人間の由来 U部(その2)の2
- 「人間の由来 U部(その2)の1」は第4章までであった。一つ飛ばして第6章は「母系社会と父系社会への道」。まず母系社会の典型としてニホンザルが出てくる。ニホンザルは、霊長類学を発展させた、もっともよく研究されているサルの一種である。本HPにも再々引用されている。「家族進化論」('16)、「虫とゴリラ」('20)。本シリーズ先行の「人間の由来 T部 その2」('21)、「人間の由来 U部(その1)」('21)にも多く参照されている。次ぎに紹介されるのが、準父系的なアカコロブスの社会である。父系社会への道を拓くシステムとして注目される。ニホンザルもアカコロブスも複雄群が基本の群れである。
- ニホンザルは雄が離脱する同心円的社会構造を造る。中心にリーダー雄と雌と子どもたち、それを取り巻く周縁部は若い雄。雄の子どもは青年期に入ると周縁部へ移りさらに5-6歳になると、群れから離脱してヒトリザルになる。ヒトリザルは出自群以外の群れに接近し移入しようとする。インセンスト防止上も望ましい対処だ。交尾最優先者の群れのリーダーも他の群れの出身なのだ。群れが分裂したときも、血縁の雄雌が互いに別の群れに入った。
- 社会秩序を保つ機能として、血縁制と順位制(リーダー制)が認めらっる。雌は成長しても群れに留まり、血縁の家系集団をつくる。家系集団にも順位があるが、家系間の拮抗性は強くなく、雄なしでも群れが崩壊しないことが観察される。リーダー雄が雌を独占するのではなく、順位に応じてサブリーダー、ナミ(並み)オスも性交渉をもつ。リーダー雄には紛争への介入行為が認められる。それも弱きを助け強きをくじく、侠客の理想のような面があって、ヒト化への道からも注目される。
- アカコロブスには単雄群も存在する。群れにはなわばり制がない。群れには順位制があるが、互いに拮抗的。だが喧嘩するのは雄だけ。彼らには群れの中の順位制がある。雄は一般的には少年期に群れを離脱するが、雌の数に余裕があれば群れに残り、おとな雄にまで成長する。対外防衛に協力し合って父系的雰囲気をつくる。雌の移出入が見られるというのも準父系的である。移出は他の群れへの移籍だ。ヒトリザルにはならない。雌による殺猿事件とか単雄群社会の子殺し観察とかもある。アカコロブスのグループごとに異なる行為には、種の遺伝的特性ではなく、社会的習慣としての伝承を思わせる地域の文化的差異として見るべきものがある。
- 第6章「母系社会と父系社会への道」は「人間の由来 U部(その2)の1」に先に紹介した。第7章は「母系社会の家族像」。ゲラダヒヒの家族類似大集団の追跡写真が巻頭に載っている。ヒヒはニホンザルと同じオナガザル科だ。3の「母系重層社会からヒトの家族へ」に、現在の狩猟採集民サン族の社会構造と彼らとの相似性が述べられている。サン社会には家族があり、クラスターがあり、その上にキャンプという重層構造が、ゲラダヒヒのユニット、チーム、バンドの重層構造に酷似する。
- 巻頭の写真には、バンドが合流したマルチ・バンドが見られる。大きな群れを運営する社会調整手段として、音声言語が発達している。6種の音声を連携して30種の意味に使っている。懇願、なだめ、連れ戻し、安心付与、慰撫、統制などの目的に、主にリーダー雄が使い分ける。雌の使う言語の種類はそう多くはない。ジェンダー差である。
- 彼らにはなわばり制がない。その基礎に平和平等対等開放主義がある。徹底した草食だ。草は広く十分に分布している。マルチ・バンドのあり方とマッチしている。そのユニットはワンメイルつまり雄一頭に雌多数だ。あぶれた雄は雄グル−プに入るか、フリーランスになる。でもどれかのバンドに属するから、ヒトリザルを生じない。ユニットでは雌30頭以上では統合の限界を超えるとある。雌の血縁によって成立した母系集団であり、リーダー雄は入り婿だ。
- リーダー雄はアルファ雌と強い親和関係を持つ。彼女が第一夫人で、雌グループの統合に大きな力を持っている。ユニットにセカンド雄、サード雄がいるときがある。セカンド雄はリーダー雄に服従しユニット防衛に協力する。父親(リーダー雄)代わりの小父さんになって、子どもの面倒を見る。そしてベータ雌をあてがわれる。雄グループはリーダーの地位を虎視眈々と狙っている。戦いに敗れたリーダーを、新リーダーはセカンド雄として迎えると言うから驚く。
- リーダー雄の交代は4−5年で行われる。雌にとって次のリーダーとの性交渉は地位確立に重要だ。妊娠雌の流死産という大きな損失が起こる。注目すべきは、性周期を心的作用によってコントロールするまでになったかだ。ヒトでは性行動がホルモン系支配から、大脳支配に移行し、性周期のない動物になった。インセストは青年期になるとユニットを離れるという方法で避けられている。
- 第5章は「ゴリラの社会に家族の起源を探る」。今西錦司はゴリラの一夫多妻型の集団をファミロイド(類家族)と名付け、家族の一歩手前にある社会形態だと考えた。伊谷純一郎は父系社会の系譜の中にゴリラ社会を当てはめている。リーダー雄と子どもの強い結びつきは特筆すべきものである。「多妻」の雌の間では血縁の雌たちには強い絆が認められるが、血縁関係のない雌どうしは反目しあっている。日頃はリーダー雄の統御の下で、順位制が守られるが、隠れた場所とか異常事態になるといじめ喧嘩などしょっちゅうだ。
- 雌を巡るリーダー雄とヒトリゴリラの闘争は熾烈だ。ヒトリゴリラは、群れの子ども雄が青年期に入り、シルバーバックに成長した段階で、リーダー雄に追い出される形で出てくる。追い出されてもしばらくは周辺での行動が許される。それが他の群れに遭遇したときに、そこの雌を狙って悶着が始まるというのが典型的な姿らしい。
- 雄グループには同性愛行動が山極寿一に観察された。雄の生得的な強い攻撃性を、ホモ行動に昇華させて、雄グループの疑似群れとしての安定化に寄与している風に見える。雄グループは群れに対して襲撃を加えない。種の保存発展に有害な性質を排除しているかのようだ。人間社会のホモの起源として興味深かった。ただ雌のホモの観察はないようだ。
- 群れと群れが激烈に戦うときがある。実際は、相手の雌を奪おうとする、リーダー雄どうしの戦闘だ。シルバーバックの遺骨には7〜8割に大怪我があるという。群れにヒトリゴリラが仕掛ける闘争もある。雌の移籍はこんな機会に多い。だが移籍には雌の自発性が伺える。ゴリラほどになると、感情のレベルは高い。相性とか居心地が判断基準にある。だが雌の群れへの帰属性は強く、ヒトリゴリラになる雌は皆無だ。
- 平和な森の隠者の印象があったゴリラ社会に子殺しがある。争乱異常期に起こる。著者は雄の過剰な攻撃性による代償攻撃だとしている。赤ん坊の6割が子殺しで死ぬというデータがある。共食いの例も発見されている。憎しみの果てにという推量は、人間社会に近い存在と思わせる。リーダー死亡喪失で群れが解散する。かっての父長時代の我らの社会を彷彿とさせる。
- 上記の戦闘的に暮らす地域とは別に、ゴリラが温和で友好的で、群れの対立がほとんど無い地域がある。個体の離脱が少ない、順位関係はある複雄型だ。雄には父と息子といった血縁関係が多い。父は老いて息子に雌を譲るが、追放されることなく、群れのリードは続ける。山極は複雄群を単雄群から成熟した段階と位置づけている。単雄群ではリーダー死去は群れの崩壊だが、息子が跡目相続すると、崩壊は免れよう。
- 雄にも雌にも血縁重視の傾向があることは、家族の起源を思わせる。だがそのためのインセストの危険は増大する。それは遺伝的弱体化を招きやすい。群れがなわばりを持たない点はコミュニティ形成に好都合になる。しかし単雄群どうしは強い反発関係にあり、コミュニティ形成にはマイナスだ。それを複数群化が和らげようとしている。
- 第8章は「父系社会の家族像」。ヒヒはヒヒだが、この章はマントヒヒの世界である。第7章のゲラダヒヒが、エチオピア北部の大断崖のある山岳地にだけ生息しているのに対し、エチオピアの北東部および、アラビア半島のイエメンの、半砂漠とも言える乾燥地帯に生息している。同じヒヒながら別れてからの環境、歴史の差が、基本となる重層社会構造であることは同じなのに、こんなに大きな開きを与えたと思うと、ヒト社会にも当てはまることとして非常に面白い。
- マントヒヒは性的二型の著しい種である。雄は攻撃性が強い。雌を服従させるために、時には首を?んで振り回すような折檻を加えることがある。ゲラダヒヒと同じく社会はワンメイル・ユニット、バンドをもつが、その中間にクランと呼ぶ構造がある。ユニットで成長した雄は出自ユニットの周りにフォロワーを作る。だからフォロワーはほぼ父がリーダー雄の異母兄弟である。フォロワーは思春期になると子さらい行動をやり、青年期からおとな期の初めには、娘を母親から引き離して養女にする。雄の疑似母行動で、母子関係を切断し、父系社会を成立させる。
- これが初期ユニットで、ワンメイル・ユニット、フォロワーを合わせた雄の血縁グループがクランであり、バンド内の採食闘争などでの基本行動単位になる。バンドとバンドはトゥループを作る。しかしコミュニティーといえるほどの上位構造には発達していない。音声コミュニケーションは貧弱である。ユニットあるいはクランに対する雌の帰属性は希薄という。雌どうしの親和的紐帯も弱い。雄への依存性が強く単独生活者的傾向を内在させている。リーダー雄と初期ユニットのリーダーの抗争の結果、ユニットが解体することが観察されている。
- 敗れたリーダー雄がクランの長老として残り、リーダーの時に培った生活のK/Hを活用して、グループの行き先を先導する事例が出ている。雄どうしの喧嘩抗争は、雌の取り合い合戦だから、勝負がついたら生活に関してはいがみ合いの過去は「水に流す」。重傷でどうにもならない身体にまで打ちのめされたリーダーは、居場所を失って、姥捨て山行きらしい。うまく老害を避けている。
('21/7/14)