おとなの教養3
- 池上 彰:「おとなの教養3〜私たちは、どんな未来を生きるのか?〜」、NHK出版新書(2021)を読む。著者はNHK出身の幅の広い教養人として有名である。第1章「気候変動−地球はもう限界なのか?」、第2章「ウイルスと現代社会−人類は感染症を克服できるのか?」、第4章「米中新冷戦の正体−歴史は何度も繰り返すのか?」は随時参照することとして、第3章と第5章、第6章を読むことにした。
- 第3章は「データ経済とDX(デジタル・トランスフォーメーション)−生活や仕事はどう変わるのか?」。
- 平成元年('89)と平成31年('19)、つまり今の上皇が即位された年と退位された年での世界時価総額上位企業が比較してある。ご即位の時はなんと日本の金融機関がずらりとトップに並んでいた。ご退位のころは米中の巨大IT産業がほとんどになった。日本など1社もベストテンに入れなかった。42位のトヨタ自動車がトップ。今は「データの世紀」だ。
- GAFAが既成の産業に替わって、社会を動かそうとしている。民間TVの番組編成を見ると過去の作品の再放送や編集し直し番組をよく見る。私は時代劇が好きだが、最近の作品には落胆する場合が多い。役者の質の低下、粗末な時代考証、見応えしない言葉のやりとりだけの映像などいろいろ理由はある。結局、カネがかかっていないということだ。TV会社に広告料が入りにくくなった。インターネットを押さえた会社は利用者の行動、思想、好みなどあらゆる個人データを収集し、オーダーメイドの広告を利用者に送りつける。マス広告より効果的なことは誰の目にもはっきりしている。
- 新型コロナ騒動で我が国のDX後進性が暴露された。いくら中央がデジタルシステムを開発しても、個人の「自由」や地方自治体の「自由(遅れ)」に阻まれ、デジタル化の実効が上がらない。私が呆れたのは(「5月の概要(2021)その2」)、政府の接触確認アプリ「ココア(COVID-19)」で、陽性者登録が3%弱程度(「3月の概要(2021)」)のため、何の役にも立たないことだった。中国では接種修了者はアプリに自動的に登録される。10万円バラマキでも齟齬を来した。銀行口座がマイナンバーと繋がらないから、遅れた上たいそうな事務業務になった。
- GAFAは巨大な産業に膨張しつつあるが、ヒトを雇わないという深刻な問題を抱えている。今でも個人データにかなり踏み込まれているのに、国家権力とデータ産業が結びついたときの完璧な監視社会を想像すると怖気をふるう。それに最も近い国家が中国であることは間違いない。データの世界にはしっかりしたブレーキシステムが必要だ。欧州の個人データが基本的人権だとする政治思想は、その一つの方向である。
- 私は日本社会の進歩が遅れ気味なのに対して、以前から文系優先理系冷遇社会の欠点だと指摘した(「科学立国の危機」('05)、「理科系冷遇社会」('11)、「日本型モノづくりの敗北」('13)、「5月の概要(2021)その2」、「10月の概要(2021)」、「デジタルとAIの未来」('21)」。
- 新型コロナ騒動に対する政府の後手後手はその端的な現象だ。「データの世界」にいずれ転換するであろうことは、もし理系が政策決定者として対応していたのであったら、他の先進国なみに理解され対策が進められていたと思う。今の日本の政策当事者は専門家の意見を常に聞いているというだろう。だが決心に至るまでのまだろっこさ(特にパンデミックの場合)と方向の見えぬ曖昧さ(特に高度の先読みにたいし)が、大問題なのである。
- 第6章は「ポスト資本主義−なぜ格差や貧困はなくならないのか?」。
- 本書はT.ピケティ:「21世紀の資本」('14)を活用しながら、歯止め(共産主義進出の脅威)のなくなった資本主義の暴走をまず解説する。私もこの本には関心が深かった、「NHKパリ白熱教室 第4回「強まる資産集中〜所得データが語る格差の実態〜」」('15)で教授の講義も聴いた。ポスト資本主義は、低所得層への分配を強化せねば、自ら成長の芽を摘み取るジレンマに陥る。対策の一つは社会福祉厚生を手厚くする方向だ。
- コロナから九死一生の蘇生を遂げ、病院から戻ったら億単位の請求書が病院から来ていた。これはコロナ初期のアメリカの話で今は改善されていよう。オバマケアは我が国の国民保険制度に比べればずいぶん見劣りがするのに、難産だった。我が国の皆保険は先進的な制度である。デルタ株蔓延終息には大いに力を発揮したと思われる。だが収入格差拡大は増勢一方だ。
- 毎日新聞12/17の政治プレミアに「生活保護は権利」という稲葉剛氏の主張が出ていた。生活保護法はこれまた先進的制度である。ヨーロッパからベーシックインカムの実験が始まった。その精神の先取りだ。戦後まもなく始まり生活困窮者を救った。格差是正、分配是正に有力な武器になるには、保護ではなくベーシックインカムにならねばならぬと思う。生活保護制度の利用は伸び悩んだままであるという。公的保護に対する心理的ハードルが高いと新聞は書く。
- 厚労省は本来生活保護を必要とする人々のうち、現実には2割程度しか受けていないという。申請には、資産や収入、親族の有無など多くの条件をクリアせねばならない。路上生活者らがNPOのお助け弁当に群がっても、役所には足を運ばぬ運べぬと言うことか。ベーシックインカムの制度化には財源が必要になる。
- 一億総中流(池田内閣のころ)では、所得税+住民税が、高額所得者では93%だったとある。今は55%。累進課税の傾斜はもっと厳しくしてよい。利子に対する分離課税が一定なのもおかしな話で、資産家は銀行に貯めておけば実質55%以下の税で済む。資産課税は有力な格差解消法だ。シングルマザーの貧困率が約5割で、先進国で最も高いという。心配性の女性が結婚にも出産にもヘジテイトする理由になる。出生数の低下はわが民族の最大の問題なのだ。この貧困がさらなる格差に繋がり、今の資本主義を脅かす。高額納税を世間に顕示することを誇るような文化に持ってゆかねば、我らの明日がない。
- 第5章は「人種・LGBT差別−アイデンティティ政治とは何か?」。
- アメリカのBlack Lives Matter(黒人の命、大切)運動から説き起こしている。1年間の警官射殺人数は1000人だが、その内訳を人口割合で見ると黒人が異常に大きい。アメリカには、まずイギリスが植民地を造り、あと次々にヨーロッパから移民が押し寄せた。あとから来たものは、差別を受け、下級労働者階級からじわじわと這い上がるコースをたどった。白人種に含まれている移民は、それでも時代とともに融合共生するようになる。だが、黒人、アジア人、ヒスパニックには、将来とも、融合共生が不可能ではないかと思えるほど、共存平和の道が険しい。
- あと20年もすれば、白人は全人口の半分に下がる。白人優位体制維持に熱心なのは、働き口を非白人に取られやすい下層労働者層だという。南部の州には、憲法上は平等でも黒人の投票を妨げる仕掛けがたくさんあった。投票税(人頭税)、読み書き試験(例えば、州の最高裁判所の裁判官の全員の名前をフルネームで書け)、父祖条項(白人なら先の2つの条件は免除)。今でも共和党知事の州では平等でない。
- NHKの「なぜ群馬県には多くの外国人が暮らしているの?〜関東地方」を見ると、ブラジル日系人を主とする多様な外国人(人口の3%)が、双方の努力によって、共栄の道を探っているさまが判る。労働者不足で、募集により来日した人たちが主だから、アメリカの移民とは訳が違う面があるが、憲法で銃の所持が権利として認められている民間の武力を背景にする、アメリカ白人の人種地位凍結化への根強い願望は、アメリカ民主主義の一番の泣き所で、中国のアメリカ叩きのいい材料にされている。
- LGBTはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーつまり性的マイノリティを指す。アメリカでは派手な運動が行われているが、日本ではメディアの活動以外には私の目に入らない。時代劇ではときおり男色(なんしょく)が出てくる、女の同性愛は、鬼平犯科帳に1例(「はぐれ鳥」)あるだけで、ほとんどお目にかからない。だからゲイは認識されていたが、レスビアンはそうではなかったらしい。私はそろりそろりと、LGBT差別問題が世界の大勢に互して訂正されてゆくのでよいと思っている。
- イデオロギー対立からアイデンティティ対立へという節がある。歴史をよく言い表している言葉だ。我が国でアイデンティティ対立が起こるとすれば、在日朝鮮民族からだろうが、彼らはもう100年からの歴史で日本に根付いてしまったし、民族闘争を挑まねばならぬほどに格差がついているように思わないが、いかが。
('21/12/19)