阪急電車
- 有川広:「阪急電車」、幻冬舎(2008)を読む。たまたま図書館の書架に見つけた。かって私は阪急電車の沿線に住んでいたことがあった(幼少の頃箕面線桜井付近、現役時代に西宮北口界隈に3年ほど)という縁で、この本を借りだした。阪急今津線の宝塚から西宮北口までの8駅ごとに、その駅に因んだ小話が展開する、ちょっと趣向を凝らした作品である。単行本出版に当たり、逆方向の8話を付け加えた。で往復で16話。
- はじめの3話(宝塚駅、宝塚南口駅、逆瀬川駅)を読んで、おのおのが独立のお話なのに、駅とか電車のインフラ以外に、さりげなく次の話との接触点が含めてあるのに気付く。リレー方式なのだ。ちょっと粋に感じる。第1話の駅階段での初々しい2人(征志とユキ)の恋の始まりを、第2話の主人公翔子が眺めている。翔子は5年の交際で結婚準備に真剣になったときに、友に相手を奪われ、彼らの(宝塚ホテルでの)結婚式に花嫁以上の純白ドレスで出席して、意趣返しをした帰りの電車に乗っていた。おばあさん(時枝)と女の子(孫娘)がその電車に乗ってきて、女の子が「花嫁さん」と指さす。この2人が第3話の主人公である。2人は犬好きでドッグガーデンを目指している。それが話の主題。おばあさんは、頬に涙のある翔子に、今後をサジェストして分かれる。
- ドッグガーデンは閉園した宝塚ファミリーランドの跡地にできたとある。私が沿線にいた頃はまだ開園していた。小さかった我が子はベビー・ゴーカートが大好きだった。近くに宝塚歌劇団の宝塚大劇場があって、亡母はこちらが好きだった。もっと何回も行っておけばよかったと今になって後悔する。閉園したのは'03年で、その跡地に有料公園・宝塚ガーデンフィールズが'13年まで営業していた。その中に「ドッグ ランド」があって、小説にあるようにガーデンで飼っている犬と散歩ができたらしい。小説のドッグガーデンは検索しても出てこないから、多分この「ドッグ ランド」を指すのだと思う。さすればこの小説は今より10年以上昔の話である。本書は'08年に出版された。
- 第4話は小林駅。翔子は、時枝のサジェスションに、半信半疑ながらこの駅で下車して町を観察する。心休まる風景と人情に接して平常心を取り戻す。駅員に宝塚ホテルからの引き出物を差し出す下りなどいい。第5話は仁川駅。時枝らと同時に下りた若い男女がいた。男カツヤはすぐ切れるタイプ。ふてくされて阪神競馬場へ。観察していた時枝は短く「やめておけば?苦労するわよ」と女ミサに声をかけて去る。
- 第6話は甲東園駅。乗車してきた女子高生一団の彼氏談話を聞きながら、ミサはカツヤとの関係を清算する決心をする。ここらは学園都市だ。関西学院大(関学)のキャンパスがあちこちにある。第7話は門戸厄神駅。賑やかな女子高生の雑談を伴奏のように聞きながら、地方出身(広島と長崎)の男(圭一)女(美保)学生が、同じ教科書(同じ講座)を持っていることをきっかけに親しくなる。第1話で征志とユキが相手を認め合った場所:中央図書館は宝塚線宝塚隣の清荒神駅近くだ。清荒神、門戸厄神ともども地元民にはお馴染みの神々だ(った)が、若い人たちには駅名としてしか馴染みのない存在らしい。信心の話などひとかけらも出てこない。
- 第8話は「西宮北口駅」。私のここの一番の思い出は西宮球場。阪急ブレーブスのフランチャイズ球場だった。でも今はショッピングモール。圭一と美保が連れ立って下りてくる。圭一が案内している。ビル屋上の赤い鳥居・・。でも町の描写をしてくれても私の記憶とは重ならない。小説家は都会を描くときは、西宮では探すのが無理なのかも知れないが、不変のランドマークを心がけるべきだ。2人は携帯の番号交換をして、たこ焼きに立ち寄る。もういい雰囲気のようだ。圭一は西宮北口駅下車だが、美保はもう1駅南の阪神国道駅である。
- 「そして折り返し。」が出て第9話が「宝塚方面行き−西宮北口駅」。カツヤはミサとのヒモを切る気はなかった。下宿先に押しかけて怒鳴る、殴る。警察は仲裁に消極姿勢。ミサは結局親友マユミの兄・健吾に交渉を任す。この空手部副主将に気押されて、カツヤは縁切りをへなへなと簡単に承諾。ミサと健吾の明日が始まりそうな雰囲気。ミサは中学以来の電車通学。マユミのために席取りをしてじいさまに叱られた車中経験も、絆や道義観のもとなっていると思い出す。
- 第10話は「門戸厄神駅」。おばさんご一行が遅れてくる仲間の伊藤さんのためにバッグを投げてミサの隣を席取りする。ミサは憤然、聞こえよがしにサイテーと独り言。座った伊藤さんは車中で急に苦しみ出す。介抱したのはご一行ではなくミサだった。ご一行との交際でのストレスから来る神経性胃炎だった。ミサは「価値観の違うヤツからは離れるべき」と忠告する。かって行きずりのおばあさんに意見されたときの言葉を思い出していた。
- 第11話は「甲東園駅」で第6話の「甲東園駅」に出てきた女子高生グループで話題の中心だった悦子が主人公。大学受験で悩んでいる。少しでもいい大学をと、ことに学校担任から来るプレッシャーがきつい。結局レベルを落として看護系の学校を選んだ。家庭の事情も配慮した決定だったが、担任の無神経な一言が胸を刺した。彼氏とラブホテルに行くが、彼氏は決定までの事情を健全と評価し、最後の一線を先送りしようと提案した。
- 第12話は「仁川駅」。第7話の圭一と美保が下りてくる。2人はもう深い付き合いになっている。互いを思いやる姿勢は第8話のころと変わらない。第13話は「小林駅」。翔子は再就職し、この町に引っ越している。第10話の席取りで席を取られたのは翔子だった。駅に降り立つと小学1、2年生の女の子のグループにであう。その先にいたぶり対象の子が1人たっている。悔しさをこらえて毅然としているふりが翔子には見え見えだった。幼くても女は女だと翔子は思う。声をかけてやる。同じ発音のショウコだった。翔子は又同じ電車になったミサをファミレスに誘う。
- 第14話は「逆瀬川駅」。おしゃべりおばさんご一行が傍若無人である。時枝と孫娘が小型犬ケンのケージを抱えて乗っている。孫娘が、「電車の中では静かに」と教えられているのに、おばさん連の大声はなぜと聞く。因縁をつけてきたおばさん連に時枝が正論をふり下す。第1話の政志と恋人になったユキが時枝に加勢する。
- 第15話は「宝塚南口駅」。言い負かされたおばさん連は一つ手前のこの駅で降りた。相手側の4人は終点まで。政志とユキのこの日までの交際が紹介されている。ユキは酒豪だった。政志が隠れた銘酒「桂月」1本を手に入れたのが契機で、政志の下宿部屋に泊まった。第16話は「そして、宝塚駅」。時枝らはドッグランの方へ、政志とユキは宝塚線の梅田行きに乗り換える、その間に婚前同棲の話をしている。
- あとがきで、この作家が今津線の宝塚よりに自宅がある奥様だと判る。名前の浩はひろしと読めば男性だが、ひろと読めば女性。男性の作品として眺めても別段不自然でない表現になっている。
('22/10/28)