北海道の宿


私は見知らぬお人に一夜のお世話になったことが三度ある。その二度までが、初めての北海道旅行で、であった。40年ほど前友人と二人で夏休みに出かけた旅行であった。
十勝岳に登るために富良野で列車を降りた。バス待ちの時の会話がきっかけで、林業関係のお家に厄介になった。山の麓だったが、夜はストーブを焚いていた。二度目は、帯広から襟裳岬の黄金海岸をバスで廻り、様似に着いたときであった。まだ日が暮れておらなかったが、様似発の列車は終わっていた。様似は日高本線の終着駅である。我々は待合室をステーションホテルにするしかないと、ベンチでごろごろしていた。そのとき小学校の先生が通りかかって、自分の住居に招待してくれた。独身用の狭い和風の家屋であった。
北海道大学、室蘭工業大学の学生寮にも泊めてもらった。友人の友人の家、親類の家にも泊まっている。あのころの学生の旅行はこんな風も可能であった。厚かましいほど各所で世話になった。旅の思い出は、名所旧跡そのほか手を代え品を代えた観光資源の数々にもあるが、人との出会いが第一である。写真も絵葉書も殆どないが、最初の大旅行だったあのときの北海道は、私にすばらしい思い出をくれた。
今回の北海道はすべてホテルでの宿泊である。厳冬の最中に温泉旅館に泊まるのは、こたえられない贅沢である。そこには客としての安定した立場がある。従業員はすべてに親切丁寧である。旅行全体を通してバスガイドの説明は密度が高く、添乗員は最後まで手取り足取り乗客の世話に当たった。プロの旅行業者にまかせる旅もすばらしい。
昔やった旅行は手作りの味、今のは玄人の味というものであろう。懐が豊かになって他人を当てにする旅行は終わりになった。受けた親切への気配りに頭を悩ますぐらいなら、金の支払いで済ます方がドライでよい。学生の意識もすっかり変わった。学生イコール良識ものの構図はとっくに壊れている。親切は貰い得でハイさようならもいる。見知らずの学生が一夜の宿を請うてきても、恐ろしくて誰もOKしないだろう。江戸時代から受け継がれてきた日本風道中は、どうやら我々の若かりし頃が最後だった。

('98/03/11)