雪を追う大人の休日パス4日間
- 正月に入ってから北国の大雪が紹介されるようになった。しかし私の住む千葉では未だに雪を見ない。JR東の2022年度第3回の大人の休日倶楽部パス東日本を使って、雪見の旅を試みた。車窓主体の雪道は歩かない旅である。万歩計は毎日チェックした。日常生活では5〜6千歩/日を標準にしているが、乗り換えや構内商店街見物などに結構歩くため、むしろ常より多めに歩いていた。今回初めてキャリバッグを曳いた。腰骨に負担が掛からない割りに大きな荷物が運べる。食事は節制したつもりだが、戻って計測すると半kgほどは増加していた。
- 第1日(1/13金)晴れ
- 千葉みなと9:11の快速、とき315号で越後湯沢、小出で上越本線から只見線(再開只見線に乗るのは初めて)に乗り換え、13:17発、会津若松には17:24に到着、すぐ17:30発郡山行きに乗り換えるはずだったが、駅のトイレに行って戻ってきたら間一髪間に合わず、1電車遅らせたため我が家に戻ったのは22時半頃だった。年取ってから便所が近くなって、2〜3時間に1度は小便に立たねばならなくなった。小出で一度用を足したが、何しろ只見線は4時間の長旅で車中に便所はあったが使わなかったので、会津若松の手洗いに駆け込んだのがいけなかったらしい。昔同じ旅ではこれで成功していた記憶があったが、その頃は足も速かったし、リュックスタイルでキャリーバッグを引いてもいなかった。車内で済ませておけばよかった。
- お目当ての雪は、昔このシーズンに見たとおり(「雪見の旅」('04)ほか何編か)だった、大雪からしばらく経っているからだろうか、特別に大雪を感じさせる風景はなかった。ガーラ湯沢駅開業のテロップが流れていた。越後湯沢駅の屋台村と称する一連の構内出店には、五平餅の店が昔のままの姿(「雪見の日帰り旅行」('22))で出ていた。上越国際スキー場前駅近くの駐車場にはあまり駐車がなく、スキーリフトも動いていなかったし、スキー客もあまり見えなかった。だが次の日この線を通ったときは、スキー場が様変わりしていて、駐車場は一杯だし、たいそうスキー客で賑わい、スキーリフトも2ループ中の1ループが動いていた。土曜日だったからだろう。
- 只見線は2両連結で、列車は只見で小休止、そこからはワンマンカーになった。車窓から只見ダムのこぢんまりした堤防を見た。11年ぶりの開通区間である只見から会津川口までの車窓には注意したが、相変わらずの田舎の風景だった。連絡バス時代(「大人の休日パス旅行('18/6)」、「大人の休日倶楽部パス旅行(2019)」)と変わらなかった。雪景色は会津平野近くまで続いた。通しての乗客(どうも大人の休日パスの私のような老人が多かった)も10人以上いただろう、小出からと会津平野に入ってからの2駅から高校生が大勢乗ってきた。通学列車としての使命もあるようだ。会津若松駅の立ち蕎麦屋は開いていたが、レストランは18時になっていないのにもう終わっていた。地方の弁当とかレストランは時間が少し遅くなるともう当てにならない。今回パス旅行では必ず1食分を予備に持つように心がけていた。
- 第2日(14日土)曇り小雨模様
- 同じ電車で今回は塩沢で下車。その前に越後湯沢駅の駅中商店街を散策。卯の年に因んだつるし雛を見た。昔は駅中央にあったが今では端にやられた「駒子の大きな人形」はなぜか淋しそうだった。塩沢駅も無人駅として定着した。日記を調べると昨年3/11からと言う。ついでながらその日記には8回目の訪問となっていたから、今回は9回目。駅前にはもうタクシーは常駐しなくなったようだ。下りたのは私を入れて3人ぐらいだったか。駅前の道路はツルツルではないか心配だったが、綺麗に除雪してあり凍っている気配は全くなかった。
- 真っ直ぐOhgiyaCafeへ。二重ドアの内側を開けたとたん昨年はお休みだった「越後美人」と顔が会った。遠くに顔見知りがいて、出会えば普通に会話が出来るのはいいものだ。いつものワッフルランチ。毎度同じ、庭が見える奥の席に座った。積雪状態も昔と変わらなかった。近所の雁木に記されていた記録では、この町の積雪記録は昭和後年の3.5mが最高だったらしい。私が来たとき女客が1人、私が食事をしているときに別の女客が1人。これまでの記憶と重ねると、このCafeは女性客に人気があるようだ。
- 去り際に今日の観光場所を尋ねられた。私は最近の新日本風土記だったと思うが、ハッカ飴製造現場の映像を見たので、その青木屋を訪ねるつもりだと言った。去年訪問の話になり、「泉盛寺」をここで聞いて訪ねたが、だんだん両脇の雪が高くなり、道も細くなり、坂道続きで人通りもないので心細くなり、途中で引き返したと告げ、次回は暖かい時期にこのCafeからタクシーを呼んで貰うこととしたいと言った。これが来年の卒寿記念となるかもしれない。塩沢はいつの間にか私の定点観光地になってしまったが、私がもう90に近くあと何遍来れるか判らないとは、とわずがたりに言ったように記憶する。
- 店を出ていつものコースを一巡する。すぐ隣の「菓子杜氏 喜太郎」の看板が目に入った。3〜4人の客。小さな店でもう一杯、入るのは止した。和風洋菓子が売りのようだった。鈴木牧之の「北越雪譜」の中に記載されている江戸の菓子職人「喜太郎」が店名の起源だという。同じ建物に「お米の楽校」という扉があり、中はちょっとしたコシヒカリの博物館になっていた。米俵5俵300kgを担ぐうら若い農婦の大写真があり、すべてが人力であった昔が偲ばれた。1/13毎日夕刊に敗戦後の「カラス部隊」行商婦人の紹介が出ていたが、彼女らは体重の倍ほどの米荷を担いで、東京に売りに出たそうである。さらにその奥に「魚沼さんちのおすそわけ」というコシヒカリこだわりの和食堂がある。その日は休日だった。天井板がない屋根木組みがむき出しの一連の建物は、おそらく昔は米倉だったのだろう。それなりの風情が感じられる建物であった。
- 今回は長恩寺の中には入らなかった。雁木の終点・住吉神社前で道路を横切り駅側に向かって歩き出す。青木屋に入る。創業80年と言った。奥にハッカ飴の製造作業室が見えたがやっていなかった。ハッカ飴も現在ではいろんな種類があるが、最も歴史の古い種類を1袋みやげに買った。サンプルをおまけにくれたので口に入れてみた。口内ですっと融ける。グラニュー糖が主成分。
- いつもとは逆に上越線を北上し、長岡駅に出た。観光案内所で長岡町中観光スポットの地図を貰う。本日は時間の余裕がないがいずれ回ってみたい。ただ長岡城趾はほとんどが失われているのが残念だった。新幹線駅にはCoCoLo長岡という立派な構内商業施設があって、その地階の菓子専門店で長岡みやげを買った。今回の大人の休日旅行では4回もときを使っている。午前の東京発下り列車はすべて座席指定した。旅行者の数はもうコロナ以前とほとんど変わらず、結構混雑していて、指定券を取ったのは成功だった。車内の通路に置かれたらとうせんぼになってしまうと思われるような大型トランクを曳いているのはほぼ外国人。家族連れが多く、一人でトランクを3基も曳いている人がいて、たいていは自由席の方に行く。中国語が多かった。どんな席の取り方をしていて荷物をどうするのか、そっちの車両を見学しておけばよかった。東京行きの新幹線はほぼ自由席で十分だ。
- 第3日(1/15日曜日)曇り小雨
- 昼飯はとき車中。新潟からいなほ7号で秋田に18:41到着。いなほには4時間弱の乗車。雪は新潟平野ではほとんど消えていた。いなほが走る沿線の車窓は、正月早々の大雪のあとだったから、一面の雪景色を想像していたのだが意外だった。切符を購入する頃の予報では曇り空に雪が舞うはずだったのだが、窓に小雨が当たる天気だった。羽越本線の村上から鶴岡までの間では、山が日本海に迫っていて、その間のわずかな平地の山裾部を列車が走る。国道は海岸すれすれになっている場合が多い。国道と鉄路の狭間に、昔ながらの漁村家屋が、路地を挟んで軒を接するように建ち並ぶ。私はこの車窓風景が好きだ。どんよりとした天気が何か陰気な雰囲気を助長しているようで、絵になる風景が飛んでゆく。
- 予約の東横ホテルにともかくチェックイン。以前にも書いたが、改札からホテルまでは構内通路で繋がっているから、外の天候気候は移動に関係がない好立地のホテルだ。道路が凍てつく心配がある冬や、雨の怖い梅雨どきの宿泊にはもってこいだ。旅行者もよく知っていて、私が検索を始めた頃はすでにほぼ空き室なしで、かろうじてこの日に空きが出たため、すべてをこの日に合わせて旅行を計画せねばならなかった。
- 今回は政府肝煎りの旅行支援金20%ほかが付く。でも秋田県の手続きは面倒で、私のらくらくスマホではなかなか進まず、代行を買って出たホテルの受付も最後は手をあげて、とうとう書式で申請する羽目になった。GOTO支援は何度か経験があるが、こんなに面倒なケースは初めてであった。隣の車いすのおじさんも随分と苦戦していて気の毒だった。2000円券が付いていた。県内で使えるらしい。
- 早速買い物に出かけた。ところがその使い方がたいそうで、2軒で利用を断られた。3軒目は改札口の真っ正面の店・おみやげ処こまち苑だった。レジの女店員が全部代行してくれた。2000円を超した分はスイカで支払えた。不正トラブル回避のためにシステムを厳重にするのはいいが、そのため利用困難になった。まあ責任問題を発生させぬようにとの地方役人の取り組みの結果がこうだったのだろう。なれた構造のなれたシステムのホテルだ、安楽にその日は眠れた。
第4日(1/16月曜日)は秋田内陸縦貫鉄道乗車の日。
- 新幹線は10:07の発車だから十分時間がある。チェックアウトしてからトピコという駅ビルに入った。前回に比べるとたいそう改造されている。3Fの食堂街、1Fの食品街がことに様変わりしてより立派になった。1Fに吉野屋とかはなまるうどんが出店している。今回は市中観光はやらなかったが、従来からの繁華街が寂れて駅中心に営業が移る傾向はどこでも見られる風景だから、秋田もきっとそうなのであろう。
- 大曲までの半ばで一面が雪景色に急変した。秋田内陸貫通鉄道急行もりよし2号は1両編成のワンマンカーだった。乗客数は13名。終点までの乗り降りは全部で3〜4名だったろう。YouTubeに「秋田内陸縦貫鉄道の角館駅の駅弁「ほほ笑みこまち弁当」を食べてみた!」という動画があった。その弁当を探したがどこにもない。駅員に聞いてみたが知らなかった。JRのNewDaysまで出かけたがなかった。我が家に帰ってからWebを検索したら、古い?記事('19)に販売は土日で、週日は予約制とあった。今日は月曜だから仕方がなかった。都会人の常識で考えてはいけなかった。
- Webには「車内販売でございます。」というブログがあって、もりよしの車内販売は品種が多いのが特徴と書いてあった。駅員に確かめたら「残念でした、今日は乗車しません」という返事だった。車両内観光案内があって、鉄橋前に来ると徐行するが、それは(振動で)橋の上部横桁から雪が落下すると窓ガラスを割るからだと説明(まさか)したり、5kmの東北一?長いトンネルで、しかも直線と紹介したり、峡谷鉄橋では風光明媚観賞の徐行をしたりとなかなかのサービスぶりだった。乗車区間の1/3ほど進んだ頃から雪が降り出した。今年降雪を生で見るのは初めてであった。常緑樹には雪が被さり、落葉樹の枝々には雪が積もっていた。紙切符(急行券共で2020円)は記念に貰っておいた。積雪は新青森駅まで続いていた。新青森駅15:52発はやぶさ34号で我が家には20時半頃戻った。
('23/1/19)