テルマエ・ロマエ その一
- テルマエ・ロマエとは「ローマの浴場」という意味だそうだ。Thermae Romaeと綴る。ラテン語のようだ。たまたまTVの「徹子の部屋」にチャンネルを回したら、ヤマザキマリが出演していて、彼女のこの漫画はたいそう評判を取った作品だったと知った。で、ヤマザキマリ:「テルマエ・ロマエT〜Y」、(株)エンターブレイン、'09~'13を千葉市図書館から借り出して読んだ。
- 第1話は紀元128年のローマとある。題名がラテン語になるはずだ。いきなりローマ帝国の公衆浴場と現代日本の銭湯を主人公ルシウスが往復する。時空のトンネルをワープするのだ。ルシウスはどうも公衆浴場の若い設計屋らしい。奇想天外の設定だ。128年とはハドリアヌス帝在世の時代だ。このHPに「賢帝ハドリアヌス&アントニヌス・ピウス」('06)があり、塩野七生の名著「ローマ人の物語\」を紹介している。そこには皇帝が、市民に民主的性格をアピールする手段に、裸の付き合いの大浴場を活用したエピソードを紹介してある。
- ワープという発想はあちこちの作品に出ているのだろうが、私は「宇宙戦艦ヤマト」以来である。「宇宙戦艦ヤマト」でのワープは、星から星へ空間を超光速移動するといった想定だったと思うが、「テルマエ・ロマエ」では、時間も空間も飛び越す超ワープである。ワープ以外の言葉の方がいいのかもしれない。ヤマザキマリはワープなんて言葉を使っていないし、この観念に対して特別の言葉を与えていない。念のため。
- 第2話から第5話まででは、ルシウスは課題に行き詰まると、都合よく偶発的に、彼の意志とは無関係にワープが起こって、日本の銭湯にあるいは温泉に飛び、解決の糸口を見いだす。イタリアは地中海火山地帯にあり、地熱による温泉はあちこちに見られよう。大勢で共同風呂を楽しむ風習もあった。だから日本人と通じるところがあったはずだ。作者はうまいところに目をつけた。
- ローマの浴場遺跡は世界に冠たるものである。でもローマ時代にあれほど普及していた公共浴場が、キリスト教国化してからはさっぱり見られぬようになった。水道、燃料の経費が膨大なのと、キリスト教の禁欲宗旨が理由だ。復活するのは産業革命以後という。今でもイタリアではバスタブのある家庭はほとんどないそうだ。ホテルの高級ホテル以外はシャワーだけだそうだ。
- ハドリアヌス帝に見いだされて帝の個人浴場を設計するとき、東京新宿のスパの個室に迷い込み、ウォッシュレットを知り、それを帝の浴室に応用したら帝がいたく気に入って、ルシウスは帝のイスラエル遠征に同行させられることになった。イスラエル遠征は紀元134年。ルシウスは兵士のために地熱小屋(オンドル小屋)の湯治場を設ける。刀傷槍傷を治療し、温泉湯を胃腸の調整に役立てる。作者が見たヨーロッパの便所事情が出てくる。ウォッシュレットになれた日本人には、欧米の便所は不潔感が否めない。私はクルーズ船が好きだ。でも外国船はウォッシュレットでないのがほとんどで、躊躇の末やめた旅が何回かあった。
- ルシウスはローマに帰ってきた。家には妻からの、長い留守への報いの離縁状が置かれていた。第6話では復縁のための最大の武器、夜の営みを直す秘法が出てくる。ワープで知るのは金精神社のご神体。群馬・栃木の県境である金精峠の頂上にある。金精とは男根のこととは知らなかった。Wikipediaには道鏡の男根に由来するとあった。作者は敗戦後男根信仰は下火になったが、古来からの伝統文化として今日まで生き続けてきたという。新日本風土記で、金華島のニホンザルのボスザルが3年交替になる理由に、大勢のメスとの営みが心理的にできなくなる(飽いてくる?)ことをあげていた。金華山のボスには男根信仰がかけているための応報だろうか?。
- 第7話にはイタリアから大勢のおばさんが来日し、彼女らを温泉に案内したエピソードが面白い。最後に全員どこにもいないので探したら、「殿方」浴室で大騒ぎをしていたと言うから、何も知らぬ外人Gのツアーコンダクターは大変だ。私も一度だけ中欧の温泉にグループで連れて行ってもらったことがある。日本人は、郷に入れば郷に従えが徹底しているから、引率ガイドさんは楽だったろうが、それでも番台でツアーの荷物を盗難から守るために、気が休まらなかったと言った。
- 第8話では、世界最大の公共浴場を建設する命令を受けたルシウスが、ワニ温泉にワープし、ナイルワニとバナナを経験する。この情報はめっきり病弱になった皇帝を励ますネタになる。帝の別荘遺跡には、エジプト風の池がありワニの彫刻が並んでいるそうだ。私は日本にワニ温泉がある(別府、熱川)ことなど知らなかった。ローマの入浴事情のアナロジーに日本はほんとに好適な国らしい。
- 新大浴場は次期皇帝最有力候補アエリウス・カエサルの人気取りが目的だった。ワープでルシウスは温泉スライダー施設(札幌、箱根にあるらしい)へワープする。ローマ帝国は繁栄絶頂期となり子供人口が増大していた。温泉滑り台で子供も満足できる浴場設備へと開眼する。これが第9話。第10話は、個人経営浴場の生き残り戦術(スタンプ・ラリー)をまたまたワープで日本で教わる物語。2世紀のローマ市には11の公共浴場(無料)と1000の個人経営浴場(有料)があった。個人経営は水道料、奴隷雇用、燃料代と維持費が大変だったらしい。
- 第11-13話までは、元老院の寵愛技師ルシウスの抹殺計画とは知らずに、帝の偽命令を信じて、山賊が屯するヴェスビオス火山の裏手まで出かけ、暗殺計画者までが喜ぶ温泉街を作る話。山賊慰撫策にもなる。個人経営の救済策でもある。例によってワープで実体験するのは、日本の温泉歓楽街。射的に温泉まんじゅう、貝細工のお土産。何でも真似の対象。
- アエリウス・カエサルは、蒲柳の質とまでは行かないが、健康溌剌ではなかった。属州パンノミア(今のハンガリーを中心とした中欧地帯)の総督で赴任しているが、ローマの風呂が恋しい。工事現場で材木をぶつけられてワープしたルシウスは、日本の片田舎の木製の風呂桶に遭遇する。湯は簡易ボイラーでわかす。ローマの石造りの風呂をパンノミアに送るのは、あまりにもたいそうだと思っていた彼は、ハタと手を打って、この風呂桶を送ることにした。ローマでは給水管に銅パイプを用いている。銅パイプが当時あったとは信じられなかった。これが第14話。
- 第15-17話には解放奴隷の成金が現れる。彼には伝統のローマ市民文化も、ましてや貴族趣味的な高雅な精神文化も持ち合わせない。その彼が金キラキンの歓楽温泉をお金に飽かせて作ろうとする。皇帝お抱えのルシウスに設計を依頼するため、ルシウスの知人に義理と銭責めで仲介させる。ワープ先は月見温泉旅館。ここも下世話風のモダンでゴーシャスが売り物となる大改装の最中である。今の経営者は、過去のこの温泉の自然と調和した風情など知ったことかという勢いだ。
- ローマに戻ったルシウスが作った浴場は、当たり前の地味な浴室だが、扉を開けると、池の畔に、弓を持った月の女神ディアナが、水面に映る月影を眺めている、足を入れている浴槽が金無垢というものだった。その浴槽の壁面にはワープで見た金閣が、浮き彫りにしてあるというおまけ付きであった。
('21/9/18)