皮膚のふしぎ(その二)
- 椛島健治:「人体最強の臓器 皮膚のふしぎ 最新科学でわかった万能性」、講談社Blue Backs(2022)の読後感(「皮膚のふしぎ(その一)」('23))の続編。
- 第6章は「アトピー性皮膚炎の科学〜現代人を悩ます皮膚の難病」。
- アレルギーを起こす極悪非道の化学物質のように云われるヒスタミンは、そもそもは皮膚についた花粉や動物の毛、ノミ、シラミそれに蚊などの寄生虫を払い落とすべく、所在点を痒みで教える神経情報伝達物質である。だがヒスタミン過剰放出を導く環境的遺伝的理由により、ことに現代文明人にとって厄介な問題になった。同じように外界と接している腸管の免疫は、栄養摂取のために体外物質に対しての免疫寛容がデフォルトになっているが、皮膚免疫は外敵に対する専守防衛であるために、アレルギー反応がデフォルトになっている。
- 食物アレルギーは喰ったから発症するとは言い切れない。ピーナッツ・アレルギーでの検証によると、まずは豆とか殻が皮膚と接触して、含まれるタンパク質が皮膚にアレルゲンであると教えるという。「茶のしずく石鹸」事件は、この石鹸を洗顔に使うだけで、今まで無事であったヒトが小麦アレルギー反応を起こすという事件であった。この石鹸には小麦由来の加工物が含まれていた。経皮感作がアレルギー疾患の起点になっている。
- 幼児・小児期にアトピー性皮膚炎を発症すると、「アレルギーマーチ」と云って、食物アレルギー、喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎などを次々に発症することが多い。年齢とともにアレルギー疾患の種類が切り替わるメカニズムはわかっていない。鼻炎は遅くに発症するが、いつまでも継続するというグラフが提示されている。
- アトピー性皮膚炎をもたらす遺伝子が解明されている。皮膚最外層にある角層細胞を構成するタンパク質「フィラグリン」は皮膚バリアの要であるが、それを作る遺伝子に突然変異が起こり、バリア機能を維持出来なくなるとアトピー性皮膚炎に繋がる。遺伝子異常が無くてもアトピー性皮膚炎が重症化すると、副次的に「フィラグリン不足」を起こす。
- 寄生虫などに働きかける司令塔はヘルパーT細胞の2種のうちのTh2細胞で、ウィルスや細菌に対応するTh1細胞とは異なったシステムで働く。インターロイキン4という情報伝達物質を出してB細胞にIgE抗体を作らせ、この抗体が肥満細胞を活性化してヒスタミンを放出させる。肥満とはヒスタミンがいっぱいという意味で、脂肪で膨れているわけではないと註書きしてある。
- リンパ球にはTやBといった獲得免疫系のものがほとんどだったが、自然免疫系の自然リンパ球ILCが発見された。皮膚のバリアが破壊された時に放出されるアラーミン刺激などにより活性化する。これが獲得免疫系とパラレルに炎症に参加する。その証拠にTh2ルートを抑える坑IgE治療が効きにくいとある。とにかくますます理解が難しい世界になっている。
- 第7章は「皮膚は衰える〜皮膚の老化とアンチエイジング」。
- 美容関心者必読の章である。美容医学はまだ対症療法レベルで、皮膚の老化を巻き戻すような治療法はないという。昼間のTVコマーシャルには美顔術や美顔剤の広告がやたらと多い。美容の追求はヒト本性の欲求か。加齢と紫外線被爆によるたるみ、シワ、シミ、くすみのメカニズムと、治療法がさらっと解説されている。面白かったお話を拾ってみる。
- 北欧には色白さんが多い。色白さんはメラミンが少ないから、ビタミンD合成のための紫外線吸収に好都合で、進化論の云う自然選択を受けたのではないか。メラミンには2種類あって、我ら黒髪民とブロンド派の白人とでは種類が違っている。ブロンド派は色素が濃いと赤毛だ。毛根から作られたばかりの毛は白髪で、毛が成長する時にメラノサイト(色素細胞)からメラミンを貰って色づく。メラノサイトがいかれると白髪になる。加齢で目立つのが髪の表面のキューティクルの劣化。健康なキューティクルには外面に脂質成分が付いていて、つややかで滑らかな感触を与える。ヒトの毛は長生きで、数年の寿命を持つ。
- 日焼け止めはお呪いではない、一般には塗り方が薄すぎ、3時間に1回ぐらいは塗り替えるべし。塗り落としでマンダラパンダにならないように入念にやる。日本は夏以外でも結構太陽光が強い。年間通じてのケアが大切。
- ヒアルロン酸は整形外科の専用医薬ではない。ヒアルロン酸は6000倍もの水を蓄える保水機能のあるゼリー状タンパク質である。真皮のコラーゲン繊維のネットワークの間に、ヒアルロン酸が普通は充満している。シワとかたるみのでた皮膚にヒアルロン酸を注入して膠原線維のハリを取り戻す治療は有用だ。でもヤブ医に頼んだりすると、血管に注射され、その先を壊死させてしまう可能性だってある。美しい小じわの取れた鼻にするつもりだったのに、腐った鼻の持ち主になったりするのだ。
- ついに猛毒を美容に応用する時代になった。ポツリヌス毒素療法である。ポツリヌス毒素はかの有名なサリンの20万倍の毒性がある。神経毒である。シワのある部分に注射すると、筋肉が収縮できなくなるからシワを解消したように見える。皮膚の衰えを快復しているわけではない。表情筋まで収縮が停まり、能面のような顔になることもある。効果は3−4ヶ月。
- 第8章は「未来の皮膚医療はどう変わる?」。
- 色んな臨床医学にAI診断が持ち込まれていることは承知している。皮膚科の診察には視診が重要だ。これは画像を武器にするAI診断と相性がいいことを物語る。致死率という意味で皮膚病最大の敵・メラノーマは、メラミン色素を作るメラノサイトががん化する皮膚がんだ。白人に極端に多い疾病である。ハノイ工科大学のAIは、ダーモスコピーの画像からメラノーマを診断する。ドイツ国内12の大学病院に勤務する皮膚科医157名の診断能力を上回ったという。メラノーマ以外の診断ソフトも、開発が進んでいる。
- 今は5Gの時代。高精細画像を送信し、AI診断を含めた専門の名医の診断を受ける。上段の通り、皮膚疾患と画像診断は非常に相性がいいため、この試みは他の医療分野に先駆けて行われるようになるだろう。まんべんだらりの皮膚科医は居所をなくす。NJは今でも総合診断医(かかりつけ医)制度により、皮膚科専門医の数は日本の1/6〜1/7でやれている。医学部学生の間では皮膚科は人気が高い。その裏には、病院では宿直とか呼び出しが少ないといった事情もあるらしい。
- 筆者は将来の研究の展開に、腸内細菌叢(フローラ)と皮膚常在菌叢を対照させている。皮膚のフローラ内のの細菌種の分布は個人差身体部位差が激しい。その実体はDNAやRNAなどの核酸を丸ごと抽出して、次世代シークエンサーなる高性能の塩基配列決定装置で読み取る手法により解明された。
- 腸内細菌の分野では、良好な腸内環境を持っているドナーの糞便を使った、糞便移植という治療が実績を上げている。オプジーボは患者の2割にしか効かないが、高い治療効果のグループにはある種の腸内細菌の棲息量が多い。無菌マウスでの比較実験では、高い治療効果のあったマウスの糞尿を移植されたものは、治療効果の無かった糞尿移植のものよりも、遙かにオプジーボ効果が高かったという。フローラ改良による治療のような方向が皮膚常在菌にも考えられる。
- 番外編は「研究者になるための体験的・人生ガイド」。
- 私は、今はもう遠い昔の話になったが、現役のかなりの割合を研究者として過ごした。ただ著者と違うのは研究テーマの選択で、ほとんどを組織(会社)の便利屋的マネージャー的研究者として過ごした。これは研究者としてのモチベーション維持に、かなりの努力が必要という意味である。もはや帰っては来ない研究生活だが、在りし日を、反省を込めて振り返って見る、そのよすがにこの章を読ませていただいた。私にももちろん「土日なし」の研究精神はあった。だが中年あたりまでしか馬力が続かなかった。配下をもっと褒めて使えばよかった。解っていたのに、「Be brave to say NO」をほとんど実行できなかった。家族への感謝を、もっと言葉に表して云うべきだった。
('23/8/25)