論語と算盤 その一

渋沢栄一:「論語と算盤」、(株)オリオンブックス、'20をdブックで読む。dブックとはNTTdocomoの電子本事業である、使うのは初めてだった。新聞に「現代語訳 論語と算盤」、守屋淳訳、ちくま新書、'21の広告を見たのが刺激になった。著者は、今放送中のNHK大河ドラマ:「青天を衝け」の主人公だから、彼の著作の1冊は読まねばならぬと思っていた。
私は青森県三沢市の渋沢家旧邸を訪れたことがある(「青森格安ツアー」('99))。秘書を務めていた人物が、三沢の古牧温泉に旧邸を移転したという。佐野真一著「渋沢家三代」にあった渋沢三代の業績は「渋沢神社」('99)に納めた。栄一の事業の内の札幌麦酒を「ヱビスビール記念館」('16)で知った。
Webの渋沢栄一年譜によると、幕府のパリ万博使節団の一員として洋行したのが27歳で、明治2年から明治政府で官営富岡製糸場設置主任、紙幣頭、大蔵少輔事務取扱を勤め、明治6年に井上馨(大蔵大臣)と渋沢(次官)は連名で建議書を提出し、政府の財政感覚の乏しさを指摘したとある(Wikipedia)。共にその年に退職。第一国立銀行開業・総監役となり、抄紙会社を創立(後に王子製紙会社・取締役会長)した。
官を辞し事業家(商人と書いている)に転身したとき、志として論語を思い出したとある。農工商には、学問は仕事の邪魔になる、というのが一般の風潮だった時代。退職を引き留めようとした同僚は、商人を卑しめる発言をしている。官位とか爵位を尊び金銭を卑しむようでは、国家は成り立たないと論語を引いて反論している。広く解釈できるという意味ではキリスト教の聖書のような質の本だ。論語は瑕瑾の少ない良き教訓書だとある。
分不相応な過信を戒めている。蟹穴主義という見知らぬ単語が出てきた。蟹は甲羅に似せて穴を掘る、分をわきまえた出処進退が望ましい。しかし進取の気性はことに青年期にあっては大切だ。「業もし成らずんば、死すとも還らず」「大功は細瑾を顧みず」「男子ひとたび意を決す。すべからく乾坤一擲の快挙を試むべし」だが「心の欲する所に従って、矩をえず」だとある。最後の言葉の原文は「七十而從心所欲、不踰矩」らしいが、70歳になって孔子の意気も衰えた事を示すという解釈もあるそうだ。著者は「分に安んじて進むが良かろう」と解釈している。
自分から眺めてどうしようもない自然的逆境と、対処可能な人為的逆境の区別、小事と大事の線引きに対する注意事の、得意時代と失意時代に分けた教訓などは面白い。適所適材にもっとも成功した例は家康だが、武門の政治権勢を張るための成功で、経済での著者の進み方は、非同調者は競争者として歓迎こそすれ、不道徳な抑圧排除はしなかったという。具体例は一切書いてないのであまり迫力を感じない言葉だ。孟子の「敵国外患なき者は、国つねに亡ぶ」は対外競争心必要の警告だ。我ら戦後に現役を過ごした者にとって、現代の日本は少々覇気が欠けているように見える。
武士階級には修身斉家、経世済民の教育があった。明治に入って物質文明的教育は広がった。だがかっての精神教育が影を潜めるようになる。私は同じ傾向が敗戦後さらに強まったように感じる。戦前の教育を受けた世代が日本を動かしていた昭和期には、松下政経塾に示されるような、経世済民に資する還元を志す経営者がまだトップにいたように思うが、戦後派だけの今日ではほとんど聞こえてこなくなった。
先に上梓した「新書太閤記 第八分冊」には、秀吉の中国おうむ返しが縷々述べられている。近所の書店には、「日本史サイエンス」なる新書版が平積みされていた。その1テーマがおうむ返しである。あの奇跡的な行動を、著者は秀吉の勉強の成果と一口で纏めた。「秀吉の長所と短所」という項目にある。勉強の意味に「功の成るは成るの日に成るにあらず、その由来する所や、遠くにあり」とある。短所には、道徳の道に外れている点を上げた。私には、ことに天下人になるまでは、かなり自制的な人物だったと思われるが。
与えられた仕事が、たとえ己の器量から見れば小さすぎると思っても、全生命を賭けて真面目にやり得ぬ者は、いわゆる立身出世の運を開くことは出来ない。ここでも草履取りの秀吉が引用されている。私の経験で思い出すのは東大出身者である。彼らは概して優秀だが、中にはこのカテゴリーに入るのもいて、周囲の雰囲気をよどませた。上もよく見ていて、たいていは出世街道から脱線した。
孔子は「十有五にして学に志し、三十にして立ち、」と述べた。私が敗戦の無一文家庭で学に志したのは、本書に従えば大立志だったと思おう。だが、肺結核(誤診だった)の兆候を告げられ、医学を志向し、医学部に入ったが、1年でアゴを出して工学部に転部した。理系は変身できる範囲が狭いから、立志を間違えてはいけない。今でも専門を医から工へ変換した点は、中立志における一大決断だったと思う。その後は大波乱はなかった。「四十にして惑わず、五十にして天命を知る・・」。自分の器を考えて、高望みしなかった人生を良しとしている。何よりも平和日本のおかげだとも思う。
著者は武士でなければ人でない時代だったから、まず武士になろうと志した。立志は大蔵省に入ってからと言う。「青天を衝け」では、今、藍作りの実家を出て世直しの渦中に身を投じようとしている。10数年の放浪は間違いであったと反省している。近代国家への変革がなければ、大蔵省入省など全く考えられなかったのだから、国政改革に働いたことがなぜ間違いか。功成った人が保守的になるのは世の常のようだ。
「円い人間になるな、角のある人間になれ」と大学の卒業式の時に総長が式辞で言ったように記憶する。同じ事がこの本にも「君子の争いたれ」に出ている。僅か33歳で大蔵省の総務局長だったとき、大柄の出納局長が、著者の議論に激高して、暴力行動に出た話が出ている。彼は終局退職に追い込まれたと言う。文明開化事始めの、官庁内の正当な雰囲気を伝えるエピソードである。
学生と実社会の関係を、地図と実際の地形の関係に例えてある。学問で割り切って理解できても、実社会は複雑怪奇で、どれが本物やら見当がつかぬ事がある。部分にこだわりすぎて、大局で敗退するのもしばしばだ。TVの真面目なインタビューでも、凝り固まった視野の狭い発言をよく若者から聞く。この相違に対する心構えが学生に要望される。
政界も実業界も、高尚な学識者より健全なる常識者により支配されている。偉き人は革新的進歩に必要だが、完き人が世の大半を占める方が、世界は安全平静スムースに進行する。偉き人は頭抜けた能力たとえば学識者が、その他の欠陥を補って余りあるというカテゴリーに入る人だ。完き人はいわゆる常識人で、知情意のバランスの良い人である。
本書には書いてない条件は、常識人が支配するのは結構だとしても、その支配者には偉き人の価値を理解する能力が必要だと言うことだ。何が気に食わぬのかは言わずに、学術会議評議員を名簿から外すという、何様になったのかと疑われるような行為は厳に慎む、良識ある知が必須だ。コロナ禍に関し免疫統計学者の忠告を無視した政府は、文系だけのお友達政権であることを自覚して、とくに反省してほしいと思う。私は日本の民主主義が、己の利害得失を主な選択の物指しにして、「小粒が小粒を選び、煙たい大粒を排除する」弊害に陥りやすいことを危惧している。
実社会においては「心の善悪」よりも、「行為の善悪」を重視する。仙人じゃあるまいし、霞を食って生きることは出来ない。では研究は? 研究は霞の向こうに実在があるかどうかを探る。そのときは過去の実績が物を言う。我田引水に巧言令色、なんとか研究費を口説き落とそうとする苦労は、日本でもあるがアメリカほどではないという。口説かれる方の実力の問題でもある。日本ではトップは文系、幹部クラスに製造現場上がりの理系、その下にやっと研究屋と言った組織から、どうにか幹部に研究上がりが顔を並べたところで私のものづくり会社での現役は終わっている。

('21/5/7)