忍者ハットリくん

この4月、漫画家・藤子不二雄A氏逝去。私と同年配の88歳であった。かって名コンビを謳われた藤子・F・不二雄氏はすでに亡き人である。市図書館所蔵書を訃報で紹介の代表作名で検索すると、光文社文庫編:「「少年」傑作集 第5巻〜忍者ハットリくんほか〜」、光文社('90)が出てきたのでそれを借り出した。有名作家にしては漫画そのもののヒット数が意外と少なかった。
かって、題名は忘れたが著名だと思っていた(古い)漫画を見ようとしたら当地にはなく、意地になって調べたら、(私の検索能の範囲では)遠く京大桂キャンパス隣の国際日本文化研究センター(創設は'87年)にしか見つからなかった。今でこそ漫画は文学の一分野として市民権を得ているが、私の少年時代では児童文学のあだ花扱いであった。市図書館の沿革を見ると、策定が'70年で1館統合が'20年と言うから、漫画雑誌・本は収集保存目的の購入の対象ではなかったのだろう。
4/20の毎日夕刊(東京)に、「北海道に漫画博物館を」という記事が1面の中央に出ていた。北海道には、ルパン3世の故モンキー・パンチ氏ほか関係者が250人はいるという。漫画作家のミュージアムというと、鳥取県境港市が思い浮かぶ。クルーズ船の寄港地案内に出ていたので覚えている。「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるが育った土地だとかで、観光案内を検索すると、人口3万あまりの町全体が「水木しげる」だ。「水木しげるロード」、「水木しげる記念館」、「妖怪神社」、「境線鬼太郎列車」。
藤木不二雄の記念施設を調べてみた。藤木・F・不二雄には「藤木・F・不二雄ミュージアム(川崎市)」、「藤木・F・不二雄ふるさとギャラリー(高岡市)」があり、ドラえもんの人気は抜群だ。藤木不二雄Aには「藤木不二雄Aまんがワールド(氷見市)」があって、「忍者ハットリくん」や「怪物くん」に会える町と宣伝している。だが漫画家の記念館は上記に関する限りいずれも生家とか執筆居住所ではなく、新築のコンクリート建造物である。漫画の聖地:「トキワ荘」はとっくの昔に解体されていたが、世間の注目を浴びるようになって、'20年に、「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」として復旧された。
先日NHKスペシャルで「ファーブル昆虫記」前後編を見た。ファーブルの旧居は国立ファーブル博物館になっていた。ヨーロッパの個人名博物館は、たいていは、かって居住した住居とかアパートである。私は、林芙美子記念館(新宿、「東京1日散歩U」('19))とか野上弥生子文学記念館(大分・臼杵市)、滝廉太郎記念館(大分・竹田市)は訪れたことがある。生家であったり仕事場をかねた住宅であったりした。どれも和風の家屋だった。
個人名博物館記念館は、その国のオリジナリティを語る文明の尺度の一つだと思う。電子立国日本という言葉が口に上る時代があった。だがITは日本が先頭を走った期間があまりにも短かったから、個人名が出るところまでは行かなかったろう。でも漫画は「世界の日本」であり続けられるだろう。おそらく外国には、その種の博物館記念館はまだ作られてはおるまい。がんばれ!
借りだした本は蔵書になってからもう30年を超す。よく読まれている。「シミ・汚れ」というマークが貼り付けてある。本はばらばらになったことがあるのだろう、たこ糸と千枚通しで修理してあった。本書はかっては日本の代表的漫画雑誌であった「少年」を、廃刊後その出版社が縮小版にして本として刊行したものの1つである。元の雑誌の大きさは知らないが、おそらく半分以下の寸法に縮められたのだろう、文字が小さくて老眼の私には読みづらかった。正味250pほど。
「忍者ハットリくん」には「新忍者ハットリくん」という続編があると言うが、20年ほど後の出版というので、作者の創作精神も変化しているだろうと思い、あえて捜さなかった。「忍者ハットリくん」は、アニメ化されドラマ化され、TV放映はそれぞれ人気を博したという。
第1作では、TVを見入っている少年ケン一の後ろに、伊賀流忍者ハットリくんがいつの間にか座って見ているところから始まる。彼は生身の人間で忍術修行中だ。襖を開けて入ってくるケン一の母親から一瞬隠れるために、素早く天井に張り付く。家人に紹介され居候生活が始まる。勤勉でケン一の両親から信頼される。だが習い性で、夜は天井に張り付いて就寝する。その下のケン一の頬が濡れる。10歳の忍者がおねしょ(夜尿症)をやったのだった。これがこの作一番のギャグ。
5年近く('64〜'68年)半連続的に掲載された。最終作品が第16番目の作品。15番目の作品の後編となっている。お正月に、過疎地帯の温泉宿へ、一家と係累が旅して、一帯を占拠しているサル軍団をへこます話。山奥の淋しい駅でサルの駅員が人間顔で案内をするシーンがある。今なら無人駅にするところだろう。忍者係累は増加している。同伴するのは猿飛猿助(猿飛佐助の子孫)、忍者怪獣ジッポウ(彼は作者のオリジナル、亀形でその重量と堅さにものを言わす忍者)。書かれた時代は、限界集落のサル害や温泉ザルが話題になったころではなかったか。長野の地獄谷野猿公苑は、1964年開苑。
忍者にせよSFにせよ、あり得ない超能力がバッサバッサと世直し大明神として働くという構図は、現実には非力で何も出来ない少年の精神爽快剤である。少年だけではない。ウクライナ侵略戦の情報を毎日見ている大人も、一時の安息を漫画の主人公に託したい気持ちになるときがあるのではないか。
「ドラえもん」は、実はTVアニメしか見ていないが、藤子・F・不二雄の代表作として人気が高い。SF漫画・ギャグ漫画に分類される。「忍者ハットリくん」は忍者漫画・ギャグ漫画とされる。どちらもありふれた子どものいるありふれた家庭に、異次元の超人が同じような年配の子どもとして入ってくる。ギャグの中身は少々違うが、シチュエーションが似ているから、取り替えて読んでもそう不自然ではないような気がする。じっくり読めば、ドラえもんの方が幾分快活に事件を展開する。時系列的には「忍者ハットリくん」の方が先に生まれた。

('22/4/23)