ストリーキングをやれ


NHKで京大の卒業式を見た。羽目を外す学生に焦点を当てた映像である。動物のぬいぐるみがいる。えらく太っちょの舞妓がいる。壇上に上った一群の学生の中に花嫁衣装の男が駆け込む。式典の最中なのである。
毎年のようにこんなシーンが繰り広げられるそうだ。昨年の卒業式で学長が、自分自身の式典例えば結婚式でやれる人はやりなさい、それが出来ない人はやめなさいと訓示したという記事を見ていたので、今年に注目していたのである。風変わりな結婚式は色々あるが、騒ぐのは周囲で、当事者は厳粛に式典を挙行するのが普通である。卒業式の卒業生は当事者のはずで、その他の正装した学生たちの仏頂面とパーホーマンス組の笑顔とは好対照であった。
式典が終了した瞬間、帽子を力一杯放り上げる。これは防衛大学校の卒業式の伝統のようだ。卒業したときの開放感は格別である。何かのパーホーマンスに走りたい気持ちはよく分かる。だが、式典で卒業証書を授与されるまでは卒業していない。式典中のパーホーマンスは、開放の予感で涎だらだら、目尻下げっぱなしと言った印象で、まことに下品である。防衛大学校のようにけじめを付けてやるべきである。
パーホーマンスもちとダサイ。同じやるなら壇上を一直線にストリーキングしたらどうだろう。これならたとえ式典に対する考え方が私のようなものにも、確実受けるだろう。現在でも全裸で人前を駆けるにはかなりの勇気がいる、だから見る人にはすがすがしいと思うのである。私は一度愛媛の桜三里でストリーキングを見ている。自動車ばかりのところで走っても、話題にさえならないと言う印象だった。卒業式なら絶好の舞台である。
私が昨年まで奉職した高専など穏やかな卒業式であった。せいぜい証書をもらった学生が、校長に握手を求めるぐらいのものだった。学生が騒ぐのは学科別の祝賀会とか謝恩会に入ってからだった。それも至極あっさりしたもので、毒々しい雰囲気になったことは一度もない。
京大三回生の時に、卒業生を送るパーティで何か隠し芸をやることとなって、全員で盆踊りをやったことがある。男子ばかりの学科だったので、半分が女装することとなり、自宅から通っているものがやらされた。私もその一人であった。どう考えても醜悪であった。先輩がこんなだったから女装に文句は言えぬが、羽目を外して良い場面とそうでない場面の区別は我々の時代では付けていた。女装も女子学生が半分以上を占めてくれれば、無くなるのではないか。高専の私のおった学科は6割が女子学生であった。

('98/03/29)