地球科学入門

平朝彦・JAMSTEC:「<カラー図解>地球科学入門〜地球の観察 地質・地形・地球史を読み解く〜」、講談社、'20を読む。入門となっているが、それにしては専門用語が本文に自在に行き交う本だ。それを意識してか、「別冊 用語辞典」が付録についている。索引もある。本式に入門させようという意図の下に作られているようだ。私の今の地球科学への最大の関心事は、来るべき南海トラフ大震災への予備知識である。まずはその線で本書を飛ばし読みすることにした。
現在の日本は4大プレートの動的相互作用の結果で、プレート運動のために歪みが刻々と蓄積され、それが大地震の源になっている。このHPでは地球物理的記事をけっこう書いている。「マグマの地球科学」('09)、「海から見た地球進化史」('13)、「グレートネイチャー」('13)、「日本列島の地学」('17)、「日本列島100万年史」('17)、「深海―極限の世界」('19)、「富士山噴火と南海トラフ」('19))、「フォッサマグナ」('19)とそこそこに多彩である。
4大プレートの1つが太平洋プレート、2つが大陸プレート、3つが北米プレート、4つがフィリッピン海プレートである。プレートはさらに小分けしたサブプレートを考える学者もいる。本書では大陸プレートの位置にアムールプレート、北米プレートの位置にオホーツクプレートを置いている。南海大震災をもたらすであろうプレートは、5cm/yと活発に北上を続けるフィリッピン海プレートである。このプレートはアムールおよびオホーツク両プレートの下に潜り込む。オホーツクプレートとの接線は富士山から海溝三重点までで相模海溝を作る。南海トラフ大地震の主役はアムールプレートとの接線あたりの地盤で、その接線が南海トラフである。その一方で太平洋プレートには潜り込まれて、接線では伊豆・小笠原海溝を作っている。
図5.15「四万十帯における海洋プレートの移動とプレート層序の形成」がある。四万十帯は四国を横断する中央構造線から、南の三波川変成帯と秩父帯をへた先の、南海トラフに沿った陸地部分を指すと思えばよい。富士山近くでトラフが曲がるから、この帯も曲がる。それ以外は熊本南端から伊勢湾入り口までほぼ直線だ。
赤道付近の中央海嶺から吹き出した枕状溶岩が延々3000kmを1.3億年掛けて日本に向かって進む。ナンノプランクトンの石灰質微細化石がまだ裸のプレート(海洋底)の時代証人である。続いて放散虫の死骸がチャート層(二酸化ケイ素を主成分とする堆積岩)を作る。水深が炭酸塩補償深度CCDを超えると、石灰は海水に溶け出して残らず、チャート層と置き換わる。プレートは沈み込み境界に向かってだんだん沈んで行く。これが1.1億年前の話。
火山帯が近づいてくる。微粒の風成ダストが運ばれてくる。鉄分で赤い色がついた石英系の頁岩の層ができる。海溝から数100kmに近づくと火山灰が降ってくる。放散虫の活動も活発になる。半遠洋性泥岩(多色頁岩)が生まれる。8500万年前。四万十海溝に達する7000万年前の頃は、陸からのタービダイト(乱泥流堆積層)の生成がある。川からの乱泥流、あるいは海面下地層の地滑りが土の供給源である。海溝は何しろ深い谷だ。土の比重は1.4〜2.0程度。海中で浮力を貰っているから、丁度地上の雪崩のように容易に起こるのではなかろうか。500〜1000mの厚みになった。
プレートが沈み込み、海洋底に載った付加物は衝突相手のプレートに押しつけられ、剥離して行く。海洋プレート面が即剥離面ではない。プレートが南海トラフにいたる50万年前までに積み重なった層を、上部四国海盆層と書いているが、その層の中にデコルマ(滑り面)があり、その面で海洋プレート同伴部と四万十帯側への残留部が往き別れて滑って行く。面上部では圧力を掛けられた地層の褶曲運動や衝上運動が起こる。
地球深部探査船「ちきゅう」(クルーズからの遠望だったが一度見た記憶がある(「雅楽のクルーズ」('19)、余計なことだが、見ると言うことは大切だ、千葉県立中央博物館に房総の地学展示室があり、枕状泥岩とか海底地層の地滑り動画を見せる、この記憶が結構私の地学への好奇心の源になっている。)が室戸岬東南海底の、前縁スラスト(衝上断層=逆断層)帯が始まるあたりで、海底基盤に達する掘削を成功させた。デコルマを貫通しており、貴重なコアサンプルを採取した。デコルマは破砕帯状態で、間隙率が不連続になっている。間隙率には玄武岩基盤では20%最上面では60%と大きな隔たりがある。塩素濃度もデコルマを境に、下側が低く、上層で高い値を示す。
紀伊半島沖ではさらに精力的なボーリングが行われた。紀州内陸部で2回も大地震('44年:東南海地震 M=7.9、'46年:南海地震 M=8.0)が発生している。地震による地層の滑りは発熱を起こす。高速すべり(1分間に10m以上)があったことがわかった。普通は地震発生帯はプレートの固着域から巨大分岐断層までとされるが、この300〜400℃の熱履歴を残した断層は、非地震発生帯のプレート境界断層にまで及んでいた。付加体の先端部まで地震性すべりが到達したことを示唆するとしている。
富士川の土砂成分が駿河トラフを経て南海トラフを覆っている。もちろん分級されるから離れるほど細かく軽い成分になろう。それにしてもトラフにまで出現するとは驚きだ。本書で知った目新しい事実に、メタンハイドレートの幅広い分布がある。近年海底深くにまでバクテリアが生存し、活動していることが確かめられている。メタンはその活動に基づくものとされている。熊野海盆には泥火山があるが、そこからはメタン菌が検出され、水素と炭酸ガスからメタンを生成している。掘削コアにはメタン気化による温度低下が確かめられた。室戸沖の地質構造探査では広い海底疑似反射面BSRが認められたが、これはメタンハイドレートの安定領域の下限境界域に一致するという。
東北大震災での海底地滑りが、紀伊半島沖で確かめられたような、前縁スラスト(デコルマの先端部)にまで及ぶ広域の高速すべりであったと認められた。震災当時新聞を賑わした固着層(アスペリティ)モデルは認知されているようだ。同じ東京湾海岸線埋め立て地に住む私にとって、本書の浦安における地盤液状化の話(Chapter 6.4)はよそ事ではなかった。規模は小さかったが、私の住まいの近くでも砂が噴出した地点があった。本震のとき200ガル、3分だったという。
浦安・新住宅街は旧江戸川河口の干潟の大三角州を埋め立てた地盤に載っている。工学的基盤は礫岩や砂岩の互層からなり、氷河時代の海面低下期に形成された古期河川堆積物層である。海進が始まると湿原堆積物や腐植土が載っかる。その上に最大海進期のシルト層がほぼ50mほどの厚みに載っかっている。シルト層は軟弱地盤だ。沖積干潟・河口堆積物があって、埋め立ては海砂を浚渫することで数mほどかさ上げし、その上へ2mほどの山砂を盛った。
土建屋さんが建物の基礎を知る方法に貫入試験がある。N値で表す。その値が低い位置と液状化層が対比的である。旧三角州は比較的堅く、その上の埋め立て部分から液状化したようだ。埋め立てで使った海砂は、はき出されてから分級を起こし、上に行くに従って細かいシルト的地層になるのだろう。旧三角州とこの新シルト的地層の間が液状化しやすいように見える。私は現役時代に埋め立て地に建てた工場建造物を思い出す。埋め立ての土砂は時間と共に締まってくるのか、N値の高い深さまで杭を打ち込んだ建物だから、だんだん杭が露出した不格好な姿になっていった。
本書を纏めたのは平氏である。主にJAMSTECからの論文を縦横に引用している。QRコードで原文を当たれるし、さらに補足的動画も見ることが出来る。用語は普通は著作責任者が統一するのだが、本書では論文使用のものをそのまま忠実に使用しているようだ。実はそれが読者を困らせる。同じような事象にたいし、ちょっとニアンスが異なる呼び方をされたとき、それまでに頭に入った知識とどう比べるべきか迷うのである。
一例だけこのHPに入れておく。南海トラフと四万十海溝の関係である。私は一応同質のものと受け止めた。しかしChapter 5.7の後者到達年7千万年前とChapte 5.3の前者出発年の50万年前の差は何とも理解できない。こんなとき私はGoogle検索を使う。だが四万十海溝はどこにも出てこなかった。

('21/1/15)