脱炭素の最先端

「別冊日経サイエンス262 気候危機と闘う 人類を救うテクノロジー」、日経サイエンス社(2023/8/28)を読む。第1章が「激変する世界 崩壊の現場」、第2章が「動き出す脱炭素への新たな試み」、第3章が「新発想で未来を変える」、最終章が「多様性と生物資源 守り育むために」で、本紹介は主に第2と第3章が対象である。
第2章は「太古のマントル岩石にCO2封印 中東オマーンで実験開始」から始まる。マントルにはMgとCaの含有量が地表にある大半の岩石よりも多い。マントル由来の岩石に玄武岩がある。ホットスポットのマグマが地表で固まったものを見ることができる。反応性の高いMgとCaを玄武岩より3倍含むのが、かんらん石などのマントル岩石。たまに地表に露頭を出している。
マントル岩石では意外に化学反応の進行が早いと判った。その露頭岩石には無数のひび割れがあり、CO2を溶解した水が周囲を炭酸塩化しつつ浸透してゆく。マントル岩石の奥深くまで注入孔を掘って高濃度の炭酸(海)水を注入する。炭酸塩化による体積膨張で、ムクのマントル岩石も、びりびりと裂けて自然と浸水経路ができる。この地中の反応は地震計を用いた実験で確かめられたとある。
こんな炭酸塩鉱物化のパイロット試験がオマーンの山中の露頭で行われている。年間13億トンのCO2の鉱物化を目論む。コストはCO2の1トンあたりを120〜200ドルとしている。気温上昇を1.5℃以内に押さえ込むには、20〜200億トンを毎年固定化せねばならぬ。他地方の露頭やこれ以外の方法と比較すれば、具体性のある提案になっている。砂漠の無人地帯が広がるオマーンは絶好の立地条件だ。この国は石油とLPGで大儲けをし、今度はその結果たるCO2を回収する事業で財をなすチャンスがめぐってくるとある。
「日本海の海底岩石層にCO2を閉じ込める」は東大の2先生の著作である。太古代の玄武岩と、現在の海底の玄武岩の炭酸塩含量比較分析から、太古の大気中のCO2分圧が現在の何千倍もあったことを確かめた。玄武岩吸収による脱炭素は、アイスランドで既に実証プラントスケールで行われている。東大では玄武岩に代わるものとして、グリーンタフ(場所により安山岩質から玄武岩質まである凝灰質岩石:日本海沿岸に広く分布)を候補に挙げて研究している。未だベンチスケールの研究のようだ。本論文に挟まれた日経編集委員のコラムには、遅々として進まぬ日本の炭素回収・貯留(CCS)事業の問題点が列挙してある。
「強力な温暖化ガス 石油プラントのメタン漏出を見逃すな」は油田、ガス田やパイプラインのメタン漏れの追跡について語る。国連の報告では、人為的なメタン排出量を45%削減すれば、今世紀中の温度上昇を1.5℃に留められようという。10年以上にわたって熱を閉じ込めるという意味で、メタンはCO2より強力な温室効果ガスだ。
欧州宇宙機関(ESA)の衛星が、シベリアからヨーロッパに供給するロシアのパイプラインで、大量のメタン漏出を発見した事件があった。近年の衛星は、ピクセル1個が30m角に対応する映像を送ってくると云う。アメリカの大油田バーミアン盆地(テキサス州〜ニューメキシコ州)の監視体制が語られている。公的私的の航空機から監視員まで。地上監視システムで油井・ガス井をカバーする設備も試験されている。監視で重要な対象は、従業員が配置されていない施設のスーパー排出源を発見することだという。
「脱炭素コンクリート」に、セメントとコンクリートの生産によるCO2排出量は'14年で25億トンで、人類のCO2総排出量の8〜9%になるとでている。ことにセメント工業では化石燃料でCa2CO3含みの堆積岩にたいし1450℃の焼成処理を行うから、セメント1kgに対し同量のCO2を排出することとなる。その製法はここ100年来ほとんど変わっていない。改善の余地を、原料掘削からコンクリート廃材の利用までの各ステップについて細かに提案する。クリンカーの量をセメントへの混ぜもの(例:フライアッシュ、スラグ、V焼粘土による混合セメント)工夫や、骨材調製がさしあたっての方向のようだ。
「炭素税の正しい決め方」に世界の炭素税一覧がある。日本はCO2排出1トンに対し2.65ドルで、ヨーロッパ勢に比べれば1/10〜1/40と言う安さだ、南米よりも安い。経済学者は炭素税率の算出に「総合評価モデル」を用いる。DICEモデルは有名で、税率の議論では中心的に活用されている。どのモデルでも不確実性の評価という壁にぶつかる。破局的事象の値段という項目に、例として「温暖化で地球上の永久凍土がすべてゆるんで大量のCO2とメタンが放出され、それによって温暖化が暴走する可能性」を挙げている。将来世代を考慮した割引という項には、近年の民間部門における投資に対するおおよその利回り7%と、預金金利3%が参考数値としてあげられている。メタンに対しては、漏れを減らす技術の導入を義務づける方が効果的だとしている。
第3章は「脱炭素の切り札 人工光合成で未来を拓く」から始まる。インタビュー相手・瀬戸山氏は日本政府の「人工光合成プロジェクト」リーダー、人工の葉緑素をつくって見せようという380億円の研究だ。このHPの「光化学の驚異」('06)には当時の光触媒について述べてある。光合成の大規模研究はアメリカから始まったが、パイロット段階まで来たのは日本だけらしい。まだエネルギー変換率が0.78%で、目標は5%と云う。
「次世代太陽電池の普及へ 技術基盤の整備に注力」は、日本で発明されたペロブスカイト太陽電池の実用化を目指す有機系太陽電池研究チーム長・村上氏のメッセージだ。このHPの「青色LED」('15)には、「理論的には発電効率を40%(集光型だと50%)にする多接合型太陽電池が提案されている。」と書いている。「私が現役であった頃は8%もあったらよしとせねばならなかった。」ともある。本記事には、シリコン太陽電池が40年の間に25%を越すまでになり、本題のペロブスカイト太陽電池も10年足らずでそのレベルに追いついたとある。この電池はフィルムに印刷して製造でき、レアメタルを必要とせず理想的だが、耐久性(シリコン太陽電池は20年)で劣る。多くの国家プロジェクトの中では、実用化に最も近いものの一つのように書いてある。11/16の毎日に、東京・内幸町の46階建て再開発ビル('28年完成予定)は、外壁に発電容量1000KW超のペロブスカイト太陽電池フィルムを貼り付ける計画(世界初)が出た。
「温暖化の食料影響解明 主食コメの将来を背負う」は農業・食品産業技術総合研究機構のエグゼクティブリサーチャー:長谷川氏関連業績の紹介記事だ。先日新潟のコシヒカリの整粒率低下で1等米比率が通年の70%から3%に激減したと報じられたが、実験では既にCO2の200ppm上昇でコシヒカリは14%収量が上がるが、整粒率が11pt下がる、また気温上昇でも下がるといった結果を出している。植物(稲)の順応性の利用と遺伝子レベルの改良による、環境変化に応じた「デザイン育種」を作る可能性が追求されている。

('23/11/16)