皮膚のふしぎ(その一)
- 椛島健治:「人体最強の臓器 皮膚のふしぎ 最新科学でわかった万能性」、講談社Blue Backs(2022)を読む。300p、図、写真が多く索引もある。解明未解明の区別が明確。一般教養書として抜群の良書と思う。このHPでは結構皮膚の科学を取り上げている。「食物アレルギー」('12)、「なぜ皮膚はかゆくなるのか」('15)、「脳内麻薬」('15)、「痛覚のふしぎ」('17)などアレルギーや皮膚感覚への関心を示している。著者は京大医教授。
- 「はじめに」に、皮膚が免疫の病気の解明に最適の臓器である説明がある。確かに目で見える臓器だから内臓に比べれば客観的に詳細に評価できるだろう。対象がヒトであっても細胞採取による分子レベルでの研究が出来るのは大きいだろう。筆者のアトピー性皮膚炎に対する世界初のJAK阻害薬デルゴシチニブ軟膏、かゆみを抑えるIL-31受容体の中和抗体ネモリズマブの開発成功にも触れてある。この新薬の開発物語は最後の「番外編」に記載されている。
- 第1章は「そもそも皮膚とは何か?」。
- 膠(にかわ)はなぜあんなに接着力が強いのだろうと昔は不思議に思っていた。多分高度に分岐した々分子量のタンパク質だからだと今は思っている。あの化学構造は水素結合、極性結合、架橋結合、絡み合い結合、表面凹凸にしなやかに嵌る物理的抵抗など何でもござれの接着にぴったりの姿だ。ヒトのタンパク質の1/3が膠原線維(コラーゲン)で、真皮の乾燥重量の7割を占めているという。分子サイズであれ微生物であれどの異物侵入に対しても膠は皮膚を守る強固な壁になる。
- 毛器官は小さいながらもそれだけで1つの臓器だ。この小臓器が体を覆っている。立毛筋はアドレナリン作動性で、寒さや恐怖、驚きで起動される。シロクマが海を泳ぐ動画を見ると、皮脂腺のおかげだなと思ったりする。表皮を抗菌ペプチドとともに弱酸性膜でコーティングして、生体を守る。汗腺には2種類あって、エクリン腺は発汗気化による体温調節に重要で、その能力がない犬猫は長距離を走れない。塩分再吸収のような腎臓まがいの機能が付いている。アポクリン腺は哺乳類の芳香腺に相当し、ヒトは異性を引き寄せるためのフェロモンを出すことはないだろうが、腋臭は膠この腺による。
- 第2章は「皮膚がなければ、人は死ぬ〜生体防御器官としての皮膚」。
- 表皮の最外部は皮脂腺による皮脂膜で、ドライスキンを防ぐ。顔や首筋は皮脂腺が多いが、それでも美顔術などで洗い落としすぎぬようにご用心とある。次の角層は表皮角化細胞の死骸だが、天然保湿因子でみずみずしさを保っている。物理的防護壁として重要で、アレルゲン、細菌、真菌、ウィルスなど、大柄サイズの異物(分子量5000以上ぐらい)なら、その90%はここでブロックされる。
- 第3層の顆粒層は細胞3層でタイトジャンクションという2次元的架橋構造で互いがスクラムを組んでいいる。低分子量物質の通過を許す構造になっている。第3層よりさらに奥までの表皮角化細胞の間には、ランゲルハンス細胞と呼ばれる免疫細胞が存在する。表皮全体の2~5%を占めるという。ランゲルハンス細胞は表皮だけのもので、体内全体に分布するマクロファージに近い、より原始的な食細胞的機能を持つもの。真皮にはT細胞が何と血中の倍もある。T細胞でもB細胞でもない自然リンパ球が発見され、注目の的となっているとある(後述)。
- 自然免疫と獲得免疫(cf.「ゲノムが語る生命像」('13)、「腸のふしぎ」('13)、「新しい人体の教科書」('18)、「ゲノムが語る生命像(再読編)」('19)etc.)を繋ぐランゲルハンス細胞、樹状細胞(ともに自然免疫系細胞)のヘルパーT細胞に対する抗原提示機作の解説がある。獲得免疫が立ち上がるにはこの抗原提示が必須だ。新型コロナウィルスに対するB細胞ほかの活性化のプロセスが書いてある。免疫反応のスイッチはサイトカイン放出で行われるが、炎症をも引き起こす。炎症は免疫反応による排除物質や戦死細胞への肉体の反応で、皮膚の痒み、熱、腫れなどだ。
- 第3章は「なぜ「かゆく」なるのか?〜感覚器官としての皮膚」。
- 前出の「なぜ皮膚はかゆくなるのか」('15)を読み直してみた。多分'13年頃までの知見を纏めた菊池氏の著書に基づいて書いてある。以来8年の進歩は、皮膚感覚(痒覚、触覚、痛覚、温覚、冷覚)を構成する複雑なネットワークが、相互に干渉し合う姿をより明らかにした。
- 例えば、引っ掻き掻きむしりの痛覚が痒覚を押さえ「気持ちよくさせる」信号になる。痒みを抑える機構が抑制系介在ニューロンによる模式図で示されている。抑制系介在ニューロンは寒冷刺激や機械刺激による痛みからも、また精神活動活発化によっても働く。トウガラシのカプサイシンに主として反応するのは痛覚だ。舌は「辛い」だが、皮膚は「痛い」だ。その受容体は高温(43℃以上)受容体でもある。だから韓国料理は一般には体を温めると感じる。「釜山印象」('04)には、李王朝時代の宮廷料理が全部辛いのではないことを記している。
- ニンニク、ミント、ワサビ、シナモンと温度受容体の関係も示されている。清涼飲料にはメントールが含まれることが多い(例:コーラやジンジャエール)が、メントールは28℃以下に感じる温度受容体を刺激する。ヒトは9種の温度受容体で1℃の変化を感じ分けている。
- 第4章は「動物の皮膚とヒトの皮膚〜生き物が変われば皮膚も変わる」。
- ヒトとチンパンジーの遺伝子の違いはわずか1.4%だが、その違いは中枢神経系、皮膚構造、免疫系に関わるタンパク質をコードする遺伝子に集中している。サバンナ草原でヒトは樹上生活から地上生活に降りた。赤道の太陽さんさん、高温高湿肉食獣うようよ。「ダーウィンが来た!」などの番組では、草食動物は長距離走で、短距離走の肉食獣の襲撃から逃れる動画を見せる。危険いっぱいのサバンナでは、非力でも狩りをせねばならぬヒトは、長距離走に耐えねばならぬ。ヒトは汗腺を全身に発達させ、蒸発を妨げる体毛を捨てた。まだ仮説だがそのエビデンスが少しづつ出てきている。
- 第5章は「皮膚の病気を考える〜どんな病気があるのか?」。
- 皮膚医学近年の進化を支えた機器が紹介してある。1つはダーモスコピー。光源付きの超高性能(10倍)虫眼鏡という。かなり3次元的な診断が出来る。二光子励起顕微鏡はレーザー走査型蛍光顕微鏡の1種で、赤外超短パルスレーザー(近赤外光)を標本に当てて、蛍光色素のみを励起させ、コンピュータで画像を再構築する。生体組織を生きたままで3次元的観察が出来る。経時観察を入れて、4次元的観察が可能になったと言う。皮膚内の免疫細胞の動態観察の例が示されている。
- 諸々の皮膚炎の症状と療法の解説があり、最後に、「皮膚は全身を映し出す鏡」で、皮膚の病ではない病気をも映し出している場合を例示している。メラノーマは悪性皮膚がんで、免疫抑制の阻害によるがん治療法の発見に繋がった。オプジーボはその他のがんにも応用が進められている。
('23/8/25)