人類の起源(その二)
- 第5章は「アジア集団の成立~極東への「グレート・ジャーニー」~」。
- 出アフリカした人類はステップを辿る北ルート集団と南インドから東南アジアを経て東アジアに侵入する南ルート集団に分かれる。東南アジアからオセアニアに渡る分岐が起こり、ステップの集団は、北上の南ルート集団(東アジア集団)の影響を受けつつ、氷河期のベーリング陸橋を渡ってアメリカ大陸に達する。
- 東アジアの古代ゲノムは中国・北京近郊の田園洞出土のものだけという。ところが日本の縄文人が進出後ほとんど他集団との交雑を受けなかったために、旧石器時代アジア人ゲノムとして十分参考になるという。原住民との比較からアジア北上のルートが推測できている。バイカル湖北西のイルクーツクの2.4万年前のゲノムは、北ルート集団と南ルート集団(東アジア集団)が混血していることを示す。古代東アジア集団と北回り集団とのハイブリッドは、シベリア一帯で行われたようだ。1万年前までには、北東シベリアでは東アジア集団優位の混合になっていた。次の集団の交代で東アジア集団系の新シベリア人になるが、母集団乗っ取りに近い形であったようだ。現在のシベリア原住民である。アメリカ原住民の母集団はモザイク状に入り組んでいるらしいが、次々のアメリカ進出によるシベリアの重層構造の反映であるという。
- インドとヨーロッパがインド・ヨーロッパ語で繋がるのは、ヤムナム文化集団が両方向に拡散したためである。それが青銅器時代前期で後期にはユーラシアステップに興ったアンドロノヴォ文化集団が同様の拡散をした。彼らもインド・ヨーロッパ語族であった。鉄器時代の中東地域の支配者は遊牧騎馬民族スキタイだが、ヤムナム文化系のほかに幅広く南シベリアの狩猟採集民などの遺伝的影響が見られる。匈奴は東アジア集団とスキタイの一部との混合で、連合体であったらしい。次のフン族同様トルコ語を含むテュルク語系で、この語族がステップ地帯に帯状に今日でも繋がっている。
- インドは世界最大の人口、いずれ日本を追い越してGDPは世界第3位になるという経済力などを背景に、グローバルサウスによる第3極を目指す国となった。ウクライナ戦が膠着し世界に影響が広がると共に、インドの比重が注目されるようになった。このHPの月々の概要報告にもよく顔を出す重要国になりつつある。
- 本HPの「南アジア〜15世紀」('22)はインド中心のアジア史である。本書にもあるように、カースト制が混血を阻み、言語集団分布にパラレルな遺伝子分布を残していると記している。ただし在来の南方集団は、古くからのインド狩猟採集民と、イラン付近からの9000年以降の初期農耕民との混合だという。インダス文明は彼らの産物。大まかに言って北方のヨーロッパ人と同じルーツの集団移動と合わせて、インドは3回の移住の波を受けたと言える。
- アジアではおおよそはゲノム集団と言語集団が重なる。遺伝的多様性は東南集団より東集団の方が少ない。これは単純には東集団が東南集団から分岐したことを示す。古代遺骨に乏しい地域で、かつ島礁域の特殊性やスンダランドの消滅、デニソワ人との交雑など不確定要素が多い。ベトナム北方の遺跡から出土した人骨は、古代狩猟採集民がまず進出し農耕が中国で発達すると、逆に南中国からその農耕民が南下し、交雑を繰り返すといった状況を物語る。
- オーストラリア(メラネシア)には、人類のヨーロッパ進出に匹敵するほどの古い時代に、狩猟採集民がデニソワ人と交雑しながら初期拡散を遂げた。第2波は中国南部海岸地を祖地とする台湾先住民系である。6000~5000年前に出発している。家畜を伴う農耕民だった。彼らのオーストロネシア語は東南アジア島礁部はもちろんイースター島、ハワイ、ニュージーランドからインド洋西端のマダカスカル島にまで及んでいる。アポリジニはこの語族ではなく、台湾系が入り込まなかったことを示す。
- 古代の中国人は、南北で遺伝的に異なった集団が住み着いていた。主成分分析図ではそれが歩み寄って、北方集団優勢で、現在の漢民族に融合してゆくさまが出ている。現在の日本民族と漢民族の図上の距離は、古代南北集団間の距離よりずっと短い。北集団と漢民族間の距離とほぼ同じだ。西遼河流域(満州)は雑穀(キビなど)農耕が興った土地。その地の古人骨(8000年前以降)のゲノムは日本や韓国の現代人と共通性を持つ。稻作農耕の南集団と日本列島とのゲノム的関連は、長江流域の古人骨が未発見のため不明だという。
- 第6章は「日本列島集団の起源~本土・琉球列島・北海道~」。
- ここで本HPの「日本人の先祖は縄文人」('22)を読み返してみた。長浜浩明氏の同名の題の著書の私なりの咀嚼結果だ。従来の考古学権威が言う、長江中下流域周辺からの米生産技術の伝搬は、直接的証明とはほど遠い土器形式や遺骨骨相に「なんでも先進」の中国と半島という先入観が重なった幻影で、弥生人源流の渡来人が半島から水田をひっさげて「降臨」なされたなどとは、科学的には肯定できないというのが、長浜氏の見解らしいと纏めている。
- 日本海を取り囲む日本、沿海州、韓国に分布する旧石器時代集団があり、彼らが日本と韓国では縄文人に繋がる。また西遼河流域集団の一翼だったろうとは想像が付く。本書の図6−6には6000年前に朝鮮半島を南下し北九州に達する矢印が出ている。日本列島には4万年前ごろからいろんなルートで旧石器人が入り込んだ。彼らの間には西遼河流域集団であること以外の共通性はないだろう。
- 彼らは雑穀農耕だったと紹介した。朝鮮の史書には雑穀は出てくるが、米はやっと1.7千年前に顔を出す。薩摩半島からは既に2.1万年前の籾の痕跡が出てきた。長浜氏は北九州が東アジア水田発祥の地で、ジャポニカ米の種籾は東南アジアから運ばれていたとする。本書では長江流域の稻作農耕民が3300年前に陸路南下して九州を目指すルートと、直接稲作伝搬の東シナ海ルートが仮想ルートとして示されている。著者は従来学説通りの「降臨」説だ。
- 弥生人の起源は悩ましい問題だ。長浜氏によると「韓国考古資料では、紀元前1万年から5千年までの前中期旧石器時代の間人影が消えたとある。後期旧石器時代に入っても、遺跡は希薄で、日本の同じ時代の遺跡数と格段の差が見られる。」のだから、弥生時代開始の3000年前の大陸からの渡来は、あったとしても、長浜氏の「シナより早かった日本の稲作」を否定する新たな証拠が出ない限り、稻作は日本の発明になる。技術と渡来は分離して考えられないのだろうか。
- 渡来人は一握りでも、米生産は人口を支えるから、たちまちのうちに縄文人を取り込み混血勢が優勢になったと考えるべきか。それにしても現生日本人と北九州弥生人が主成分図上同じ位置にプロットされ、その他の弥生人も縄文人と現生日本人の枠内に入るのは不思議。渡来ならその出発集団との間のプロットがあって当然だが、まだ発見されていない。本書は3000年前以降は継続的に渡来人が海を渡って来日し、東へ東へと植民していったと仮定する。弥生人ゲノムへの縄文人ゲノムの寄与が、地域によるばらつきをあまり見せないことへの説明である。弥生人の起源は全く不可解である。
- アイヌの起源に対する見解も本書と長浜氏では正反対だ。どちらもSNPデータの主成分分析に基づいた発言である。本書はアイヌは基本的には縄文人の子孫だといい、長浜氏は「彼らは我らおよび周辺の縄文人につながる系列ではない。」としている。
- 第7章は「「新大陸」アメリカへ~人類最後の旅~」。
- 南極クルーズが話題になった頃に、出発基地のフエゴ島の映像を見たことことがある。南アメリカ最南端でマゼラン水道が大陸部から島を切り離している。そこには、1万年ほど昔に、シベリアからベーリング海峡を渡って南下したアジア系集団に属する先住民が住んでいた。上陸してきたヨーロッパ人による迫害で人口は激減し、混血により純粋先住民は途絶え、母語も継承されていない。画面に出てきた先住民の容貌はもうアジア系ではなかったように記憶する。
- 北回りと南回りの集団がバイカル湖を含む広い一帯で混血して東進し、2万年ほど前にベーリンジア(ベーリング海峡にあった陸橋)に数千年は居住するにいたる。その東集団がアメリカ先住民の祖先集団で、その一部が南下とともに17500~14600年頃北方アメリカ先住民と南方アメリカ先住民の2手に別れる。さらに分岐を各時代各場所で繰り返しながら、アメリカ各地に分散する。
- 北極圏では、5200年前と1000年前の2回、シベリアからの集団の流入があり、後者が現代のイヌイットの祖先となった。彼らは13世紀にはグリーンランドに到着した。インカのDNAは広大な領域を反映する特色の分布が見られる。カリブ海には少なくとも6000年前と2500年前の2回に亘る進出があった。彼らも他の先住民の例に漏れずヨーロッパ人との接触で劇的に数を減少させた。かって今は絶版になっているのではないかと思うが、宣教師による著作(岩波文庫?)に、キューバにおける酷い仕打ちの描写があったのを思い出す。新Bingに聞くと「キューバの先住民族であるインディオは、スペイン統治時代の初期のうちにほぼ絶滅しました。」と答えた。Google Bardは答えなかった。
- 終章の「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか~古代ゲノム研究の意義~」とおわりに。
- 古代ゲノム解析を中心に'21年までの報告を纏めた本である。次世代シークエンサが革新的な成果をもたらしつつある。今までのミトコンドリアDNAベースの研究だと、研究組織はせいぜい数名であった。しかし次世代シークエンサを用いた研究は、数10名ときには百名を超える研究者による共同研究だという。DNA資料の調製プロセスもずっと複雑になり、大量のゲノムデータを処理するための大型コンピュータも欠かせない。研究費も厖大。本書で取り上げた研究の大部分は、世界の10指に満たない、いわゆるビッグラボの成果である。ビッグサイエンスの寡占はどの分野でも必然で、それを支える社会基盤の充実が各集団で求められている。
- 図8−2「世界各地の現代人集団のSNP解析」の右図は、本書のこれまでの解説を1枚の図に仕上げたものだ。ヨーロッパ、コーカサス、西アジア、南アジア、南中央アジア、シベリア、東~東南アジアそして最後に日本人と、だいたい伝搬の足取りに沿った順序で一本の線に乗っている。アメリカ大陸はシベリアからだからやっぱりこの線の近傍なのだろう。アフリカだけはこの線のだいぶ外だ。出アフリカ後6万年。アフリカから拡散した人々が戻ってくることはなかった。
('23/7/24)