木挽(こびき)町のあだ討ち
- 永井紗耶子:「木挽町のあだ討ち」、新潮社(2023)を読む。第169回直木三十五賞と第36回山本周五郎賞のW受賞中編時代小説である。時は1815年旧暦正月末日、雪の降る芝居小屋の横手で、大柄な博徒・作兵衛に名乗りを上げて若衆・菊之助が斬りかかり、父の仇討ちを遂げる。その一部始終を、関係人のそれぞれの口から聞き取った調書のような形の作品である。証言するヒトの事情が長々と述べられるが、それが当時の社会生活を活写するので、面白い仕上がりになっている。
- 第1幕は「芝居茶屋の場」。
- 証言するのは木戸芸者・一八。木戸芸者とは木戸番と通じる職業らしい。芝居小屋の入り口に立って芝居の山場の見得台詞を口まねしたりして、客引きしたものらしい。一八は吉原花魁の産んだ子で父親は知らない。幼いころは禿代わりが勤まったが、少年になると居場所がなくなる。12歳で幇間(太鼓持ち、男芸者)に弟子入りさせられる。宴会を盛り上げて花魁と旦那の橋渡しをやる役。花魁をいたぶる旦那と衝突し廃業させられる。子ども相手の駄菓子屋で食いつないでいると、昔の旦那が芝居小屋・森田座を紹介してくれた。吉原の住人も芝居小屋の住人も人別帳から外れている悪所だ。そこで仇討ちの運命を背負った菊之助に出会う。
- 第2幕は「稽古場の場」。
- 小屋の稽古場では殺陣の練習もやる。そこの立師(殺陣師)与三郎の見聞だ。御徒士の三男坊で、剣の道に励んだ時期もあった。さる家の指南役の口がかかり、道場からは2人が立候補する。競争相手は与三郎を貶める卑劣な手段を講じ、剣の技は遙かに劣るのにもかかわらず、道場主の推薦を受ける。彼が道場主の縁者であったことが、与三郎には不利であった。父は平素の精神訓導に反して、与三郎の潔白証明行動を許さなかった。武士道の現実に絶望した与三郎は、家を捨てて放浪。たまたま森田座の前で座長・尾上松助を襲った侍に立ちはだかったことが縁で、芝居の真剣味に牽かれ、稽古場に「仕官」する。
- 菊之助の仇・作兵衛は忠誠で親しい家人(下男)だった。仇討ちは叔父の仕組んだ家乗っ取りの罠。仇討ちは成らざる限り国には戻れない。母は出立の日に、成らざるもよし、無事に生きよと諭す。打つべきか否か迷いの中の彼に、我が身の上を重ねつつ、与三郎は剣術指南をする。
- 第3幕は「衣装部屋の場」。
- 衣装部屋は、看板役者の名題下(その他大勢の大部屋組)の役者の衣装を管理する部屋で、頭分の芳沢あやめは、衣装の繕いもやるし女形として端役ながら舞台出演もする。彼は芳町上がり。芳町は元吉原で、陰間茶屋が並び、若衆と呼ばれる10代から20代初頭の少年が客を取る男娼地帯である。女形はここの出身が多かった。私は学生時代に歌舞伎を南座ではじめて観劇した。もう65年ほども昔だから、世間は今よりはずっと女は女らしくの時代であった。だが歌舞伎の女形を見て驚いた。もっともっと女っぽいのである。男娼として鍛えられた女形の伝統を見たわけだった。衣服の繕いが縁で、菊之助の口から、仇も菊之助も、互いにその所在を知っており、しかも相手から隠れようとしないことが判る。
- 第4幕は「長屋の場」。
- あやめは次の証人に小道具の久蔵とそのお内儀お与根を推薦する。芝居小屋に出入りする間、菊之助は久蔵の家で寝泊まりしていた。大道具といえば工業高校の建築科、小道具といえば木工科なのだろう、お屋敷の欄間から調度品いろいろ、芝居に用いる生活用具や武器などの模造品、木彫りの打ち首も作る。小屋専属ではなく、お得意は大名から庶民まで幅広く所得も並以上。長屋は2階建てで、1階は仕事場を兼ねており、2階に菊之助を泊めることが出来た。だれもかも菊之助贔屓。
- 菊之助の父が自宅で作兵衛に殺められた事情がわかる。父が菊之助を斬ろうとし、菊之助が受け太刀していると丸腰の作兵衛が止めに入り、父は己の刃で我が身を切った。菊之助は作之助を逃亡させる。家老と叔父は作兵衛による刺殺と断定し、下男の作兵衛を士分と見なし、仇討ちの形をこしらえ、まだ前髪の菊之助を向かわせる。家老と父の間に紛糾事案があったらしい。
- 第5幕は「枡席の場」。
- 金治(実在説あり)は旗本の次男坊に生まれ、養子縁組先も少年時代から決まっていて、気楽に楽しく吉原に遊べる身分だが、馴染みを落籍されて心に空洞を感じているころ、大坂・中座の筋書・並木五瓶(実在した元武家)に総籬(そうまがき、特級茶屋)で出会い、華やかな八雲太夫とお茶引きの染野を指名する。五瓶は筋書の素材集めのためのインタビューを行う。平素は客には見せぬ遊女の暗い心情が浮き彫りにされる。
- 五瓶は五人の女を成仏させようと筆を取っている。Web「堂島新地を歩く」に浄祐寺があり、「新地の遊女たちの信仰を集めたお寺です。曽根崎新地で武士に切り殺された遊女・菊野ら5人の墓、「五大力の墓」があります。事件は歌舞伎「五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)」(並木五瓶作)になり大ヒットしたそうです。」と説明されていた。五瓶の、人生を生きるための信条は、「面白がったらええですやん」だった。
- 金治は実家を逐電して五瓶の弟子になる。五大力恋緘は江戸風に改作され大入り。師匠と木挽町の3座を渡り歩き、師匠が大坂に去ると一本立ち。ある日かっての許嫁お妙から手紙を受け取る。彼の実家逐電後20年は経っていた。彼女は今は菊之助の母であった。2本目の手紙で仇討ちの背景が少し明らかになった。菊之助の父は御用人で、饗応役仰せつかりにより帳簿を調べ、御家老一味の着服に気付いたが、逆に一味に追い詰められ横領の噂が流れ、乱心で家人に殺されたことになったと言う。
- 終幕は「国元屋敷の場」。
- 父は闇討ちを受ける。家老側の次の手・お目付の審議が始まる前に、父は先手を打って、証拠書類を作兵衛に託し、江戸へ逃がそうとした。作兵衛におのれを斬らし逃亡させ、菊之助が仇討ちに出立することで、弟の家の乗っ取りをも防ぐ算段にする。忠義者の作兵衛は主に刃を向けられず、シナリオが狂ったが、自刃で所定の方向に事態が動き出した。作兵衛は主に仇として打たれることを約束する。なんとも信じられぬ武家社会究極の姿である。
- 金治の筋書による大芝居「木挽町のあだ討ち」の幕が開く。忠義一途に尽くしてくれた作兵衛を菊之助は討ち取れない。しかし仇討ち成就の認証がなければ、菊之助は国元に戻れない。
- 金治の筋書は、芝居の千秋楽の直後の小屋横の広場での、派手派手の大立ち回りだった。ころは薄明。作兵衛は博徒の大親分に扮装させる、子分は一八。菊之助は下が白装束で、上に赤姫の華麗な衣装、博徒が娘をからかったとたん、パッと姫が仇討ち装束の菊之助に替わり、真剣な立ち回りの殺陣。たちまち群衆が取り巻き、鮮血が飛び散り首が討ち取られると大音声の仇討ち名乗り。首を抱えて菊之助が番所に走る。
- 久蔵作の小道具・打ち首は真に迫っていた。仇討ち現場で、一八が物陰に倒れた作兵衛の首を拾う愁嘆場をこの作り物で演じる。生きている作兵衛の「遺体」は、小屋で木偶とすり替えられ、早々に焼き場(土葬は原則禁止だった)へ送り出される。作兵衛は小屋に雇われ、名を権太と変えて余生を生きる。国元で菊之助は元服し、近習となり、ついに証拠物件を御前に差し出す。家老は蟄居、叔父は国を追われる。
- 久蔵の模造「打ち首」と遺体すり替えを納得することにした。すると最近読んだ小説の中では筋の運びが万全で、出色の作品だと思うようになった。
('23/9/27)