動物意識の誕生(その一)
- S. ギンズバーグ、E.ヤブロンカ著、鈴木大地訳:「動物意識の誕生 上/下〜生体システム理論と学習理論から説き明かす心の進化〜」、勁草書房('21)を読む。私の専門からは遠く外れた分野の専門書だ。上下併せて細かい活字の700ページほどの本である。謝辞に本書を仕上げるのに十数年を要したと書いてある。
- NHKのワイルドライフなどを見ていると、よく野獣の餌食になる動物が出てくる。食い殺されるとき、どんな感覚「痛い?」が走るのだろうと思う。飼い犬、飼い猫の人に対する反応は、我らの神経システムの延長上に彼らのそれがあるらしいとは思う。私は、よその飼い猫に何度か指をかまれている。喧嘩で負った(名誉の)負傷の傷口近くに、知らずに愛撫の手が伸びたとき、ちょっと強めに撫ですぎたときetc。が、哺乳類以外だったらどうなんだろう。
- 今猛威をふるう新型コロナウィルスにこころがあるはずはない。主観的に意識を体験する最初の動物はどれだ? それが特定できれば意識の探求に概念的・方法論的困難さが取り除かれそうだ。本書は最低限の動物意識を抑えて、そこからの進化論的研究で意識の発達を考えようとする。第T部(本書では上巻)は「理由づけと基礎づけ」、第U部は「心の進化に起こった、いくつもの重大移行」。
- 第T部の第5章「分布問題〜意識はどの動物に備わっているのか?〜」から読み出す。ワイルドライフもそうだがほかの自然番組でも、食う食われるの攻防は、視聴率を稼ぐのにいい題材になっている。タコの狡賢さは目立つ。軟体動物門の頭足類にはイカ、オウムガイ、アンモナイトなどがいて、みんなそうなのかと思ってしまう。肉食種が含まれる動物種は意識があると思えそうだ。魚類、鳥類。でも昆虫の捕食は?、本能とどう区分けするのか。
- 異なる分野の精鋭を集めた国際会議では議論百出だったが、「神経系を備えることが、意識への移行の前提条件だった」とすることは満場一致だったという。もう少数派になったが、その頃は言葉を話す人間だけが意識を備えているという主張は強力だった。一歩踏み込んで、それに類人猿を加える人もいたという。「意識とは何か」について、ヒトとの類比(アナロジー)から推論するのが進化論からの流れで、21世紀に至るまで大半の研究者が了承していた。
- 意識は新たな物事を経験から学習する能力を指す。だが一見因果関係の推論から来たような行動でも、結果からの学習という低次のプロセスであるものも多い。条件反射的に中枢神経をバイパスして反射行動が訓練結果として出てくることもある。ヒト以外の動物に、抽象的な関係性を知覚して推論する高次の柔軟な能力があるとは思えない。「ケンブリッジ宣言」もその流れの中にある。
- 21世紀に入ると、哺乳類や鳥類から離れ、もっと「下等」な脊椎動物、ひいては軟体動物や甲殻類などの無脊椎動物まで対象を広げるにつれ、類比による論証は説得力が弱くなっていくことを補強する諸説が出るようになった。まず言語能力のあるヒト(人工的な記号による意思疎通ができるボノボとかチンパンジーを含める)にのみ主観的体験を認めるという主張が出た。赤ちゃんは前言語期ゆえ意識感覚がない、恐怖体験すら覚えていない。だったら「人工中絶」さらに「間引き−子殺し」も犯罪ではないかも。魚や他の非ヒト脊椎動物の大半が、ヒトで痛みの経験を引き起こす大脳新皮質領域を欠いている。「ハンティングも魚釣りも動物虐待ではない」とする議論につながる。著者はこれを「心理学者の誤謬」とした。
- 「相同(ホモロジー)からの論証−哺乳類、鳥類、爬虫類」という項がある。映画に「ジュラシック・パーク」(1993)から始まるジュラシック・シリーズがある。ヒト同様の高度の思考能力のある恐竜が描かれている。一般的な進化系統図では、お魚から四足動物が分かれ、四足動物から両生類と有羊膜類が分かれる。有羊膜類から鳥類、爬虫類の先祖(恐竜)と哺乳類が別れる。神経、脳、発生、行動などの相同性が精微に比較された。
- 情動、感覚的快、睡眠、レム睡眠を系統図にあわせて比較した図が載っている。見事に一次意識(ヒトの意識から高階思考をのぞいたもの)が有羊膜類からであることを示す。恐竜が現代まで進化し続けていたら、あるいはジェラシック・パークの動物のようになっていたかもしれない。オームの精緻な行動はチンパンジーに匹敵できるほどという。数を数えたり、簡単な計算をしたり、カテゴリー化したり、推移的に推論したり。だから鳥類の意識は、哺乳類と独立に進化したとする説もある。
- 意識の基準は知覚と動作を統一的・統合的に表象する領域[ドメイン]であり、そこで情感(快や不快の感情)は刺激と動作を評価する「共通通貨」になっている。このHPの「食欲の科学」('13)、「なぜ皮膚はかゆくなるのか」('15)、「脳内麻薬」('15)、「脳・心・人工知能」('16)、「脳・心・人工知能」('16)、「神経とシナプシス」('16)、「つながる脳科学」('17)、「痛覚のふしぎ」('17)、「新しい人体の教科書(下)」('18)、「おいしさの科学」('18)、「サイコパス」('18)、「ゲノムが語る生命像(再読編)U」('19)などには「共通通貨」の化学物質ドーパミンなどが出てくる。
- ドーパミンが「共通通貨」の化学物質だというのは、私の推測で本書にそう書いてあるわけではない。ときには論文ごとに微妙に定義が異なる語彙の意味が把握しやすいのは、実験事実との対比による説明だが、やたらと哲学的抽象語、概念語が並ぶ割に、本書はそれを怠っている。下手に解説すると揚げ足を取られる心配があることは事実だが、難しい割に豊かな智の世界に触れたように感じないのはそのせいだろう。
- 神経のネットワークは高次のヒエラルキー構造を作っていると理解している。人になって高度に発達した新皮質は高度の意識に対応するだろう。だが主観的体験という基本的な意味での意識は、ヒエラルキーの下層、上位脳幹と称される神経系統としては古い部位(間脳、中脳、橋、延髄)で実行されるらしい。無能症の子ども、除脳実験動物では、大脳皮質がないのに情動反応がかなり正常に起こる。
- 魚類でも中脳の視蓋が中心的に意識感覚に働いている。哺乳類や鳥類の意識の指標とされる道具の使用などが見られる魚種がある。脊椎動物と何らの[脳領域の]相同姓も見られない無脊椎動物にも、意識を認めることができる種がある。捕食姓のハエトリグモは、ライオンの狩り行動によく似た、待ち伏せ行動がやってのける。タコは関わり対象を形、大きさ、強さから区別できる。学習能力、長期記憶能力も調べられている。色素細胞の変化によるカモフラージュ行動がある。彼らに、何らかの意識を推定するのは奇妙でない。
- ヤツメウナギなどの初期脊椎動物、そして節足動物や頭足類の一部の無脊椎動物が備える、三層か四層の神経階層として組織された感覚地図を通して世界や身体を表象する能力が、意識を体験する能力を指し示すとある。意識が現れる魚類、節足動物の発生は、ほぼすべてがカンブリア紀。この時期に動物大爆発があった。先カンブリア紀(エディアカラ紀6.35−5.42億年前)では数十数種しかなかった生物が、カンブリア紀(5.42−4.883億年)に入って、突如1万種もに爆発的に増加した。軟体動物では意識は遅れて2.5億年前からとしてある。
- カンブリア紀では「眼」を持つ生物が誕生したことによって(「古生代3億年史」('17)に「NHKスペシャル 生命大躍進 第1集「そして“目”が生まれた」('15)」を引用した眼の効用を説いている。)、食うか食われるかの食物連鎖の流れが加速し、その淘汰圧が生物の生態系を多様化したと承知している。この捕食攻防にまつわる連合学習が導く最低限の意識が、カンブリア爆発を起こしたと言い換えられる。
('22/2/3)