御柱祭−下社里曳き祭−


春宮大門あたりで秋宮行きの御柱の曳行にぶっつかり押すな押すなになる。諏訪大社下社御柱里曳き祭当日である。4本全部をやり過ごすのに1時間近くかかった。参道の幅は広くないのに祭りの行列が通り、両脇のたこ焼き店が地所を占める、両側を上りと下りが歩くと云ったわけでちょっとも進めない。
太長い親綱が二本御柱の先端から出ている。それに子綱を結わえて、各人が曳く。誰でも曳ける。この子綱を小形トラックが配って歩く。昔はきっと女子を御柱に乗せたりしなかったろうが、今は男女同権で堂々と女が乗っている。観光客も順に乗せてくれる剽軽な世話係がいる。おばあさんもお母さんも御柱に上って写真に収まる。神事だろうが、今は開放的なお祭りである。木遣りの後にラッパが鳴ってやっと少し動いた。
春宮では建御柱の最中だった。見やすい位置は人で埋まっているので、柵を越して側面に出る。もう60度ぐらいに立ち上がっているがなかなかである。始まってからもう2時間は経っている。とうとう垂直になり、垂れ幕が下がり、鈴が割れ、最後に餅撒きがあってやっと一本目が終わった。後三本あるが、この調子だと日が暮れるだろう。御柱に乗っていたのは10人以上、巻いた縄に木片を縛りその上に立つ。それぞれ命綱はつけていた。
春社前の道は秋宮に通じる道で、旧中山道と書かれていた。奈良井、妻籠、馬籠などで見た背の低い二階建ての木造家屋が何軒かあって街道筋であったことを思わせる。通りに面してもっさりとした湯屋があった。弱アルカリの温泉だった。えらく熱い湯で1-2分が精一杯だ。45度だそうだ。昔はもっと熱かったという。水の蛇口はない。ぬるい湯が上がり水である。冷たい水を浴びたら心臓麻痺を起こさぬとも限らないだろう。その用心か。もう何百年もの歴史があるそうだ。
長持ち行列が行く。先頭のおかめの似顔絵が描かれた飾り花輪の後から、長持ちが二列あるいは三列でやってくる。長持ちには長い木棒が通してあって、その極端に先寄りに長持ちをぶら下げている。だから前は、後ろが一人なのに対して、屈強の男子二人である。女の長持ちや子供の長持ちの前側は4人か又は補助役付きである。どういう仕掛けか、長持ちは揺れるごとにギィコギィーコと鳴って、一種のお囃子になっている。前の担ぎ手は支え杖を、ギィーコに合わせて左右に振る。手踊りが付いている長持ち行列があった。手踊りは比較的新しい試みなのであろう。片肌脱ぎの女がカメラにポーズを取っているのに出くわした。長持ちの一員らしいが、衿に祝儀らしい札を挟んでいる。水商売の連なのか。この行列は山車や太鼓台に相当するものだろう。土地が変われば品も変わるものである。
道ばたにはいくつもの休憩所があって地酒を振る舞う。薦被りの鏡板を割って木か竹の杓で注いでくれる。道端でおんべのミニチュア「シルクおんべ」を今日の記念に買う。おんべとは御幣の土地での呼び方である。御幣には、はたきの親玉のような細長いビニール剪れの束が飾りに付いているが、それを絹糸で表現したミニチュアである。ここらは蚕糸工業で有名な土地であった。
祭に出掛ける度に色とりどりの地方文化をいいなあと思う。一時伝統の文化の継承に赤信号が点ったが、祭りのような行事は定着したようである。楽しむためにも生きるという姿勢が定着した証拠でもあるのだろう。

('98/05/14)