昆虫の惑星
- 地球に生息する多細胞生物の中で、個数においても種数においても圧倒的に多いのは昆虫である(飛翔能力を身につけたおかげだ)。地球生態圏を支えているのは昆虫だ。「人新世の科学」は良書だったが、私が読んだ範囲では、昆虫はほとんど活躍しなかった。A.スヴェルトルップ=ティーゲソン著、小林玲子訳、丸山宗利監:「昆虫の惑星〜虫たちは今日も地球を回す〜」、辰巳出版(2022)は、昆虫と人の関わりを、小難しい「観念論」は抜きにして、より具体的に、読めば自然と社会−生態論に思いが至るように仕向けている。原著は2014年の出版。
- 第1章は「小さな身体は高性能〜体の仕組みと機能〜」。この題に相当する記事が結構このHPに含まれている。ファーブルの精緻な観察記録はことに印象深かったが、「昆虫−驚異の微小脳」('06)はもっとも困難な題材に迫る話として記憶に駐まった。
- 新聞に、スマトラオオコンニャクが開花したという記事が出たので、見学に出かけたことがあった(「白山通りと本郷通り」('10))。7月下旬で、場所は小石川植物園、滅多に花を付けない植物で19年ぶりだとあった。残念ながら見学予定数終了で我々は入れなかった。悪臭(腐臭)を放つ世界最大級(直系1.5m)の花だという。本書に同じような植物ラフレシアが紹介されている。腐臭でクロバエを誘い受精を手伝わせる。科が違うのに同じような場所(東南アジア)に同じような寸法、色彩(赤)で同じような悪臭を放つ。不思議だ。
- 蝉しぐれは雌を呼ぶ雄の信号。雌でないことは古代から判っていた。あの喧しさは堪らぬ。ギリシャ格言に曰く「声なき妻をもつセミは幸運である」。笑ってしまう。セミの耳は腹部にある。トンボの飛翔能力は抜群だ。4翅を独立に駆動できる。私はアメリカの月面探査車が4輪独立駆動だと聞いて感心したことがあったが、それを3次元で苦もなくやってのける。狙った獲物は95%の確率で仕留める。ライオンだって25%なのに。人の目は20枚/secで動画に見えるが、トンボでは300枚/sec。トンボに動画を見てもらうためには、画面取りを15倍増やさねばならない。
- 社会生活を営む昆虫は1匹ごとの識別能力を備えているという。ミツバチは写真の中の人の顔を見分けるという。NHKダーウィンが来た!「転職に総選挙!?秘密のミツバチ」で、ニホンミツバチの仕事分担のローテーション方法を見せていた。ニホンミツバチ軍団によるスズメバチの熱殺行動は有名だ。意志と意思伝達手段がある。
- 第2章は「昆虫たちの"婚活"事情〜生殖と繁殖〜」。
- 昆虫の雌は受精嚢に雄からもらった精子を貯めておき、ときが来たらばそれにより自身の卵子を受精させる。交尾は1匹とだけではない。雄はわが遺伝子を確実に残すべく、雌の生殖器に栓をして立ち去るケースがあるという。あとから来た雄はこの栓を取り外す工夫を持っているケースがある。雌独占のためには交尾時間を長くする手がある。79日も交尾したまま過ごすという昆虫がいる。交尾後も雌が産卵するまで雌を他の雄から隔離すべく離れないトンボもいる。
- カマキリでは交尾のあと雌に雄が食べられる話(性的共食い)は、ファーブルの昆虫記に載っていた。彼ら雌雄の体格差は大きい。体格差にはきつーい意味があると思う。脱線だが、オランウータンは逆に雌雄体格比が1:2ほどで、その性交渉はレイプ樣だという(「人間の由来 U部(その2)の1」('21))。カマキリには共食いのほかに雌には精子選択機能が備わっているという。食われても子孫を必ずしも残せない。「男はつらいよ」だ。
- 昆虫の繁殖術にはアッと驚くものがある。アブラムシは普段は処女懐胎でクロ−ンばかりを生む。受精せずに卵子を育てる。ある種などは生まれてきた幼虫は、すでに体内に新しい雌のアブラムシを宿しているとある。繁殖に時間をかけないためだろう。バラが花を付けたとたんアブラムシだらけになる理由だ。花株が満員になると翅のある幼虫を生み始める。彼らは次のバラに移動して行く。クローンばかりでは環境変化に弱いから、雄の準備も出来る。社会性昆虫の社会は雌であふれかえっている。受精卵は全部雌になる。未受精卵からの雄は、ローヤルゼリーによる新女王に精子を捧げるだけの性奴隷だ。交尾の射精の勢いで生殖器は裂け、腹から剥がれ落ちるように爆死する。ここでも「男はつらいよ」だ。
- 第3章は「食べて、食べられて〜昆虫と食物連鎖〜」。
- ファーブル昆虫記の中でもっとも心を躍らせる記述は、たぶん寄生バチが麻酔をかけた獲物に産卵し、孵化後の幼虫が自由の利かない獲物の内蔵体液を食料としながら成虫に育って行く話だろう。本書にはなぜかファーブル昆虫記の引用はない。しかし類似の事件を、宗教的煩悶を交えて、やや文学的に記載している。テントウムシに寄生バチが卵を産むときは、卵のほかにウィルスを注入して、テントウムシの脳を乗っ取るのだという。ゴキブリを標的とする寄生バチがいる。寄生バチは神経毒により、ゴキブリの自由を奪うと同時にそれ自身の巣に案内させ、卵を足に固定して巣穴を小石でふさいでから立ち去る。哀れ!ゴキブリは、幼虫に生きたまま食い荒らされ、その蛹化とともに昇天する。
- 十三年ゼミ、十七年ゼミは自然の驚異だ。日本にいないから余計驚異だ。13年目、17年目に一斉に出現して天地をひっくり返すような大合唱をやる。こんな大きな素数を生殖周期にされると、捕食者側は発生を合わせられないし、記憶もされないだろう。セミは昆虫では大型のタンパク源でいろんな動物の食料になるのだが、素数周期での大発生は種の繁栄のための上々の戦略と言えるのではないか。でもセミの幼虫はどんな時計を持っているのだろう。
- 第4章は「昆虫VS.植物〜植物との共進化〜」
- 共進化とは相利共生のことで、植物と昆虫がWin Winの関係に立つことである。昆虫が受粉と種子の散布を助け、植物が蜜や花粉などを食料に提供するのが代表的な姿である。双方のバランスは微妙で、一歩間違える、例えば昆虫側の胚珠利用が過剰になったときは双方の共倒れになるケースが説明してある。ゴマシジミの幼虫がアリに養育される事実は有名だ。その幼虫側のだましのテクニックの詳細が述べてある。
- 「だましだまされ」の項では、種子を臭気ふんぷんの糞に偽装させ、糞虫にそれを運ばせる植物を解説している。菌類を栽培するハキリアリは有名だ。アリがアブラムシを放牧するテクニックもたいした内容で、アブラムシがよそへ行かぬように翅を食いちぎったり、化学物質を分泌して翅が生えた個体の成長を阻んだりとある。オーストラリアにメキシコから輸入されたサボテンは、野火のごとくに一帯に広がり、牧畜を不能にした。その駆除にサボテンガによる生物的防除が成功した。
- 第5章は「ヒトの食卓と昆虫〜蜂蜜から昆虫食まで〜」。
- 第6章は「自然界の"掃除人"〜死骸と糞の分解〜」。
- 第7章は「産業を支える昆虫たち〜ヒトによる昆虫利用〜」。
- 第8章は「昆虫が与えてくれるもの〜バイオミミクリー、医学、セラビー〜」。
- 第9章は「昆虫とヒトの未来〜環境と多様性を守るために〜」。
- 狭い地域の一定環境に生きる昆虫は変化に弱く、広く分布している昆虫は変化に強い。捕食者の有無という条件はその端的な表現だ。沖縄の飛ばない鳥ヤンバルクイナが、道路事情改善とともに入り込んだ野良猫のために絶滅に向かっている。島嶼の稀少動物にはそんな例が多い。本書には、絶海の孤島沖に座礁した船から上陸したネズミのために、ナナフシの固有種が絶滅した話が載っている。
- 私はここ40年以上海岸の埋め立て地に出来た住宅街に住んでいる。転宅してきたころは空き地が多かった。シナガワハギが繁茂していた。それが空地に人工建造物が建つたびに追い出されて次第に数が減り、最後は街路樹脇とか駐車場の片隅に見かける程度となり、昨年あたりからかなり探さないと見かけなくなった。カワセミやコゲラを公園や団地で見たことがあるが、もうここ10年ほどは希少種の鳥にはお目に掛からない。セミは、塩分のせいだろう、長い間鳴かなかったが、近頃では時雨ほどではないにせよ聞けるようになった。クロアゲハ、ナミアゲハも目にするようになった。若いころは蝶と言えばまずモンシロチョウだったのに、全く見ないのはどうしてだろう。
- 世界の昆虫の1/4が絶滅の危機にあるという。生態系の中での種の機能は、絶滅のはるか以前に、停止する。個体数の減少は重要で、「自然界の"掃除人"」であることを考えるだけも納得が行く。過去40年で昆虫の数は半減したという。自然界は思いの外ダイナミックでタフだ。1つのサイクルが停止しても代わりになる別のサイクルが起動を始めるという面もあるし、同じ種でも人工の環境に自ら慣らして行く場合もある。新しい人工環境に適した別種が現れた例が出ているが、わずか150年の出来事であったそうだ。そうはいっても、多様な環境を保持し、多様多数の昆虫と共生することは、人類の永続生存の保険であることには間違いない。
('22/5/15)