場所(LA PLACE)

アニー・エルノー著、堀茂樹訳:「場所(LA PLACE)」、早川書房(1993)を読む。今年のノーベル文学賞にアニー・エルノーが選ばれた。私は知らない作家だ。彼女の作品を図書室から3冊をほぼアットランダムに選び出した、そのうちの1冊が本書だ。
私小説である。主人公は既婚で小さな子どもが1人いる。主人公は作家自身であろう。冒頭は父の葬儀ののち我が家に戻って行くまで。私もそろそろあちらに逝く日が近づいている。思わず本気で読む。見送る方の遺体への接し方には実感がある。実家の来し方−歴史を纏めておこうとこころを決める。ここまでは淡々とした文章で素直に読める。外国小説は、概して脂っこくてしつこい表現が繰り返されるものという過去の先入観からは遠い、淡々とした記述でかつ練れた日本語なのが気に入った。原作もいいが、翻訳者が垢抜けした文学者なのだろう。
祖父はノルマンディ地方の日雇いの馬方だった。農地を持たぬ底辺の階級。ろくに読み書きができない文盲。教育を敵視している。父は12歳の時、初等教育修了証書に手の届くクラスにいたが、祖父は退学させて自分と同じ農場の男衆にする。小学校中退で終わったと言うこと。男衆とは農奴の手前あたりか。労働時間に制限などなかった。農場主の出す食事の肉に蛆虫がいっぱいだったときは、さすがに我慢がならず声を上げた。映画「戦艦ポチョムキン」とは、わけが違うとある。
父は兵役に出て平等を知る。8年やった農業に戻る意欲をなくす。都市に出て工場労働者のみちを歩く。一次大戦での勝利は、フランスに工業勃興期を迎えさせたようだ。母子所帯の貧困家庭から母を娶る。二人はまじめで向上志向だった。2階に寝室をもてる借家住まいを幸福と感じる。製鋼工場、屋根葺き職人、繊維工場と条件のよい働き口へ転職し、薄汚いがカフェ兼食料品店を手に入れる。だがつけ買い客に悩まされてろくに収益が上がらず、父は再就職する。建設工事現場からスタンダード石油の精製工場へ。この石油会社は、労働者に対して、浴室と専用トイレの完備した庭付き住宅の団地を用意するという約束をしていた。ここの給与はよかった。左翼活動はやらなかった。職工長に上がった。兼業による儲け。係累には一目置かれる立場になった。プチ・ブルジョワ。イギリスが今もそうなのはよく知られているが、フランスもそのころはかなりな階層社会であった。
一次大戦終了後あたりまでの、フランスの大衆社会を覆っていた社会通念の背景が、いろいろ出てくる。今日、宗教は、科学技術に取って代わられた分野が広く、精神支配力を黄昏れさせている。明らかに本小説の当時の宗教行事の重要性は今日の比ではない。我が国でも、かの国とはキリスト教と仏教との違いはあるが、同様だ。宗教の元来の目的が心の持ち方にあるにしても、一般凡民には、神や仏とその教えを具体的に見える形で染み込ませることは有効な手段である。
主人公は二次大戦勃発の頃生まれた。私より少し年下の同世代の女性だ。生まれる前に7歳だった姉をジフテリアで失った。だから実質一人っ子として育った。戦中の記憶戦後の記憶が記述されている。爆撃占領はあったが一家は生き延びた。製油工場は焼失した。安全の次の大問題は食料だった。日本と違ってカロリー確保ではなく食の質の問題だった。フランスは農業大国である。それでもお菓子に配給切符が必要だった。昔住んだ町の周辺は戦災を受けなかった。一家はカフェ兼食料燃料小売りの店を始める。父の主務はカフェのおやじ。出入りする客筋の記述がある。深くはないが複眼的観察で、この時代にカフェに出入りできる階層の生活をあぶり出す。
借金はしたが家と土地を手に入れた。プチ・ブルジョワの立場を回復した一家だったが、ことに父は、元来は無資産層であったことを意識してか、後指を指されないように、教養習慣に気を遣わねばならぬと思い始める。祖父祖母より伝来の方言は、出身の匂いを隠すためにももう禁句である。主人公は私立のミッションスクールに入れられる。かなり人格形成に強固な方針のあるスクールだったようだ。そこの教育と生活が彼女の生きざまに入り込み、些細な慣習とか考え方で、直接的には家の文化を引き継ぐ形の父との対立を生む。それは、もちろん、誰でも経験するように、反抗期に主人公がいたことも重要な理由だったろう。
16歳になると踏み込んだ話になると、互いが敬遠しあい疎遠の雰囲気になる。この間の微妙な変化を50p、小説の約1/3のページを使って述べてある。母との疎遠は書かれていない。家長に対する立場をわきまえている母は、親子関係の安全弁でもあったようだ。彼女の家庭は、なにか向田邦子が描いた頃の日本の家庭のような雰囲気だったようだ。父母の年ごろもほぼ似ている。だから、日仏の家族内の力学は、よく似ていたと言えるのだろうか。
市の中心部は戦災被害が酷かったが、復興と共に質の高い客層は周辺から中央部へと流れる。それでも父の店はかろうじて維持出来ていた。父に老いが忍び寄っていることを実感するようになる。入院して胃のポリーブ摘出。回復は思わしくなく、自らを役立たずというようになる。母が労働の中心になる。父は自分をいたわるようになる。食べ物にも拘る。
主人公はルーアンの師範学校に、学生兼小学校教師として入学した。寮生の生活ぶりが記されている。靴の修理まで雑務係の男性が無料でやってくれる。国家の先生養成に対する優遇ぶりには驚かされる。父がこの制度にある種の畏敬の念を抱いていたとある。師範学校志望は、学資を家庭に期待できなかったことからのようだ。日本の旧制での師範学校コースも無償原則だったため、大学コースを望めない貧しいが優秀な人材が卒業していった。学年を中断してロンドンに長期滞在する。又ルーアンで文学士号取得のための課程に入る。父母とは対等の人格としての付き合いに代わってゆく。
友を実家に招く。エリートコースの学生だ。父が応対に気配りしてくれる姿を描写している。その中の政治学院の男子学生は高学歴のブルジョワ階級出身でフィアンセだった。父の安心する姿が見られた。結婚後は婿は実家を訪れようとしなかった。微妙な階級差が障壁になっていたとある。それは実家に戻るときの、主人公の身の置き所の違いともなってくる。父は65歳になって社会保障を受ける権利を得る。店をたたむことを考え始める。
 2歳半の息子を連れて実家を訪れる。父が散髪をして孫を迎える。ある日、父が嘔吐した。入院を医師が勧めたが、次の来診の時はもうその話を持ち出さなくなった。医師によく見られる余裕の冗談もなくなった。臨終の日が近づいていた。ときおり意識を回復して家族に希望をもたらすが、何日も絶食状態が続き、司祭長が呼び出され、呼吸が苦しくなって看取りの時を迎える。ポツポツと見聞の一部始終が語られている。
娘の成長に戸惑いながらも、古き良き時代に生きた父が、細やかな愛情で最後まで娘に接した姿を、フランスの社会環境の変化に合わせつつ活写した小説である。父は67歳で逝った。最後の方に「彼(父)の最大の誇り、あるいはさらに、彼が自分の人生の意義とまで思っていたこと、それはたぶん、娘の私が、彼を見下ろした階層の社会に属していると言うことだろう。」とある。
母は、父が健在である頃は互いに言葉のジャブを交わしつつ、相思相愛の老いの境遇に入ったが、父に死なれてからはめっきり気力をなくし、店を閉じアパートで一人暮らしをするようになった。母娘の交流についてはほとんど本書は触れていない。

('22/11/16)