林真理子直木賞受賞作品

林さんは日大芸術学部の出身だそうだ。幹部の不祥事を受けて、日大理事会の理事長を務められることになった。インタビュー記事には受け身姿勢ではなく、能動的に改革に取り組むような発言をなさっていた。彼女は著名な小説家だが、私には縁がなかった。この機会に、'85年度直木賞対象になった短編2作「最終便に間に合えば・・@」「京都まで・・A」を読んでみることにした。彼女31歳の作品である。
両作とも主人公は年増の独身女。@の美登里もAの久仁子も、書かれたときの作者とほぼ同年だ。みずみずしく生き生きと主人公が描かれている理由の一つだろう。ともに生活の中心は東京にあり、アートとか文筆に繋がる頭脳労働で、世間的にもそこそこの成功をおさめ、生活にさしあたっての不安は持たない。ここらも作者の当時の環境に近いのだろうか。アバンチュールの場所は@では札幌、Aでは京都。前者では旅客機で、後者では新幹線でばっちりと相手と線引きが出来る。精神上の線引きが愛が深まるとだんだん怪しくなり、同時に隠れていたあるいは隠していた現実が頭をもたげる。うまく表現してある。
相手の男性は@ではすでに結婚して家庭と子どもを持つ、7年前に東京で分かれた元恋人でもう中年、Aでは少し年下の未婚青年で、品位は申し分ないがマザコン型。前者では彼の図々しさを、東京時代から引きずるゼニ惜しみに絡めて描かれている。いくつもことわざが頭に浮かぶ。「あばたもえくぼ」に思えた時から、逢瀬を重ねるにつれて「惚れた欲目」だったと気付き、逆に「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式に鼻白けて行く。航空機最終便出発ぎりぎりで、美登里は、明日の仕事の予定に向かって引き留める手を振り払う。後者では久仁子が東京を引き払って京都に居を移す決心をしてから、あばたがえくぼでなくなる。「君の人生をしょい込むのが大変なんだ」という言い訳で反対する。ふわふわと蝶のように舞ってくれているだけのがいいという。久仁子の胸には、大きな憤りと勘違いへの恥ずかしさがこみ上げてきた。
私は札幌も京都も好きだ。小説に取り込まれた情景を比べると、当然だろうが両方の街の文化の広さとか深さの違いを示す。Aには京都は恋をしたい男女にとっては、できすぎの舞台装置を提供する街と書いてある。最適な場所で、最もふさわしい雰囲気の男。私は上段の最後に「勘違い」と書いたが、夢幻を現実にしたかった実力のある年増女の精神過程が、何となく判るような本になっていた。
この文春文庫本には、ほかに3編の小説が入っている。「エンジェルのペン・・B」、「てるてる坊主・・C」、「ワイン・・D」。Bの主人公は28歳の新進女流作家で、2年前に新人賞応募のとき佳作第1席を取ったことになっている。既婚。新しい中編小説の内容と、それにいたる周囲とのやりとりが話題になっている。Cの主人公は結婚6年目34歳の主婦で、今はもっぱら家庭を守っている。植毛クリニックの美容師、PR会社のセクレタリーなどの婚前職歴をもつ。そこから来る男の評価話。Dの主人公は年齢不詳だがフリーの女性取材記者で、カナダのケベックで間違えて3万円のワインを買い、その処分にあれこれの思惑を交差させる話である。
この本に載った短編に関する限り、主人公には著者自身を思わせる肉付けがあり、その生活環境が、実際の著者のそれから、かなり取材されているらしいことには気付く。創造力を駆使して荒唐無稽な世界に作者の思いを描くといった天才型の作家ではなく、自らの文筆環境を大切に利用する、地味で確実な作風と受け取れた。

('22/6/22)