インド洋
- 蒲生俊敬:「インド洋〜日本の気候を支配する謎の大海〜」、講談社ブルーバックス(2021)を読む。著者は、海洋に関する一般向け教養書を、何冊も出版しているフィールド研究者である。東大名誉教授。私のインド洋に対するもっとも古い記憶は、国民学校時代に唄った軍歌「轟沈」。潜水艦が主題で、何番目かの節の最後に「印度洋」が入っていた。4年昔に船でインド洋をクルーズした(「悠久のオリエンタルクルーズW」('18))が、海に対する特別の印象はない。ただヤンゴンに近ずくと、徐々に海水に混じる土砂の色が濃くなることを記憶している。
- 第1章は「インド洋とはどのような海か〜二つの巨眼と一本槍をもつ特異なその「かたち」〜」。
- 二つの巨眼とは、アラビア海とベンガル湾。ガンジス川(河口はパングラディッシュ)ほかの大河が運ぶベンガル湾の土砂は、積み重なって今や厚さ10kmにもなっているという。ヤンゴン附近の川はそう大きくはないが、精出して土砂を運んでいることは上述の通り。大量の水のため塩分が薄まって異常に低い。アラビア海は逆で、インダス川が注ぐのにもかかわらず(水量はガンジス川の1/3)、海面からの蒸発や中東乾燥地帯の流入で塩分の濃度が高い。
- インド洋には逆Y字型に走る3本の中央海嶺がある。中央海嶺は海底火山山脈で、マグマが両側のプレートを押しのけて噴きだそうとしている。インド大陸がインドプレートに乗って北上し、ユーラシア大陸と衝突、ヒマラヤ山脈やチベット高原を作った造山運動はよく知られている。ベンガル湾のほぼ中央を南北に走る別の海嶺がある。副題の一本槍はこれを指すのだろう。こちらは太平洋のハワイ島のようなホットスポットだ。プレートに乗って火山が北上したさまが、各火山の火山岩年齢から示されている。
- 熱塩循環の「コンベアーベルト」モデルは、3洋に跨る海水循環で、地球の気候に重大な影響力を持つ。その推進力である北大西洋と南極における冷海水の沈み込みが、近年弱まっているとして、将来の気象激変に警鐘を鳴らす学者が多い。インド洋におけるベルトの東西二手の分流と浮上を海底地形との関連で説明してある。
- 第2章は「「ロドリゲス三重点」を狙え!〜インド洋初の熱水噴出口の発見〜」。
- 「ロドリゲス三重点」とは3本の中央海嶺が1点で交差する、マダカスカル島から真東にオーストラリアに向かう緯度線が1/3ほど進んだ位置だ。まだインド洋には熱水の噴出は観察されていなかった。筆者を含む日本の研究陣は、その存在を三重点付近と予想して探索し成功する。三重点は火山脈3本が交差する点だから狙いは良かった。
- 探索の実際を平易に解説してある。未知の世界をtrial and errorで方法を工夫しながら進める。「しんかい6500」に実際に乗って観察した著者の話だからか、なかなか面白い。最初の発見が'00年。その後各国が研究に参加し、今では10ヶ所で発見されている。近頃では中国チームの活躍が華々しい。私はアデン新世紀海山('01)[日本チーム]の位置に注目する。中央インド洋海嶺の北端が、ぐいと曲がった位置に来ているからである。
- 第3章は「ヒッパロスの風」を読む〜大気と海洋のダイナミズム〜」。
- 「ヒッパロスの風」とはモンスーンのことだという。ヒッパロスとはモンスーンを初めて経験したギリシャ人。コロンブスの新大陸発見と同じで、とっくの昔から現地人が利用しているのに、ヨーロッパ名を通用させている。夏と冬では風向きが反対だ。帆船は夏に東に向かい、冬に西に向かう。北側を高い山脈で遮られた空気の、陸上と海上の夏冬におこる密度差と、空気流方向の右直角に働くコリオリの力でモンスーンのおおよその説明は付くそうだ。
- 大洋では低緯度帯(熱帯)には年中東風(貿易風)が吹き、中緯度帯(温帯)では西風(偏西風)が吹く。風にひきづられて亜熱帯循環流が生じる。インド洋のそれは南半球にしか生じない。代わってモンスーンによる夏冬逆転の季節風海流が生じる。ソマリアやアラビア半島沿岸では、強い北東方向の南西季節風が海水の沿岸湧昇を起こす。海水は季節風の方向に動くが、コリオリの力のために右(沖側)方向に動く。深差によって流れの向きはまちまちで螺旋状で、エクマン輸送という名が付いている。沖方向に動いた分が深層から湧き出す。深層海水は沈降してくる生物死骸や排泄物のために栄養豊富。だから季節によっては豊かな漁場を提供する。
- 「ダイポールモード現象」は日本の科学者により発見され、近年にはスパコンで予測できるようになった。非常に複雑な現象で、一応の定性的な説明は付いているが、総合的には、地球シミュレーター方式の計算のお世話にならないと、判らないとすぐ思ってしまう。テレコネクションで、地球のはるか遠くから、「何でだ」と叫びたくなる気象影響が伝わってくる。波高分布図があって冬が比較的穏やかだとある。冒頭に触れた私の航海も冬だった。
- 第4章は「インド洋に存在する「日本のふたご」〜巨大地震と火山噴火〜」。
- 日本列島の沖合に千島・カムチャッカ海溝、日本海溝、南海トラフ(本当は海溝だが列島からの土砂で埋め立てられて、海溝の定義(6千m)に達しない深さのトラフになっている)があるように、スマトラ島、ジャバ島沖にはスンダ海溝が迫っている。インドプレートがユーラシアプレートの下に食い込む位置だ。プレートの北上に伴い巨大地震を発生し、巨大火山噴火を起こす。
- 2004年にはM9.1のスマトラ島沖地震が起こり、インド洋沿岸全体に津波被害をもたらしたことは記憶に新しい。インドネシア列島では、この1000年の間に、地球の夏を消失させた巨大噴火が3回も起こっている。成層圏にまで吹き上がった含硫酸根ミストのエアロ・ゾルが地球を被い、1〜3年も滞留し、太陽光を遮ったのが理由だ。
- インドネシアは'24年目標に、東カリマンタン州(旧ボルネオ島東)のサマリンダに首都を移転する計画が進んでいるという。地図で見ると三角州の首元の位置だ。現在の首都ジャカルタはジャワ島にあり、地震や噴火の多い地帯だ。自然災害回避は移転目的の一つなのだろう。
- 第5章は「インド洋を彩るふしぎな生きものたち〜磁石に吸いつく巻き貝からシーラカンスまで〜」。
- 海底温泉に群がる熱水生物群をTVで見たときは興奮した。深海温泉は嫌気性環境で、マグマ起源の水素や硫化水素やメタンをエネルギー源として、化学合成(炭水化物)を行っているという話も刺激的だった。地球が好気性環境になるのは、シアノバクテリア繁殖開始(24.4億年前)以降。熱水噴出口微生物培養による、超好熱(122℃)メタン菌(2CO2+6H2→[CH2O](炭水化物)+CH4+3H2O)の発見と、このメタン菌に依存する別の超好熱発酵菌の発見(高井博士)は、海底温泉生命起源説に非常に有力な論拠を与える。生命は宇宙から来たという話はロマンチックだが、私はまだ論拠は薄い(「地球外生命」('12))と思っている。
- 第6章は「「海のシルクロード」を科学する〜その直下にひそむ謎の海底火山とは?〜」。
- 先述の「アデン新世紀海山」は、中央インド海嶺(カールズバーグ海嶺)、アフリカ大地溝帯および紅海が交わるアファール三重点付近にある。紅海はアフリカプレートとアラビアプレートの接線である。この三重点はホットスポット火山だ。
- 火山活動に伴って噴出するマントル由来のヘリウムガスの同位体比(3He/4He)は大気のそれよりは高い。地球深部のマントルに含まれるヘリウムは、地球が誕生したときのヘリウムを含むので高い同位体比になるとある。「ロドリゲス三重点」の近傍で見つかった先述の海底温泉も、今回の「アファール三重点」近傍海底温泉も、同位体比から由来が判る。
- 海底火山、海底温泉からは熱水ブルームがあって、上昇した熱水がある深度で帯状に広がる。鉄、マンガン、メタンなどの濃度は周囲の海水とは異なっている。その分析でブルームの場所を決めて行く。TVで噴出口から黒い熱水が出ている様子(ブラックスモーカー)を見せた番組があった。光の透過度の追跡もそのセンシングに役立つそうだ。
- アファール三重点の温泉はイエメン沖だ。東大の白鳳丸が海底温泉を発見したころ、すでに治安問題(海賊)が出ていた。今は海上自衛隊の定期パトロールなどで、海賊の活動は収まったが、イエメンが内乱状態で研究は中断されている。
('22/5/5)