ダークマター
- 現世はコロナ禍の行き先が見えない暗黒時代に入っている。今回ダークマター(暗黒物質)を話題にするのは、たまたま新刊書の中にそんなテーマの本があったからで、世間を揶揄るつもりは毛頭無いとまずお断りしておこう。
- 鈴木洋一郎:「見えない宇宙の正体 ダークマターの謎に迫る」、講談社Blue Backs、 '20を読む。著者は東大名誉教授。このHPでは「インフレーション宇宙論」('11)や「銀河物理学」('09)にダークマターが出ている。初めの方に'18年に今までの膨張宇宙論に対し重大な異議が提唱されたとある(具体的に何かは書いてない)。ここ10年ほどの間に宇宙論には大きな発展があったらしい。
- 第T部「宇宙と人」は宇宙論進化の歴史のレビューであり、ダークマターへのイントロである。宇宙の物質・エネルギーのうち「通常物質」として我らが把握している割合は5%に過ぎず、残りの27%がダークマター、68%がダークエネルギーである。最新の研究によってダークマターの外貌がようやく姿を見せ始めた。ダークエネルギーに至ってはまだ手つかずと言っていいほどの状況らしい。
- 世界の始まりのとき超々高密、超々高温であった素粒子の世界は、宇宙開闢(ビッグバーン)で一瞬のうちに超高密、超高温に下がる。会合のチャンスが来た。素粒子は何種類もあって互いに好き嫌いがある。好き同士が結びつけば「通常物質」になれるが、相手が見つからなかった素粒子は永遠の放浪の旅に出る。それがダークマターの起源だとでも思って本書を読むことにすると、幾分解りやすくなる。
- 素粒子には4つの相互作用がある。電磁気力、弱い相互作用、強い相互作用、重力相互作用。重力の力は弱いが、宇宙全体では支配的な力になり、ダークマターの存在を証明した。強い相互作用の力はゲージ理論(量子色力学)に支配され、素粒子から「通常物質」をつくる力である。弱い相互作用はクオークやレプトンの種類を変える。電磁気学と統一されて電弱(相互作用)統一理論が生まれた。大統一理論は未完。素粒子は何種類あるのか。標準理論の物質粒子クオークとレプトン、力の媒介粒子(ゲージ粒子、その1つYは光子)。電弱統一理論のビッグ粒子。超対称性理論の粒子群。17種x2=34種。これに電子。それから反粒子。各理論の内容には本書では立ち入らない。
- 宇宙背景輻射が現在2.725Kで、光が解放される3000Kの「宇宙の晴れ上がり」時代から宇宙が1000倍にふくれあがっていた。上記の素粒子研究の成果から、宇宙開闢後10^(-10)秒からあとの世界を記述できるようになった。そのときの温度は10^15K(1000兆度)。宇宙開闢からのおおよその時間はハップル−ルメールの法則から導かれている。開闢から10^(-10)秒までの記述は大統一理論の展開にかかっている。
- 3000Kでの宇宙は、電離した陽子と電子、ヘリウムにごく少量の軽元素、3種類のニュートリノ、光子およびダークマターで満ちあふれている。3000Kは電子が原子に捕まり原子が中性化する境界で、光子は原子と相互作用せずに宇宙に飛び出せる。開闢から3000Kまでの間はまさに混沌そのものだろう。素人考えだが、今まで素粒子と言っていた粒子が、さらに小さい新素粒子になって分かれているのかもしれない。
- 第U部「あるのに見えないダークマター」では、歴史順に質量しか見えないダークマターの検証経過から始まる。私が生まれた頃からすでに始まっているのには驚いた。
- 銀河団の中の銀河の運動にビリアル定理を当てはめれば、銀河団の質量が解る。銀河の運動速度はスペクトルの赤外偏移から求まる。星の質量と明るさには関係がある。銀河の質量分布が同じと仮定すれば、明るさから銀河の全質量が解る。銀河全部を集めれば銀河団の質量。運動速度からの質量と光量からの質量を比較すると前者が1−2桁大きい。星間ガスを補正しても差が埋まらない。
- 銀河団を構成する銀河の、銀河団中心に対する回転速度は、質量が星だけからくるとしたときの万有引力の法則から外れている。一定距離以上では回転速度が一定になる。それは、星と中心の間の質量が、その距離と共に増加するかのような挙動である。星以外の何か〜ダークマター〜がある。それは宇宙に均一にましてや静止して分布しているのではない。均一では引力が相殺されるだろう。何か銀河にまとわりついていると想像される。
- 太陽表面近辺を通る光は方向を曲げる。それは一般相対性原理により説明が出来る。私の大学受験参考書の吉田卯三郎:「三訂 物理学」(下巻)にはそう書いてあった。太陽よりは遙かに巨大な質量になる銀河の近傍でも、同じ「重力レンズ」現象がある。レンズの奥の銀河からくる光は、レンズの周りに何重にも、模式的には、連なった光の輪のように見えるだろう。あたかも不正乱視の人が、月を裸眼で見たようになるだろう。レンズの重力にはダークマター分も銀河間ガス分も含まれる。測定結果は銀河の光から得た質量の10倍であった。これでダークマターの存在が、直接的に証明されたことになった。
- 今では宇宙銀河の3D地図が出来ている。15億光年を超える遠い過去では、宇宙はかなり一様であった。宇宙は追々と大規模構造を造るようになる。ダークマターが質量では圧倒的に多量であるから、宇宙の進化はその分布に重要な関わりがある。今では宇宙生成に関してコンピュータシミュレーションが発達し、かなりの知見が得られるようになった。ダークマターの量は~3Kの宇宙背景輻射の測定からよい精度で決められている。その温度ゆらぎ、地平線問題、インフレーションによる解決などにも触れている。これらに関する第9章最終の9−4節後半は論理説明が短く難解で、結果を字句で追う程度しかできなかった。
- ダークマターはまさに忍者物質である。通常物質との重力相互作用からしか観察できていない。しかし弱い相互作用はあってもよい。ニュートリノはかってははダークマター正体の有力候補であった。しかしスーパーカミオカンデの実験はニュートリノの質量がダークマターを担うには軽すぎることを発見した。次の候補がマッチョだった。銀河の渦巻きの周りにある銀河ハローを形作る小さな天体である。その観測は重力レンズの1種のマイクロレンズで行われた。レンズ天体が観測天体をよぎると、観測光はレンズ効果で増光減光する。しかし発見量はダークマターの質量の1割程度だった。
- 3つ目の候補はブラックホールであった。このHPはずいぶんとブラックホールを取り上げている。その最新版は「巨大ブラックホール」('19)だろう。銀河の中心にあるのが巨大ブラックホールで、宇宙開闢時に生成する原始ブラックホールPBHである可能性が高い。小さいブラックホールは蒸発する。ホーキング輻射という。宇宙開闢以来のPBH質量は時間と共に巨大になる。1秒後で太陽の10万倍。何とも想像がつかない世界だ。だがPBHがダークマターであるとする説は多少の可能性は残しているものの、実証的研究の結果は現在では否定的である。
- ダークマターを新しい素粒子に担わせる。ニュートリノのような弱い相互作用を持つかもしれない重い粒子であるはずだ。これがWIMP。過去何10年も観測実験が繰り返された。第12章「最有力候補WIMPに陰りが?」が、この本のメインだと書いてある。ある時期から、宇宙膨張が進んだために、出会いが少なくなったダークマターは、ほとんどは対消滅を停止し、宇宙空間を自由に飛び回る状態になっているはず。その受け皿に「超対称性理論」が考え出された。しかしいっこうにダークマターは姿を見せない。
- 重力が働くという意味で、通常物質とダークマターは団子になって行動する。通常物質は運動エネルギーを電磁気的相互作用で放出するから、銀河などの大規模構造を生成して行くが、ダークマターは運動エネルギーをうまく放散できない。だから分布は同一にはならない。団子になって干渉するさまをまとわりつくと表現してある。密度の高い局所では対消滅があるはず。すると各様の素粒子現象が観察されるはず。しかしそれを狙った間接測定は未だに成果を上げていない。
- 星は銀河質量中心にたいして一定回転速度で一方向に動くが、ダークマターはてんでばらばらに動くから、地球からは回転方向から平均すればその速度で飛んでくるように見える。標的物質の近傍を通ると原子核反跳(弾性散乱)が起こるはず。それを捉えることが出来ればWIMPの直接測定になる。現時点では1tの標的物質を用いて1年間測定しても、信号らしいものは得られないという結果だ。探索の感度は、この10年間に1万倍に向上した。測定困難の理由の一つに、ニュートリノがたまに原子核をはね飛ばす現象があるが、それとの区別が困難で、しかもWIMPのそれから見て無視できないオーダーである。
- 太陽にだって地球にだってダークマターはまとわりつく。密度の高い場所をダークマターが通ると弾性散乱でそのエネルギーが失われ速度低下が起こる。脱出速度以下になってしまうとその星に捕獲された形になる。ダークマターの蓄積量が増すとダークマター同士の対消滅が起こり、蓄積とバランスするようになる。対消滅で出てくる素粒子は、太陽クラスではニュートリノだけという。
- WIMPの次の有力候補はアクシオンと呼ばれる素粒子である。ニュートリノが、原子核のベータ崩壊のときエネルギー保存が破れる危機を救うために、案出されたのと同様に、アクシオンは、強い相互作用の「CP非保存」問題に関して登場する。そもそも素粒子の強い相互作用には「CPを保存しない相互作用」が内在する。しかしこれまでこの作用は見つかっておらず、「CPが保存されている」ように見える。未だ観測されていないが、現在観測されているダークマターの量を矛盾無く説明できるので、ダークマターのWIMPに代わる有力候補と言われている。CPの解説はあるが、よほどの素粒子物理の素養がないと解らぬ相手で、私はお手上げ。
- ダークマターの発見に関する研究は今は戦国時代だという。既述以外にもいろいろ新提案が出ている。それらが一括して第13章に纏められている。第14章「尻尾を出さない見えないダークマター」には、重力を含む超対称性理論で予言されているグラビティーノがそれではないかという学者がいる。グラビティーノは重力の伝達を担う未発見の素粒子「グラビトン(重力子)」の超対称性パートナーとされる。だとすると、「ダークマターを重力以外で見つける努力」は無駄で、捕まえられない運命と言うことになる。
('21/1/3)