デジタルとAIの未来
- オードリー・タン(唐鳳):「デジタルとAIの未来を語る」、プレジデント社('21)を読む。著者はプログラミング言語や人工知能の開発で世界的に著名。新聞記事程度の予備知識しかなかったが、台湾が新型コロナ遭遇した時に総指揮に当たった副総統が疫学研究者出身で、我が国にも氏ほどの専門知識を持ったリーダーがパンデミックに立ち向かっていたならと、常々思っていた。オードリー・タン氏は台湾デジタル担当政務委員(閣僚)で、台湾の行政のデジタル化や、その一環としての新型コロナ感染防止策に貢献している。序章には政権内に多くの専門家を抱えていることを述べている。
- 我が国の内閣を見ると、新型コロナ問題の前大臣:田村厚生労働大臣、西村経済再生担当大臣、河野ワクチン担当大臣いずれも文系、新大臣は西村氏後任の山際大志郎氏が獣医であるのをのぞいてやはり文系で占めている。初代、現デジタル大臣とも文系。パンデミックはいつどんな形で現れるか判らない。天災もあれば人災もある。瞬発的に政権内で一応の対応が取れる体制を持つには、常時トップに専門家を持っている必要がある。
- 著者はグローバル思想家だそうだ。章立てを見ると技術の内容よりも、その社会的政治的影響力に配慮した記述のように見える。終章が「日本へのメッセージ−日本と台湾の未来のために」という題になっている。そこから読み始めた。来日経験と日本の親台について述べている。親台を「災害共通」性から説いている。中国大陸側の「歴史」からの位置付けではないのがよい。台風はその通り。地震は、ともにフィリッピン海プレートとユーラシアプレートとの境界線上にあるおかげで、毎度がたがた揺すぶられている点では共通している。それと書いてはないもう一つ。どちらも強制力を発揮せずに、民主主義を維持しつつ、コロナの押さえ込みに成功したこと。
- 日本の「RESAS」(地域経済分析システム)をほめてある。デジタル化成功の鍵は、デジタルネイティブ世代が握っている。ただ日本の若者の発言は弱く積極性に欠ける。今日本では、子どもに関わる政策を一元的に担う「こども庁」創設に向けて有識者会議が動いている。縦割りをやめ、こども基本法を作ろうという。こどもと親権者ががんがん運動してこの機運が出ているのではなく、国際条約「こどもの権利条約」からの発想だ。確かに、こどもも若者も受け身的で、誰かがやってくれるのを待つ姿勢ではいかがなものか。
- 第1章は「AIが開く新しい社会−デジタルを活用してより良い人間社会を作る」。単純労働から順に、ヒトはAIに仕事を奪われるのではないかという疑念は、今や人類最大の関心事である。「ポスト資本主義」('21)でも、科学技術の進歩が落とす影の解析に多くのページを割いていた。「サイエンス・ネクスト」('18)、「ホモ・デウス(第3部)」('18)、「AIは神にはなれない」('18)などでも論じている。著者はAIはあくまでも人間を補助するツールである、AIに人間が使われるなどという考えは杞憂だという。
- AIの創造力、結論までのプロセスが明らかでないディープラーニング。いずれも否定しない。しかし人間にしかできない仕事がある、あるいは作れる。相手を蹴飛ばすための市場の原理では共生できないが、任せられるところは任せて、公共の利益を達成する方向を模索しよう。AIは人類が進みたい方向を問いかけていると思いたい。AIを使える人たち−若者−だけの道具とすると破綻が来る。若者が知らぬ世界、例えば高齢者例えば認知症患者例えば少数民族などを包み込む共生の世界が、デジタル社会の発展につながる。
- 第2章は「公益の実現を目指して−私を作ってきたもの」で、筆者の成長過程を題材にデジタル空間に対する哲学を披瀝する。第3章は「デジタル民主主義−国と国民が双方向で議論できる環境を整える」。第4章は「ソーシャル・イノベーション−一人も置き去りにしない社会改革を実現する」。両章は前章からの国家レベルの議論への展開。各節の題目は耳に優しい。気に入ったものを以下に列挙しておこう。
- 自分が何をしたいかでなく、人々が何を望んでいるかを考える。"For the people"から"With the people"へ。台湾の国際貢献と「新台湾人」の基礎を作った李登輝氏(ref.「台湾の主張」('99))。デジタル技術を活用して、複数の部会にまたがる問題を解決する。インターネットは少数者の声をすくい上げる重要なツール。見えにくい問題を顕在化し、解決に導くために創設したPDIS(代表制民主主義では落ちこぼれる小さい声をすくい上げる制度)とPO(開放政府連絡人−独立性の高い部会のスポークスマンで透明性を高める)。
- 話を傾聴して共通の価値観や解決策を見いだしてゆく。境界を取り払うことから始まるオープン・ガバメント。マイノリティに属しているからこそ、提案できることがある。AIを使った社会問題の解決を競う「総統杯ハッカソン」。人間社会を良くする「補助的知能」としてAIを活用する。インクルージョンや寛容の精神は、イノベーションの基礎になる。三つのキーワード「持続可能な発展」「イノベーション」「インクルージョン」。未来をモデル化し、複数の方式を試行する。イノベーションを進めるほど、仕事はクリエイティブになる。
- 第5章は「プログラミング思考−デジタル時代に役立つ「素養」を身につける」。都市と地方との教育格差を是正する「デジタル学習パートナー」。オンライン授業の利便性と可能性。大切なのは、子どもの関心がどこにあるかを大人が理解すること。デジタルに関する「スキル」よりも「素養」を重視する。デジタル社会で求められる三つの要素−「自発性」「相互理解」「共好(価値観の異なるヒトの中で、皆が受け入れることのできる価値観を、どうやって見つけ出せるのかを考えながら共同で作業する)」。
- スマホで使える辞典作りから始まった「萌典(オンラインの中国語辞典:客家(広東省北部の漢民族の一種族)語、台湾語、ドイツ語、フランス語、英語にも対応、オープンソース方式故アミ語にも対応できるようになった。日本語はオープンソースがないのでできていない。)」プロジェクト。STE(Engineering)A(Art)M(Mathematics)+D(Design)教育の根幹となるサイエンス(S)とテクノロジー(T)。科学技術では解決できない問題に対処するために美意識を養う。普遍的価値を見つけるために異なる考え方をする人たちと交わる。
('21/11/22)