虚無僧の里


戦後はお目にかかったことはないと思う。しかし少年時代に、あまり確かではないが、どこかで虚無僧の尺八を聞いたように思う。大正の頃は虚無僧の姿は普通に見られたようだ。与謝野晶子の生涯を小説風に映画化した作品「華の乱」に、無政府主義者大杉栄の妻伊藤野枝の前夫が、子連れの虚無僧として町を流す姿が撮られている。野枝を演じたのが石田えりだった。出口のない若妻を見事に演じていた。
松戸市立博物館に虚無僧寺一月寺という展示室があって、虚無僧の歴史を教えてくれる。一月寺は松戸市旧小金宿にあって、普化宗(虚無宗)の本山の一つであった。明治に入って太政官達により宗派廃絶され、今は創価学会の寺となっているそうだ。明治以後の虚無僧は京都や和歌山で再建された教会の流れである。
普化宗廃止が官達に拠った一種の宗教弾圧だったのは理由がよくわからない。禅宗の一派と言いながら、江戸時代は幕府公認の武家修業の場とされ、浪人取り締まりの道具でもあった。今と違うのは木刀を腰に束さんでいたことである。ある時期からは狼藉者無頼者の隠れ蓑にもなり、一種の社会の病根のような様相もあったらしい。新政府に胡散臭さがられた理由だろう。時代劇ではどちらかというと暗いイメージの役割で出てくるのも宜なるかなである。
立派な博物館である。近所には市立の博物館美術館考古館郷土館資料館が五万とある中に作られた最も新しい展示館だから、規模企画とも苦心したのだろう。氷河期から説き起こし、団地の先駆けが建設されるまでを扱う。もちろん地元密着である。面白いのは虚無僧以外では戦国時代で、高城氏が一帯を支配した頃の解説である。やはり話は地域として独立性があった時代でないと纏まりがないし興味を引かない。
特別展として「福神の世界」をやっていた。福神というのは総称で、七福神から獅子頭、福助に招き猫まで並んでいた。対照が厄神で、疱瘡神をもてなしてよそに送り出す祝儀で唄う言葉が傑作だった。

('98/04/16)