アンモニア中のナトリウムの色、金ルビーガラス、光るシリコン。テレビ・ディスプレイ−量子ドット蛍光体。量子ドット蛍光体は可視領域にバンドギャップのある半導体で、微粒子のサイズを調整することで量子閉じ込めエネルギーの大きさを変え、発光波長を自由に変えられるという。液晶ディスプレイでは、白色バックライトに含まれる各色をフィルターで切り出す。液晶を使ってその強度を制御する。その白色バックライトにこの量子ドット蛍光体を使う。
- 第10章は「色が変化する便利な物質」。有色のロイコ色素(液晶)の字を消しゴムで擦ると、摩擦熱の高温で液晶構造が変わって無色になる。常温に戻ってもこの液晶構造が保たれるため、字は消えたまま。これがフリクションボールペンの原理。コレステリック液晶構造色はモルフォ蝶の翅と同じ原理。ソルバトクロミズムは溶媒の極性がバンドスペクトルに影響を与える話。圧力で色が変わる場合は、ピエゾクロミズム。サングラスや光情報記録媒体の光異性化のときは、フォトクロミズム。電場で色が変化する場合はエレクトロクロミズムで、酸化還元反応や色中心生成のケースがある。磁場で色が変わるケースもある。リトマス試験紙の仕組みの説明もある。
- 第11章は「発光する物質」。電子と振動(格子振動、分子振動)の相互作用によって、光吸収や発光のスペクトルに振動数の違いが出てくる。その機構を説明してある。フランク・コンドンの原理という。コラムに「クロロフィルの発光と新緑の若草色」があって、我々は新緑のころはクロロフィルの吸光の補色(500〜600nm)とその励起分子の発光赤色(670nm:上記原理で長波長にずれている)の混合色を見ているという説明がある。次のコラムでは、TVドラマの「科捜研の女」がしばしばおこなう、ルミノール反応の原理を示す。三原色有機ELは、正孔輸送、発光、電子輸送の3種の有機化合物の積層構造を取る発光体で、薄型TVやスマホのディスプレイに使う。液晶ディスプレイだとバックライトを出た光は液晶とカラーフィルターを通りが、有機ELディスプレイでは発光体だけで済む。
- 第12章は「さまざまなレーザーとその応用」。レーザー応用が急速に普及したころとJapan as No.1の時代とは奇妙に照合する。私はその頃が現役終期だった。直接的テーマではなかったが、他部門の仕事を介して微細加工とかレジストとか記録・記憶材料関連のレーザーに関心があった。本棚を見ると、1980年代に共立出版から刊行された、One Pointシリーズの、そんなテーマを掲げた本が並んでいる。それらに記載されなかったテーマで本書に載っている題材は、ファイバーレーザーと超短パルスレーダーであろう。
- 日本に光ファイバーのネットワークが張り巡らされたのは、1990年代終わり頃だった。今や100%近い普及率だそうだ。光ファイバーは高屈折率のコアを同心円状に低屈折率のクラッドが取り囲み、その外を被覆材が覆っている。コア/クラッド界面では、入射光は全反射するので、透明度の高いコアだと、遠距離まで信号を伝えることが出来る。コアの入射光が減衰して1/10ほどに弱まると、増幅器で中継して数千kmの遠方にでも信号を届けることができる。コアは微量のGeを添加された石英SiO2。増幅器のファイバー(利得媒体)にはEr3+が添加されている。光変調した半導体レーザーに励起用半導体レーザーを混ぜ込み利得媒体に通すが、Er3+のおかげで通信帶の光を増幅できるという。ファイバーは、レーザー発生に於いて全反射する反射鏡の役割も果たすわけで、旨い工夫だと思う。
- 半導体レーザーは「'70年には室温での連続発信も実現し、他のレーザーに匹敵する性質の出力光が得られるようになった。」と上記One Pointの1冊、片山幹郎:「レーザーと化学」('88)に載っている。光通信や光ディスクに不可欠のレーザーとして、この分野の発展に寄与した。活性層(GaAs)をn-とp-のAlGaAsが挟む構造になっている。発光の原理はLEDと同じ。活性層でp-n接合における電子と正孔の再結合が起こり光を出す。このような構造になっている理由が本書に出ている。
- 超短パルスレーザーとは間隔がフェトム秒単位のパルスで、化学反応の瞬間の分子状態を、経時的に追いかけることが出来る、画期的な研究装置だ。視神経先端の桿体細胞にある視覚を司る(cis型)ロドプシンが、光を受けて基底状態から励起状態に入り、緩和して伸びたtrans型に移行するさまが解析された。
- 第13章は「色を変換する」。X線写真撮影は、健康診断で小さいころからお馴染みだった。X線感光フイルムに撮して現像すれば像が見える。昨今は化学フィルムではなく、イメージングプレートを使うところが多いという。輝尽発光体を塗った板にX線像を受け、その板の像を可視化するのである。X線被曝量が低く、画像は鮮明で、しかも板は再利用できると云うから、普及しないはずはないだろう。
- 輝尽発光とは、ある種の化合物、本書ではBaFBrにEu2+をドーピングしたものだが、は放射線を受けると、生じた電子が陰イオンの空格子点にトラップされて色中心になり、この色中心に放射能のエネルギーが長時間にわたって蓄積されることを利用する。その状態で可視光の照射を受けると、色中心の電子が伝導体に励起され、価電子帯にある正孔と結合して蛍光を発する。この蛍光をお医者さんが見るというもの。
- 3D顔認証システムは、2Dシステムと違って、顔の凸凹やマスク下の形まで捉える優れものだ。赤外線利用により反射光線の時間差をはかれるから可能になった。赤外線は身近なところでは各種リモコン、自動ドアやトイレ自動水栓、赤外線カメラ、自動運転システムなどいろいろと使われている。それらの赤外線発光位置は、アップコンバージョンや輝尽発光を使った可視化カードで容易に検出できる。
- アップコンバージョンは希土類イオンの4fには非常に多くのエネルギー準位があることを利用する。この階段を順々に上ることで、エネルギーの低い赤外線でも最後には可視光を発光できる励起状態にまで電子のエネルギー準位を上げることが出来る。輝尽発光のようなエネルギーの貯め場はないから、受光しなくなったら発光もしない。
- 発表会場でよく使われるレーザーポインターの話がコラムに出ている。ボールペンぐらいの大きさに収まるのは、半導体レーザーのおかげだろう。実は赤に対する人の目は感度が低い。緑の方がいいのだが、ちょっと高価になる。緑色ポインターは、まず近赤外レーダー光でNd3+ドープ結晶を励起し、これを共振器内の非線形光学結晶に通して2倍高調波(緑色)を発生させるという手続きを取るからだ。非線形光学の話を書くにはもう一勉強必要なのでここでは省略する。
- 本書の最後は自由電子レーザーとテラヘルツ光の紹介。'11年から稼働を始めた播磨のSACLA XFEL(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser)は、20eVまでの極めて強力なコヒーレント(干渉性の高い)な光(軟X線、X線)パルス(10fs)を供給できる。高速の電子が軌道を曲げられる時に発する光である。曲げるには磁石を使う。第3世代と呼ばれる放射光施設で、世界にはほかにアメリカとヨーロッパにあるだけという。すべての波長が利用可能で、しかも高エネルギー領域まで可能であるという意味で、他のレーザー技術の追従を許さない。
- コラムにテラヘルツ光(遠赤外)の応用例として、空港などでの持ち物検査が上がっている。封書の中のカード透視の例が示してある。ただ衣服を透過してしまう点が問題だとある。ぼけたヌード写真ほどには写るのであろう。
('24/1/6)