未来の地図帳
- 河合雅司:「未来の地図帳〜人口減少日本で各地に起きること〜」、講談社現代新書、'19を読む。河合氏3部作の最後である。小子化老齢化を考えると憂鬱になる。前2作(本HP:「未来の年表」('19)、「未来の年表2」('19))は民族全体像の掌握だった。今回は各地域個別の将来像に挑む。4/11の毎日新聞に、河合氏の「全予測 2020年代の日本 図解・未来の年表」への書評が出ていた。上記3部作の近未来部分のサマリーだという。以下'25年あたりを近未来、'35年あたりを中未来、'45年附近を遠未来と書く。
- 初っ端に外国人労働者の限界が書いてある。後継者を産み育てるのに失敗したからと云って、外から労働力だけを賃借りしようという。移民でないなら、一時凌ぎにはなっても、日本本体の衰退と運命を共にすることとなる。私は移民などお断りだ。子供を産み育てないのなら静かに消滅して行こうと感じている。日本はもともと開国前は人口最大2千万の国だった。最低限そこまでなら人口を養えるし、100年先のことだ。
- 京都市が景観条例を緩めてまで人口呼び込みを策する。京都では200年以上続いていることが老舗を名乗る条件だそうだ。そんな京文化を担ってきた古くからの市民が外に追い出され始めている。土地高騰、マンション林立、新京都人の増大からのドーナツ現象と言うべきか、私は江戸時代の20万都市になってもよいではないかと思う。なぜB級C級観光都市(「観光亡国論」('20))を目指すのか。欧州の古都のような、誇り高き文化都市を目指して欲しいのである。
- 人口でも東京一極化はもう常識だ。名古屋圏はまだがっちり大型企業が控えているからだろう、東京に吸い取られる割合が少ないが、関西圏の落日は日に日に明確化している。大阪府が一番大量に若者を東京に送り出している。大阪市の転入の1/3が外国人だ。地方から東京への女性の進出が一極化を増幅している。近頃はパッシング(通過)現象が注目されている。今までは地方中心都市、例えば東北なら仙台市がいったんの受け皿になっていたが、東京との距離感が縮んだ結果、仙台をパスして直接東京へ移転してしまう。地方の知事や議会がこぞって新幹線誘致に狂乱?した結果と思えば、皮肉なことだ。
- 日本全体で考えると解析因子の数が多くなるので、ミニ東京・福岡市に注目しよう。現在の新幹線ではまだ東京との距離感が残っている。名古屋圏の将来問題にリニア新幹線開通のあかつきにはと云う話が書いてあるが、リニア新幹線が福岡にやってくるのはまだ先の先の話だ。重厚産業時代には八幡製鉄は象徴的存在だったが、今では色褪せている。2次産業界は争って海外立地を求めている時代だ。北九州市の退潮は著しかろう。両市合わせて大福岡市が誕生する日も近かろう。九州新幹線沿線県は勿論、長崎県からも転入が多い。周辺都市の開発に伴いベッドタウンへの移転が始まっている。
- 福岡は対アジアの門口として古代から開かれた位置にあった。交易面からの三次産業の振興ぶりは、東京と並ぶ若い女性に人気の「レディース・シティ」であることにも象徴されている。京都市はいまでも全国一の学生の街だが、第2位が福岡市だという。若手の増加が都市の若々しさに貢献し、良き人口循環に寄与している。ここでも3大都市圏への流出は起こっている。昔は九州からは大阪であった。しかし今は関西圏よりもずっと多くが東京を目指すという。
- 関東圏にはいろいろ注目すべき現象が指摘されている。細かく見ると圏内からの転入が多いのは東京23区と周辺だ。それも働き盛りである。転出が多い行き先は埼玉県で、高齢者用施設への転居が目立つ。千葉や神奈川からは転入が多い。ことに神奈川からの転入が多い。横浜市は神奈川県の一時中心的な引力が小さく、働き盛り年齢層の草刈り場的状態だ。川崎市が人口150万を超す大都市で、働き盛りが俄然多い新陳代謝の激しい都市だとは知らなかった。
- ここまでが第1部。第2部に遠未来の東京の「二重構造の一極集中」が議論されている。東京圏に全国の人口が吸い寄せられる。だが東京内のの人口増減を見ると増加する区は中央区、港区、千代田区の3区に限られ、後はいろんな特殊事情での濃淡はあるものの全市町村で減少する。遠くてアクセスが悪い奥多摩町などは、人口は今の1/3ほどになってしまう。
- 大阪でも名古屋でも、ほかたいがいのミリオン都市、京都でさえも、類似の現象が起こるとある。京都は御所を含む昔からの中心・中京区と、その隣の京都駅のある下京区が増加地帯だという。横浜と川崎は東京の引力が強すぎで、市としての中心が弱い。だからか、この現象がやってこない。
- 東京の3区集中は前回('13年)推計ではもっともっとマイルドなはずであった。その理由については殆ど触れられていない。しかしヒトの住居に関するニーズが、こんなにも数理統計学では推し量れないものだと云うことを如実に証明していることは事実だ。本書はこんな目で眺めた方が安全なのである。
- モノづくり立国の看板は中国や韓国に行ってしまった。しかし「未来の年表」('19)に書いたように、貿易収支がトントン状態が続き悪いときはマイナスなのに、経常収支は毎年20兆円に近い黒字である。'18年には個人の金融資産は、ついに1800兆円を超えてしまったという。その年、企業の「内部留保」は500兆円を突破した。今や日本の中心産業はマネージング業である。その中央に3区がある。一旦はドーナツ帯に居住し東京のオフィス街に通勤をしていたホワイトカラーは、マンションの建設ラッシュを追い風に職住近接地帯に戻りつつある。
- 技術的背景は何と云っても電子工学の進歩、ことに広い意味での人工知能AIの浸透だ。モノづくりでは競争に負けたが、活用できる人材の厚さとこれまでの産業組織の蓄積が、今日の日本を動かしている。'13年ではそんな変化は見通せなかったろう。本HPでの人工知能の初出は'16年(「脳・心・人工知能T」('16))で、注目度はそのころから急増している。予想の困難性は、逆に'18年資料に基づく本書の未来像にも当てはまる。
- 奇しくも今年の新型コロナ・ウィルス騒ぎによってテレワークの実用性が確認された。極端な話、好きな田舎生活を楽しみながら、テレワークで千代田区の本社に疑似勤務するという時代がやってくる。これは折り込まれているかもしれない。しかし量子コンピュータは? その基礎を日本人が開発している。この技術革新が何をもたらすのだろう。あまり地域細別の人口集中地図に対しては、本書を丸呑みしないことだ。今回の新型コロナ・ウィルスによる世界大不況は、勿論予測の外の話だろう。
- 老齢化が日本全土平均に遅れて大都会にもやってくる。近未来が東京圏に80才以上が激増する時期だとある。そのトップが、私が住む千葉市美浜区で2.24倍だとあり魂消てしまう。今でも週日の昼間に散歩をすれば、ワン公連れの々齢者に、必ずと云っていいほどに出会う。これからどんな景色に変わるのだろうと思う。大都会は最近になって改装を始めたが、一般にはまだ勤労世代向けの構造だ。高齢者が混じって生活するとすべてのスピードが低下し非能率になる。バスの乗り降りを考えるだけで解る。全部日本のGDPにつながる。中未来に日本の高齢者人口はピークを迎える。空き家が目立ち、家も土地も買い手がつかない借り手もいない。もうすぐ年金削減の話が本格化するであろう。
- 過疎化が過疎化を加速する。過疎化地では生活インフラの最低限の確保すら覚束なくなる。商店は撤退。軒並み無医地区だ。自治体政府首長のなり手がいなくなる。議員は定数すら確保できない。将来の安寧を願うなら、誰しも大都会の中心部をよしとするだろう。だがそこでは小子化小子化だ。東京の出生率は全国一低い。遠未来像は我ら世代あたりの感覚では寂しい限りだ。でも小子化を選んだ。この道を選んだのは直接的には今現役の世代からである。著者は'63年生まれと云うから、まさにその中の最年長に入る。第3部は彼ら世代の将来展望と提案である。
- 拠点となる「王国」をつくって行こう。「王国」がネットを作るドット型国家に成るのが、著者の「戦略的に縮む」戦略の目標だとある。「王国」とはどんな内容か。概念のイメージを例示から眺めてみよう。
- イタリア・ソロメオ村。人口500人ほどの村に世界的高級ファッションの企業が中心部の古城を買い取ってやってきた。雇用は充実し、手に職の住民は誇りに満ちている。同じモノづくりでもかっての企業城下町の大量低価値商品は少子高齢化では時代遅れだ。少量価値商品が理想だ。でもそんな好都合な目玉企業なんぞここ30−40年の間に幾つ誕生する?と思わず反論。
- 高松市「丸亀町商店街」の成功はいいお手本だとある。ご多分に漏れず車社会化、住民の郊外転出、郊外大型店舗開店などで、旧来の中心部の繁栄に影が射した頃に、民間主導で商店街の再開発が行われた。再開発には住民呼び戻しへの配慮もある。この高松中央商店街にはアーケードが2.7kmあり、線ではなく面に広がる。交差点のガラス張りドームは事業の象徴になっている。丸亀町商店街はその中心的存在だ。アーケードは古くからあった。栗林公園への寄り道だったから知っている。芯になる住民があってこその再開発で、歴史文化の伝承の大切さを思わせる。しかし丸亀町のいわれである丸亀市は衰微甚だしい。人口規模のトレンドには抗すべくもないと云うことか。
- 空港がマイ空港的であると王国化の可能性がある。福岡空港が福岡市に至近の距離にあり、人口維持年層分布の健全化に役立っている。著者は長崎空港と大村市、松山空港と松山市、佐賀空港と佐賀市などに注目している。鹿児島空港や沖縄空港も王国の目玉として有望だという。大きな集客装置があればという発想は門前町的だ。他力本願だから集客装置の盛衰と運命を共にせねばならぬ。長崎空港には長崎新幹線が間近に迫っている。新型コロナウィルス騒ぎでドカ減りの観光客に、観光都市は青菜に塩となっている。自力本願の因子を一つでも多く揃えなければ、その王国は浮き草的存在になる。
- 外国ではオランダがいい手本だとある。同一労働同一賃金やワークシェアリングの勝利だとある。それでいて労働生産性は日本より高い。(これは1次産業と3次産業の話で、日本の2次産業ことに化学産業はアメリカを越している、念のため。)余裕と遊びの重要性を説いている。未来への投資だ。その通りだ。ゼニと暇と平和が文化の育つ条件だ。発明・発見はこれなしでは萎んでしまう。
- この手の本を見るたびに、私は、世の識者はなぜ「生めよ殖やせよ、それが生命40億年の宿命だ」と云わないのか不思議でならない。方策はいくらでもあるのに。民族の自然「死」を待とうでは識者と言えぬ。
('20/4/13)