次世代半導体素材GaN
- 天野浩:「次世代半導体素材GaNの挑戦〜22世紀の世界を先導する日本の科学技術〜」、講談社+α新書、'20を読む。著者はいま名古屋大教授で、6年前に青色LEDの研究で赤崎、中村両先生とともにノーベル物理学賞を受賞した。(追記:7/22の毎日に自己紹介記事が出た。数学が得意でフィールズ賞受賞者・広中平祐教授がいた京都大の数学に憧れたとあった。)新型コロナウィルス騒ぎもあって、ことに理系の教養書に将来に夢を抱かせるような著書が絶無に近い時に出た希有の本である。このHPでは「青色LED」('15)にGaNの物理学的特性などを紹介している。
- 「まえがき―世界の人々を豊かにする技術の実現を目指して」と「第一章 青色発光ダイオードが教えてくれた真実」を読んで、本書はむしろ文系の管理業務にある人々に是非読んで欲しいと思った。著者は基礎実験から始めて産学共同の工業化研究に成功を収めた人だから、学者肌の青臭い話だけではなく、次世代産業の育成に文系としても参画すべき内容を示唆していると思う。物理学など知らなくても読めるように書かれている。
- 学部4年生のころから一貫してLED研究だったという。大学に残れた理由の一つに赤崎先生の恩情があったとあるが、私など企業にあった時は、まあユーティリティ型の研究者と区分されていたのであろう、3年に1度ほどのわりでころころとテーマが変わったから、これはご本人が思っていらっしゃる以上に大きなラッキーだったと思う。それから日本だったこと。外国だったら10年も同じ研究はできないが、著者はノーベル賞まで30年も続けられた。
- 着手した時すでに世界が注目する研究分野で、ことに我が国は当時は「電子立国日本」などと浮かれるほどだったから、世界の最先端にいた。それだけ国内でも競争熾烈だった。LED開発に貢献した研究者の名が実名で上げてある。企業の研究所も充実していたらしい。大型研究装置を借りた話などが出ている。だが企業論文数は'96年の6300本をピークに、'15年には2600本に6割減となった。各企業の中央研究所が基礎研究から遠ざかったためという。心配な話だ。企業は余裕を無くしているのだろうか、産学共同といっても、昔ほどには踏み込めないのではないかと思う。
- 交通信号機がLED化され、青色LEDが目に見える形で庶民にも評価できるようになった。実際の成果は白色LEDとしての応用が大きい。日亜化学工業の成果との組合せで実現した。白色LED電灯は青色LEDの光の一部を黄色蛍光体発光光源に使う。青と黄は補色関係にあり、混ざると白になる。テレビやPCのディスプレイのバックライトへの応用はこの方法が主流になっている。白色光は3原色それぞれのLEDを発光混色したり、紫外線LEDの光を3原色蛍光体に当てて作り出す手もある。
- 「第二章 次世代半導体で世界をリードするために」にGaNの基盤市場における日本のシェアは85%以上だとある。恐ろしく高価(シリコンウェハーなら12"が数千円/枚、GaNだと2"が10~30万円)なのに、GaNは白色LEDへの応用からどんどん利用分野を広げている。大電力高電圧高周波のオン/オフを高速で処理できるワイドバンドギャップ半導体として、携帯電話基地局のパワーアンプに採用されている。5Gスマホが実用化時代に入った(「3月の概要(2020)T」)。DocomoのHPで調べると、まだごく限られた地域でしか電波は届いてないし、5Gスマホのスペックを見ると、その伝送速度も、喧伝されていた4Gの10-100倍ではなく倍程度のようだ。しかし環境が整備されれば、「2050年の技術T」('17)、「サイエンス・ネクスト(第3、4部)」('18)、「5GとAI」('19)などに触れられてきたような基地局経由のサービスが広がろう。基地局のニーズだけでも将来が明るいらしい。
- 5Gの遅延性が4Gの1/10となる。この低遅延性は自動車の自動運転の高速化や遠隔操作による外科手術を可能にする。今回の新型コロナ騒ぎで従来法テレビ電話による内科診断は実用性が周知されるようになった。コロナ下がワクチン成功で納まった後でも、このトレンドは時代の流れとなって社会変革の先端となるのではないか。
- インバータ技術(「アクチュエータ工学入門」('14))を搭載したダイキンのエアコンが、中国市場に進出しているというニュースは'12年頃だったか(「メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ」('13))。冷媒圧縮機の回転数をパワー半導体の細かなオンオフで電流制御するのがインバータ回路(スイッチング回路)である。GaN半導体はこの目的に好適だ。現在世界中の総電力の40-50%が、動力用のモーターによって消費されているという。インバータのようなパワーデバイスでモーターの省エネルギー化が進めば、原発が数10基不要になるという。
- モーターの制御をオンオフでやる時とインバータ利用のときの電力消費比較がしてある。半分ほどだ。今はパワーデバイスは主にシリコンデバイスだが素子の電気抵抗によるエネルギー損失は莫大だ。筆者はIoTはもちろんIoE(Internet of Energy)へのGaN半導体活用も夢見ている。環境に優しいエネルギーは不安定だ。それをIoEネットワークで結ぶ。日本ではことに発電ソースの多様化が必要だ。EV普及は不安定電力のバッファーとして有用だろう。日本小国論とか科学技術立国終息論とか、とかく人口統計とか経済統計とか目に見える数字を頼りに悲観論を唱えるのが多い(文系論者に多い)中で、元気溢れる将来日本を具体的に見せてくれる。
- 「第五章 GaNが創る未来のかたち」に出てくるアイデアで、これはと思えるものを拾ってみた。世界時価総額ランキングの 上位50社のうち日本企業は平成元年では32社あったのに、平成30年ではそれが1社になってしまった。その1社とはトヨタ。そのトヨタと組める名古屋大には地の利がある。スーパーシティ構想とかスマートシティ構想にトヨタの目が向いていることは、ときおりの新聞記事などで承知している。中心は自動車もちろんEV。ハイパワーの耐高温半導体はインホイール方式(東京大)を可能にする。タイヤ1本ごとにインバータとモーターがついている四輪駆動だ。かって月面走行車としてアメリカで開発されていたと新聞で読んだことがあった。耐高温は冷却フィンを不要にするため大切な性質だ。
- 風力発電太陽光発電の電力が末端に届くまでには半導体のパワーコンディショナーと蓄電池が必要。蓄電池には固体リチウム二次電池の吉野彰博士(昨年のノーベル化学賞:旭化成)を筆頭とする研究陣が頑張っている。電池は画期的に取り扱い容易かつ軽量になった。今までのシリコンのパワー半導体では送電ロスが1/4もあったが、GaN半導体だとその1/8のロスですむという。このロス減少は蓄電池利用機器すべての機材の軽量化に繋がり、それが更なる省エネにも繋がる。
- レシプロエンジン自動車の燃費は、ハイブリッドエンジンの登場で画期的に向上した。モーターアシストがあると、レスプロエンジンを高効率で運転できる。スタートのときことに低効率になる欠点を補える。このHPの「ジェット・エンジン」('10)にジェット機の駆動機構を載せている。プロペラとターボ排気で推力を得るのだが、エンジン直結だからスタートのときは低効率運転だ。将来モーターアシストにすると9%ほどの燃費軽減が出来るとある。でもそのためには高性能の蓄電池(このウエイトが高い)とパワー半導体が必要だ。ドローンの宅配機(千葉市)化や救助ヘリ化にも同じ事が云える。ドローンへのワイヤレス給電法が実用化されたら、ドローン利用事業の範囲は一気に広がるだろう。
- このほか直流給電システムによる省エネとか、LEDを使った植物工場とかの提案がある。国連から食糧危機に関するレポートが出る時代に入った。食糧の工場生産は石油タンパク以来の私の関心事である(「人工子宮」('06))。現在のテレビ画面は青色LEDから作ったバックライトとカラーフィルターの組合せで従来型よりぐっと消費電力を下げたが、それでもいまだLEDの光は無駄にしている。3原色LEDを混色で直接目に届けるディスプレイにしたら、光の無駄はなくなる。
- 「第三章 日本の研究力はまだ強い」にここ10年の日本の論文数の変化を示してある。先述の通り、減少著しいのが企業だ。だが企業の研究者数は増加している。外国に比して特徴的なのが、修士採用が圧倒的に多い点だ。外国に比べて日本の大学や研究所のポスドク身分の不安定さは、折に触れメディアが指摘してきた。ポスドクの受け皿を広げないと、日本の特徴だった豊かな基礎研究が先細りになる。日本人学生の年々の大学院博士コース希望者数は減少気味である。近年ではそれを補う以上の外国人博士コース留学生は増加している。博士は研究推進の機関車である。ゆゆしき問題だ。
- 私が就職した60年以上昔では、修士ですら採用する企業の数は少なかった。博士が私のいた研究所に現れたのが30年ほど昔だった。現在は上記のように修士採用は一般化したが、企業における博士採用のハードルはまだまだ高いようだ。我らの頃は人事には年功序列的雰囲気が強かった。博士には広く深い専門分野と広い経営的視野が望まれたが、「広」がいつも問題だった。就職してから論文博士を取るコースだとポスドクの苦しみはない。私は、年取ってからだが、上司の薦めで、副業的だったが、論文博士のコースを歩けた。少なくとも私個人にはたいそうなモラルアップになった。周囲にも企業研究者の意識向上にたいし、何なりのいい影響があったのではないか。日本の現状は大学の「先生」が想うほど単純ではない。企業の研究もノーベル賞を出すほどにレベルの高いところがある。私はいまでも学校(課程)博士だけではアカンと思っている。企業の研究者が万年修士止まりでは日本の損失だ。博士号授与機構もこの点を勘案して欲しい。
- 「第四章 世界をリードする産学共同研究所を」に、世界的なイノベーションのために大型テーマで複合的共同研究体を作り、異なった専門家の相乗効果をかちとろうという名古屋大学の野心的な試みが紹介されている。著者が主催するプログラムは「未来エレクトロニクス創成加速DII協働大学院プログラム」で、研究開発と実用化の狭間にある「死の谷」を克服せんとするものだそうだ。具体的には「未来材料・システム研究所」の「未来エレクトロニクス集積研究センター」で、世界唯一のGaN専門施設が構築され、産学共同研究が進行している。ノーベル賞受賞者が出るたびに、特徴ある研究施設とか組織が産まれる。結構なこととすべきか、大同団結して世界に名が通るもっと大型の国家研究所にすべきか。
('20/5/30)