世界を変えた12の時計
- D.ルーニー著、東郷えりか訳:「世界を変えた12の時計〜時間と人間の1万年史〜」、河出書房新社(2022)を読む。私は42年間同じ腕時計を使っている。今もってほとんど狂わない。セイコー・ドルチェ。水晶発振器応用の先駆けであったセイコーが、スイス時計を圧倒した時代の商品だ(NHKプロジェクトX「田舎工場 世界を制す クオーツ・革命の腕時計」(5/1 BSP再放送))。その頃よりか、私は時計の発達に関心を寄せるようになった。なお現在、我が家でもっとも正確な時計は電波時計で、元の電波が狂わない限り永久に正しい。
- '64年の東京オリンピックでは計時装置にはセイコーの品が用いられた。しかし昨年の東京オリンピックではスイス(オメガ)製に代わっていた。あの輝かしい歴史はどこへ行ったのだろうとそのとき思ったものである。もともとオメガは(、)IOC総会と(、)2032年まで(の)オフィシャルタイムキーパーの契約を結んでいたためという記事が、「セイコーと東京オリンピック2020の意外な関係性」という題でWebに出ていた。国際競技大会での公式計時担当実績は、セイコーがナンバーワンだともあった。
- 本書の索引から、水晶(クォーツ)時計、電波時計を検索してみた。意外にも出てこなかった。ちょっと肩すかしを食ったような気持ちで、目次を見ると原子時計は出ている。原子時計は、原子スペクトルの恒常性を利用する。その周波数により水晶振動子の発振周波数を常に調整・修正する仕組みである。原子時計を元に作られた正確な時刻情報は標準電波として放送されており、その電波を受信してクォーツ時計の誤差を修正しているのが電波時計である。電波時計は原子時計の応用編だ。第7章までは天体時計、機械時計で、第8章が電気時計、第11章に原子時計、第12章にプルトニウム時計の文字が出てくる。それならと第11章から読むことにした。
- 第11章は「戦争〜1972年、ミュンヘン、ミニチュアの原子時計〜」という題。
- 時計も軍事兵器であるという項がある。戦争に組み込まれたGPSという項には、ミサイルと爆弾はあらゆる種類のものがGPS誘導になり、紛争地帯への効果的対応もGPS利用だとある。ドローン(航空機、掃海艇)、ロボット救助車への応用も進んだ。ウクライナ侵略戦での利用が報道されている。戦争は大型爆弾による無差別大量殺戮から、GPS誘導兵器で的を絞ったピンポイント攻撃に移行してきた。
- GPSのキモは原子時計(クォーツ時計では精度が足りない)で、そのミニチュア化がこの衛星時計を可能にした。副題の中のミュンヘンはその技術の発祥地を示す。本HPには測位に関する技術的概要を「自動車のハイテク」('10)、「潜水艦の性能と戦術」('15)[潜行時間が長いから航空機と違って慣性航法が主でGPSが従だと書いている。]、「航空管制」('15)、「スマホ大解剖」('16)などにチョコチョコ載せている。
- 我が家のGPSとの直接的な付き合いは、マイカーにオプションのGPS装置を取り付けたときから始まる。カー搭載のGPS装置の改良はめざましく、買ってから3年目にはもう旧式化していたことを「イタリア料理とロックウェル」('98)に載せている。その次がスマホ。地図の上に自分の位置を知ることが出来、便利だ。「東向島散策」('12)にはセイコーミュージアムの見学記を載せている。ソーラーGPSウォッチに注目している。世界を股に飛び回る人にとってはまことに便利だ。GPSが位置を知って、その地帯の標準時計に合わせてくれるのだ。
- 日本の準天頂衛星システム(QZSS)も含めて、今では100基以上の測位衛星が飛んでいる。GPS受信機は世界各地で70億台以上になるそうだ。利用は通信、交通はもちろん変電所、電波塔、テレビ局、データセンター、用水場など市民の生活に密着したインフラすべてに及んでいる。このシステムの障害は、世界を立ち往生させる。自然災害とか機器故障という障害のほかに、悪意による人為(犯罪、戦争)的障害はすでに多々報告されている。
- '09年に行われた、携帯電話1台の出力の1/1000以下の小型のGPS妨害装置による驚くべき実験結果が書いてある。現実の事件の紹介の中に、北朝鮮付近から発せられたらしい妨害による仁川国際空港の混乱ぶりが書いてある。もっと陰湿な問題は「なりすまし」行為で、'97年の映画:「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」では、やられたイギリス軍艦が中国海域に迷い込んで、三次大戦寸前まで行くという話になっているが、それが現実化する20年前の作品だと著者は驚いている。
- 第12章は「平和〜6970年、大阪、プルトニウム時計〜」。
- 副題は「大阪万博記念のタイムカプセルが、5千年後に開けるべく、1970年に作られ埋められた。時計にはプルトニウム時計が選ばれた。」という意味である。プルトニウムがα崩壊するときに発生するヘリウムの積算量を計って時を刻む時計である。タイムカプセルに入れられた小四生徒の、5千年先の人類への、平和と幸福を願うメッセージが紹介されている。
- 人間は天文単位の年月利用からはじまり、GPSの100万分の1秒を利用する時代に入った。しかしことにウクライナ侵略戦は、より短い時間の利用が人類の将来を破滅を誘うかも知れない危惧を強めた。カプセルが埋められたときは、それほどの切迫感はなかった。カプセルが双子の2基になっていて、一方は5千年密閉、もう一方は100年ごとの点検に使うことになっている。ロングスパンで人類を考える象徴としての意味に、タイムカプセルと100年ごとの点検に大きな意味を感じるとする。そしてその発想が、伊勢神宮(だけではないはずが)の20年ごとの式年遷宮に繋がっていると見る。
- 序文は1983年の大韓航空007便撃墜事件から始まる。このころアメリカはGPS実験衛星を飛ばしていたが、軍事機密だった。飛行ルートは慣性航法装置で決まる。それによる自動操縦が正しく設定されていなかった。ソ連空軍はアメリカ偵察機と確信し、警告射撃の後、2発のミサイルで打ち落とす。偵察機はボーイング747と外見がよく似ていた。レーガン大統領は激怒し、GPSの民間利用が早まった。
- 第1章は「秩序〜紀元前263年、フォルム・ロマヌムの日時計〜」。
- シシリー島のカルタゴ軍を敗走させたローマの将軍は、町の日時計を戦勝記念品として持ち帰った。公共広場の日時計は、さしあたりは強大軍事力を誇示する記念物であったが、各都市に日時計が設置されるようになると、市民の生活を小刻みに統合管理する支配者の道具として時間観念を浸透させていった。東洋(日本にも触れてある)には古代から水時計(漏刻)があった。鼓楼と鐘楼が都市の生活を時間で制御した。
- アフリカでもオーストラリアでも、征服者は時計台を、植民地統治の象徴のように、見晴らしの優れた場所に建設するのが常だった。それが一番徹底した場所はインドである。反乱中心地にはことに巨大な時計台が設置され、時間ごとのキンコンカンで、征服者の存在を意識させるのに効果的な働きをした。北京の鼓楼と鐘楼は、クビライの統治事業の一環だった。義和団暴動につけ込んで北京を占拠した侵略者(英仏独伊露米そして日本)は、鼓楼の太鼓の革を破り、洋式の機械式時計による時計台を建設し始めた。天安門広場は3基の時計で囲まれた。そのメッセージは「立場をわきまえろ。列に並べ。支配者に従え。」だったとある。
- 第2章は「信仰〜1206年、ディヤールバクルの城時計〜」。
- 副題の時計は現トルコ領内にあった宮廷の精巧にして豪壮なからくり水時計である。イスラームの優れた技術力を結集した作品。からくりが演じる華麗なショーはアラーへの信仰心を物語る。今、聖地メッカには世界最大の時計台が立っている。ヨーロッパの天文時計は機械式であった。天文は天−神−信仰に通じる。神は精密な時計仕掛けの宇宙を作った。そこから科学が生まれる。ストラスブール大聖堂のからくり天文時計はキリストの教えを視覚化して伝えようとする。
- HPの「下諏訪−時の科学博物館とオルゴール博物館−」('03)には'11世紀宋宮廷の水時計復元品の見学記を載せている。天体観測と同期するようになっていたという。
- 第3章は「美徳〜1338年、シエナ、抑制を表す砂時計〜」。
- 第4章は「市場〜1611年、アムステルダム、証券取引所の時計〜」。
- 第5章は「知識〜1732−35年、ジャイプル、サムラート・ヤントラ〜」。
- インドのジャイプル藩王国(ムガール帝国の支配下にあった)のヒンドゥー支配者が建設させた2秒間隔の巨大日時計の話。サムラート・ヤントラは至高の機器という意味で、完成には3年の歳月を必要とした。
- 第6章は「帝国〜1833年、ケープタウン、天文台の報時球〜」。
- 天文台の報時球とは、航海用の機械時計・クロノメーターの較正を行うための当時としては最高精度のドン(空砲)のことである。ケープタウンを周回する貿易船が頻繁にアジアを目指すようになった。航海士が経度を求める方法は、正確なクロノメーターと天体観測である。ケープタウンの天文台員が精密なクロノメーターと銃を持ち、較正時間に銃を撃つ。海岸の助手が望遠鏡で確かめて報時球を蹴り落とす。それが大英帝国の時報で、航海士はこの時間に船のクロノメータを合わせる。大英帝国(欧州)の繁栄とアジアの貧困を結ぶドンだった。
- 機械時計に関する閑話を1題。
- 川端康成の「雪国」がNHKドラマになって最近に放映された。映画の「雪国」でははっきり表現されなかった行男、葉子の過去を明示していた点が新鮮だった。芸者・駒子が加わった三角関係を旅人・島村の疑問に答える独白として映し出したのも新鮮だった。行男は駒子出身地の港町で時計職人の見習いをやっていたが、駒子が東京のお酌に出てまもなく東京に「勉学」に出る。時計職人の象徴として、柱時計の大型歯車の映像が出てきた。
- これは印象深かった。私の少年期には当たり前のように存在した時計屋は、見あたらなくなって久しい。ときおりTVに稀少な技術の伝承といったテーマで店が紹介される。NHKプロフェッショナル「仕事の流儀「時計に命、意地の指先 時計職人・松浦敬一」」という番組があった。そんな店は辺鄙な場所で孤塁を守っている。松浦氏の店は 瀬戸内海に浮かぶ大崎下島にある。
- 第7章は「製造〜1865年、ロンドン、ゴグとマゴク〜」。
- 18世紀を通じて、イギリスは世界最大の時計の産地だった。しかし手工業的職人技に執着するあまりに、近代産業的なスイスさらにはドイツ、フランスの時計業界に圧されだし、さらに20世紀に入るとアメリカの機械化大量生産と大衆消費を狙うマーケッテイングに完全に敗北する。ロンドンのさる有力時計店には、ゴグとマゴクという2体の大きな鍛冶屋人形が、15分ごとに鐘を鳴らすからくり看板があって、市民の人気を得ていた。イギリスの時計界の尻に、すでに火が付いていた1865年の、広告広報の意味に目覚めていた店主の工夫だった。それは1929年に取り外され、いまは自動車のフォードが建てた歴史村に移されている。
- 第8章は「道徳〜1903−06年、ブルノ(注:チェコ第2の都市)、電気時計施設(各所の時鐘を同じ時間に鳴らす)〜」。同じ時間を使って社会秩序を正す。電気こそが近代性である。グリニッジ時はイギリスの標準時になった。やがてそれが世界の標準時になる。
- 第9章は「抵抗〜1931年、エディンバラ、望遠鏡駆動の時計〜」。
- 天文台の観測望遠鏡は、星の位置に同期させる時計駆動になっている。エディンバラとグリニッジの天文台がテロ活動の対象になった。前者は女性参政権活動家による、後者はアナキスト爆弾犯による攻撃。前者については権力側の、今では信じられぬような、労働延長に対する時間管理法がいろいろ紹介されている。後者には、ブルジョワへの抵抗とか標準子午線決定に対するフランス側の恨みとか、植民地インドの標準時間論争とか複雑な因子がいろいろ書いてある。
- 第10章は「アイデンティティ〜1935年、ロンドン、黄金の電話機〜」。
- 副題は、電話の時報サービス開始時に行われた交換手コンテストの話で、声か容姿かという選択の基準にも触れてある。「話す時計」は友人や恋人のアイデンティティをまというるとしている。「仮託」出来るという意味だろう。清時代の中国には5つの標準時間があった。東の満州から新疆西まで3時間の時間差がある。毛沢東はこれを北京時間1本に統一する。アイデンティティ政治の中央集権化ゲームと書いてある。紅衛兵は「北京時間は毛主席が全国の華々しい進歩を指揮する時間だ!」と叫んだ。標準時間を政治目的にいじくる例はほかにもいろいろ挙げてある。
('22/4/30)