人間の由来 U部(その2)の3
- 第9章は「野生チンパンジーの社会」。第10章は「開放された性」。チンパンジー属だけは2種いる。第9章がナミチンパンジー(以下ナミ、コモンチンパンジーとも言う、チンパンジーとだけ言えばこちらを指す)、第10章がピグミーチンパンジー(以下ピグミー、ボノボとも言う)を主として取り上げている。ピグミーはもっとも人類に近い形態を持ち、しばしば二足直立歩行をする。
- ピグミー(コビトの意)と言ってもナミの85%ほどの体重比。アウストラロピテクスという絶滅化石人種と骨格が驚くほど似ているという。Wikipediaには「 アフリカで生まれた初期の人類であり、約400万年前〜約200万年前に生存していたとされる、いわゆる華奢型の猿人である。」とあり、「身長は120〜140cmくらいで、脳容積は現生人類の約35%の500ミリリットル程度であり、チンパンジーとほとんど変わらない」としている。
- 霊長類研究所('67年、犬山)のナミ:アイやアユムの驚くべき知能水準は、かってはしばしば新聞紙面を賑わせた。ピグミーは、日本では野生動物研究センター('08年、熊本)で非公開で飼育されている。その知能の高さもよく知られている。そのピグミーの特徴を示すようなまとまった映像は、ほとんど公開されていないが、ナミの生態行動の動画は、何度も眼にしている。
- 最近では、NHK BSPで「ワイルドライフ シリーズ DYNASTIES▽チンパンジー 王座の復活劇」があった。リーダー雄が、ある日群れの周辺雄たちの反乱攻撃により敗れ、瀕死の状態になる。リーダーが交代、旧リーダーは置き去りにされた。そのときの、今まで睦み合ってきた雌や唯一の味方であった老雄の、名残惜しそうな姿が印象的であった。だがその後、驚きの復活劇が起こるという内容だった。
- ナミの生態に対しての研究は、伊谷純一郎('60年)から西田が、ピグミーの生態に対しては、西田('72年)から始まった加納チームが、継続研究によって世界の先鞭になる優れた成果を上げた。ナミのオイキアの社会構造もピグミーのそれも複雄型である。だがピグミーは70-150頭の大集団を形成できる。彼らの凝集性の高さを示す。ナミは離合集散性が強く、20-100頭だ。ナミ、ピグミーとも雌離脱型の社会だ。ナミの雌雄比は、それにもかかわらず、雌が雄の数倍という。ピグミーではほぼ1:1。
- ナミでは子殺し(赤ん坊食いすら観察されている)があり、殺されるのはほとんどが雄の子。おとなになってからは隣群との戦いによって、雄の戦傷者や戦死者が出る。上記NHK「ワイルドライフ」の通り、ナミの攻撃性、残忍性、執拗性は特記すべきものらしい。それとは対称的に、ピグミー社会には子殺しはないし、隣群とは比較的仲が良く、たまにしか争うことがないから戦傷者が出ることはないとある。それになぜか幼児死亡率が低い。
- この2種のチンパンジーには交尾期がない。だがナミの発情は排卵によって規定されている。しかしピグミーは、ことに未経産の若雌は、常時発情していて激しく交尾を繰り返すが妊娠しない。赤子を抱いていて授乳している期間でも発情する。その期間での交尾は妊娠に結びつかない。性がヒト同様に繁殖の枠組みを突破している。ピグミーは性周期までヒトと変わらない。
- 性が交換対価に使われる。ピグミーの雌は、たとえば雄のもつ食べ物の対価に性を供与する。売春の始まりといった学者もいるそうだが、行為を対価にできるという発見は、価値という抽象概念の発見であり、ヒト社会における貨幣の流通を見るまでもなく、社会組織に対しては革命的発見であると思う。繁殖以外の目的を持った性の利用は、異性間だけではなく、同性間でも、子どもとおとなの間でも活用される。
- 雌と雌の間では外部性器のこすりあい、雄と雄の間ではマウンティングや尻つけ行動、幼児の雄は1歳でも雌を見ると見境無く交尾にかかる。雌は性器が蕾の幼児段階では、さすがにその行動はないが、9-12歳にもなると性器が成熟し、交尾を受け入れる。受胎可能年齢はその2-3年後という。このような繁殖を目的としない性行動は、攻撃性を緩和する疑似性行動であるとされている。同性間で弱い方の立場を取る(マウンティングなら下の位置)のは、順位が上である個体であることが多いというのも注目に値する。息子は母親べったりの状況が続く。雌は社交的で仲がいい。それは対雄における団結に繋がる。高等類人猿では腕力だけが順位ではない。それに性的二型と言ってもピグミーではそれほどでもない。順位は雌の方が上といった雰囲気があるという。
- 人間社会には同性愛(婚)がときおり話題になる。男性同性愛は、歴史に出ている。江戸期は、男色、衆道、陰間などの呼び名が残されている半ば公然の存在だった。女性同性愛は、表に出ない存在だったのか、文学にも出てこないようだ。だが時代劇に1度だけ見たことがある。鬼平犯科帳の「はぐれ鳥」に茶屋の女を買う男女が出てくる。客演の毬谷友子がいい出来だった。性の交渉を暗示する言葉のやりとりがあった。ピグミーとの差は白昼堂々好きなとき好きにというのではない点だけだ。
- オイキア間には親疎関係にかなりのばらつきがある。だがもっとも緊張度が高くなる採食空間でも争いもなく共存できる。親和的な関係を持てる相手があると言うことは、コミュニティを形成する前段階の状態だろう。家族の起源に関して、ナミよりはピグミーの方が一歩前進している。共に父系社会だが、ナミには、激烈な攻撃性から来る、オイキアの消滅まで戦うオイキア抗争が、家族の形成の障害と感じられる。
- 日本の夜這いは、昭和30年頃まで、農漁村に根強く生きた風習だった。性を仲立ちに集落の共生を図るという点では、乱交のピグミー社会に似ている。子供が出来たら誰を父親とするか。それには決まり事があったという。父親の出番は、家族制度が確立してからのものだ。ピグミーには、リーダー雄はあっても、父親というものに意味はない。ピグミー社会では育児は母親の専業だが、母親はゆとりある開放的姿勢を持っていて、ナミでもそうだが、若雄などの子守行動に拒絶反応を示さない。
- 第11章は「霊長類の社会構造の進化」。私は、フィリッピンのボホール島でターシャというメガネザルを見たことがある(「フィリッピン民族の祭典」('19))。小さな原猿で、夜行性であるのと、取り巻く見物人に対する恐怖心からだろう、ピクとも動かなかった。群れを作らない単独生活者のようだった。野生の状態で原猿を見るのは初めてで、短い時間の見学だったが印象深かった。
- この単独生活型から真猿さらには類人猿のヒトに近い社会に至る系譜が、夜行性か昼行性か、その中間かという生活形という因子、性的二型か否かの体型の因子、樹上か地上かの生活環境という因子、肉食、果実食、葉食、雑食の違い、種そのものの闘争性、親和性の差などが折り重なって、なわばり制とか順位制が入り込み、種の社会型を決めて行く。進化の迷路に迷い込んだり、祖先帰りがあったりで、必ずしも、ヒトの社会へ、進化系統図と平行して、社会構造が変化して行くのではないことが示されていて面白い章になっている。
- 少なくとも真猿にもなれば、母系社会は自然である。産み育てて雌集団が出来るのは自然の流れといえそうだから。父系は雌を取り入れるまでは当然出来るが、雄を持続性のある集団に組み込むことは、数々の障壁を乗り越えねばならない。オランウータンが今日の単独生活型へ舞い戻った変遷経路は、双系複雄群(例:アカコロブス)から父系複雄群(例:チンパンジー)、父系重層社会(例:マントヒヒ)、父系単雄群(例:ゴリラ)を経由するように描かれている。正に迷走だ。
- 東南アジアに広く分布し半樹上半地上の猿だったのが、肉塊としては大きく、しかもトラほどには怖くないからだろう、原初人の手頃な狩猟対象になり、生存範囲を狭められた上、樹上の単独生活者に追い込まれたと見てよいらしい。アジア(オリエンタル)クルーズでは、OPにジャングル探検のツアーがあって、運が良ければオランウータンに会えますとか言う冗談交じりのうたい文句が、解説に入っていたような気がする。行かなかった。
- 最終章の第12章は「人類家族の生成へ」。サバンナに降り立った人猿は、手の指を自由に使えるようになった(マニピュレ−ション)。樹上生活時代と異なり、サバンナでは大型肉食獣と戦わねばならない。チンパンジーになると石や棒きれを威嚇に使うようになるが、それらを武器にすることが出来たのは人猿である。これでハイエナぐらいなら中、小集団でも太刀打ちできるようになった、夜間の猛獣防御には大集団が有利だ。一方サバンナでは樹上生活の時ほどは採食対象が豊かではなく、しかも乾季雨季の季節変動がある。条件に合わせて小集団、中集団、大集団と分散集合をフレキシブルに可能にするのが、人猿であった。
- 襲われる可能性と共に肉食の機会が増えた。動物性タンパク質の摂取が、人体の改善に繋がって行く。狩猟採集民サン族では、肉食の割合が20%以下という。だがそれは砂漠に追いやられた結果で、人猿が降りてきた頃のサバンナは動物で溢れていたから、もっともっと肉食の比率は高められたはずである。武器の使用が、タンパク源として画期的な大型、中型の哺乳類の狩猟を可能にした。
- 狩猟の担当は雄。チンパンジーの狩猟でも数頭が同期して行うことがあるが、協同作業にはなっていないときと、なっているときがあるという。カルチュラルな行為の発芽だ。人類は協同狩猟を発展させた。参加する雄が複数化する。複数の原初家族に協同関係が成立する。家族間に分配の約束事ができる。分配は交換を生じる。代償とか制裁といった約束事も生まれよう。この約束事がコミュニティに定着する。それは制度であって、猿社会ではまったく見られない。
- 雄は武器を振り回さねばならない。参加者で獲物を分配した後、原初家族の所へ持ち帰り、雌や子どもにさらに分配せねばならない。正に父性の発揮であり、自由な手のある直立二足歩行と、コミュニケーションのための言語の発達が進む。インセストは原初家族間の協業の強化のために、外婚制が制度化され、それが霊長類社会での普遍的現象に乗っかって、タブーとして制度化されたと著者は見ている。
- 現代の狩猟採集民の社会システムの根幹はどの民族でも、平等・対等である。そこには個体関係にピグミー社会のように順位制が消えている。原初家族が、この原則に則して成立しているとすれば、父系社会の中に母系的血縁制を織り込んだ社会が、家族を誕生させる社会的原器であると著者は言う。平等原則は、性に社会的調整機能と快楽機能を持たせることで、順位と血縁だけによる秩序系を攪乱させることにより創生された。
- 母系複雄群から母系家族が生まれないかという問題が残る。現在の類人猿にはその系列はない。しかしあるいは滅びた類人猿に、その系列があったかもしれない。ゲダラヒヒ社会が母型重層社会を実現している以上、その可能性は捨てられない。
('21/7/14)