南極の氷床と氷河
- 杉山愼:「南極の氷に何が起きているか~気候変動と氷床の科学~」、中公新書(2021)を読む。1956年の西堀越冬隊以来の我が国の極地観測は、世界の南極研究に多大の貢献をした。国立極地研究所が活動の中心で、著者もその派遣観測隊の一員であったという。温室効果ガス排出量削減は当然の主張だが、先々の大事件になるかも知れない南極氷床の大量融解のメカニズム解明の重要性を訴えている(終章:「そして、私たちは何をすべきか~最悪のシナリオvs.科学と社会の力」)。
- 第1章:「「地球最大の氷」の実像~南極氷床の基礎知識」では、これまでメディアが地球温暖化に関連していろいろ発信してきた情報を纏めている。
- 地球の水の3.5%が淡水で、その6割以上が、南極の、平均して2千mもの分厚い氷床として存在する。沿岸に棚氷が張り出していて、その表面積は大陸面積の12%に及ぶが、薄い(230m)ため氷の量としては2%程度という。極低温地帯だから空気は乾燥している。また南極大陸が孤立した存在であるため高気圧で安定している、だから雪はほとんど降らず(180mm/年)、降雨量としては砂漠なみだ。だが昇華も蒸発もない。長い時間尺で見れば膨大な水分供給量になる。
- 内陸に積もった雪は氷になって海岸線に押し出され棚氷となり、それが割れて氷山になる一方、海水と接触する下面からは溶解する。その溶解量は氷山生成量とほぼ同程度だという。白瀬氷河の氷は年2kmの移動をする。氷河の地殻接触部では氷が融けている。この水が潤滑剤になって流速を早めるのだ。また南極には温泉があり、火山がある。地殻の暖かい部分には氷底湖が出来ている。内陸部の積雪量は氷レーダーで観測する。氷や雪の層境界面からは反射波が出るので、積層構造が判る。近年雪は増加している。その一方で、氷床はやせ細りつつある。IPCCの第3次(2001年)評価報告書では氷床は増加傾向としていたが、第5次(2013年)には減少傾向を確信すると述べた。
- 第2章は「南極の氷の変化をどう知るか」。大まかに言って方法は3通りあるという。
- まず「標高から氷の変化を知る」。NASAの極域標高観測衛星CESat2は網目間隔数km、線上間隔170mで、精度10cm(CESat1)の観測を行う。緑色レーザー(CESat)あるいはマイクロ波(欧州宇宙機関ESA)が用いられる。測定表面の変動の理由は判らない。雪から氷になったのか地殻変動か。
- 2つ目の方法は「重力から氷の変化を知る」だ。重力観測衛星GRACEは、2個の衛星が連携して地表の地域ごとの重力異常を測定する。異常域に入ると先頭衛星が先に異常加速度を受け、後衛星との距離が変わるのを利用する。空間分解能は数100kmで大まかな場所しか判らない。重力異常の原因(氷? 地殻?)は区別できない。氷変動と地殻変動の異常への影響力はほぼ拮抗しているという。
- 3つ目は「インプット・アウトプット法」。天気予報で活躍するのと同じ原理のコンピュータ・プログラムが、今や正確に積雪量を割り出す。これがインプットで、アウトプットは棚氷への流出量である。氷床氷河の表面速度は、人工衛星写真の例えばクレパスなどの目印移動から判る。氷の厚みは、棚氷の海水接触開始線−接地線では氷が浮いていることを利用する。海面から上の部分の約10倍が氷の厚さだ。接地線の位置は潮の干満で氷が上下するかしないかで判る。もっとも歴史ある方法で、データの積み重ねが大きい。
- 第3章は「崩壊する棚氷、加速する氷河」で、本書のキモに当たる。
- 海水準変化で失われた氷の量を表現する。1992年頃から南極氷床が融け出し過多となり、2005年頃から融解が加速しだした。2019年で累計6.5mm。氷床の位置により大きな差がある。グリーンランド氷床は南極氷床より酷く、顕著になり出したのは2001年頃からだが、今では累計11mmに達する。
- 南極では積雪量は増加しているが、沿岸における氷流出が大きく、氷質量減少に導いている。大型氷河が年間数kmもの速度で海に氷を吐き出す姿が観測され、その周辺では氷の厚さが著しく減少している。接地線は後退する。棚氷には氷河を堰き止める効果がある。薄くなった棚氷はその効果を減じるから、氷河の流速を加速する。
- 棚氷は海に氷床が突きだした不安定な構造だが、大陸基盤が氷河奥まで海面下である場合は、海水の棚氷下への侵入循環のために、えぐられえぐられて、ついには大規模の棚氷喪失に至る。この事件が2002年に南極半島で実際に観測された。規模は東京都のの1.5倍に相当した。棚氷の関を一挙に失った氷河は、上段の論理で、その前の2~3倍に及ぶ流速になった。10年以上もその状態が続いていて、氷の厚みはどんどん痩せている。棚氷は元々浮いた状態だから崩壊しても海水準に影響しないが、氷河流速の加速は海水準増加を加速させる。
- 棚氷下の氷の融けやすさを圧力温度の状態図と、塩水氷点降下および純水と塩水の密度差からくる循環流(アイス・ポンプ)で説明してある。アイス・ポンプが周極深層水を吸い込む環境にあると、底面融解は大きくなる。この深層水はわずかながら温度が高い。水温が1、2℃違えば融解量は倍、3倍と違ってくる世界である。
- 第4章は「南極の異変は私たちに何をもたらすか」。
- 1900~2018年に海水準は18cm上昇した。その変化の2/3は海水量の増加、残りが海水の熱膨張によるとされている。近年の観察では、グリーンランド氷床と山岳氷床の寄与がほぼ同じで最大の寄与を示す。南極氷床分は海水量増加全体の15%と低い。南極氷床が全部融けると海水準は50m高くなる。私は埋め立て地の海抜3.5mほどの位置に住んでいる。たぶん5mも海水準が上がれば、日本はおしまいだ。
- 北太平洋で湧き上がり、グリーンランド沖で沈み込む海洋大循環では、南極における海水の沈み込みは、丁度海流のブースターのような位置にある。白一色の南極は太陽光線を反射して寒冷気を作る。それが沿岸に向かって吹き下ろすカタバ風になる。海は氷り、塩分の高い海水がブースター役を果たす。一方融解した水で薄まった海水は密度を下げられ海表流となるだろう。
- 南海周りの循環流には、大気と同じく時計回りの南極周極流と、縦方向の上層循環および下層循環がある。上層は軽い戻り海水で、中緯度方面に供給される。重い海水が下層海水でポンプ役を担当する。南極に近づくのが周極深層水で、海表から沈み込むのが数百年前だから、現在よりも冷たくかつ炭酸ガスの含有量が少ない。従って、大気の熱と炭酸ガスを吸収する。人間活動による発熱増加分の75%を南極の海が吸い取る。また二酸化炭素の43%を溶かし込むという。南大洋の温度上昇は大きいという。沈み込みも弱まった証拠がある。
- 地殻・マントルは粘弾性体。過去および現在の氷床の増減は、地殻・マントルの上下動とバジル(縦方向の変動)として観察される。北半球を覆った大氷河の影響が、今でも、例えば北米では毎年10mm以上の隆起という形で残っている。これらも海水準に当然影響してくる。
- 第5章は「気候変動と地球の未来」。
- 80万年の地球環境変動が、ボーリングによる氷コアの分析で明らかになった。ここ40万年の、10万年周期の環境変化は、今、自然のままであれば、間氷期を過ぎて地球は寒冷に向かうところだと教える。だがその時点において、ヒトは人工の変動要因を環境に放った。かねがね170~280ppmであった二酸化炭素濃度は今は450ppmを突破、気温は0.8℃跳ね上がった。自然のリズムからかけ離れた不確実な気候変動が心配される。
- 北半球の大型氷床はすでに消えた。グリ−ンランド氷床と山岳氷床は、21世紀の温暖化によってもはや致命的に融解すると予想されており、残る大潜熱物質は南極の氷床のみで、これは未だ融解初期段階。関連する因子の多さと絡み合いの関数関係、ことに底面の観測の困難性と不確実性から、今日の大容量高速コンピュータをしても、各研究グループで一致した将来予想は出てこない。南極大陸をいかに細密に分割しても底面と底面下が不確実では、積算結果のゆらぎも大きいと言うこと。
- 2100年までの世界各国の研究グループの、南極氷床融解による海水準上昇の予想が9つ提示されている。中心値が10cmから50cm以上まで様々で、しかも可能性の幅が、例えば0.2~1.7mというように非常に大きいものもある。不確実性の最大要素は、人間活動に基づく環境変化シナリオのバラエティだ。温室効果ガス排出量最大見積もりでは、気温変化は4±1℃、最大限抑制したときは1±0.7℃。幅は気象モデルの相違。海水温度変化はそれぞれ3℃、0.7℃で相応の±がつく。
現在はまだゆっくりだが、2100年には海水準上昇速度は、主に底面融解で、今の40倍に上がる試算が出ている。ただし2100年では各要因の海水準上昇への寄与率は、現在とあまりかわらず南極氷床は14%だ。南極での加速の要因の1つは、内陸に向かって深くなる基盤地形のため、氷床の後退が止まらなくなる現象、2つは、棚氷がなくなって氷床の崖が海岸線にそそり立ち、それが次々と崩壊する現象だ。ちなみに棚氷は南極特有のものである。
2500年、温室効果ガス排出制御の結果がもろに出てくる。気ままに排出を続ければ、南極氷床融解により、海水準上昇は15mを超える、日本の平野はほぼ全滅し、西南極は消滅、南極半島は南極諸島になっている。
('22/3/9)