海の地政学U

竹田いさみ:「海の地政学〜覇権をめぐる400年史〜」、中公新書、'19に対する私の感想文「海の地政学」の後編である。
太平洋の覇権は、日露戦争以降の日本とアメリカの競り合いになり、アメリカの反日気運を醸し出す。1次大戦は欧州列強の衰退をもたらし、アメリカを世界リーダーの地位にのし上げた。アメリカ主張の「航行の自由」が、海洋ルールになって行く。差し当たっては英米共同覇権だった。軍縮会議の主力艦数比は、パナマ運河が両大洋を結ぶ以上は、日本にとってまったく不利であった。英+米が5+5=10であるのに対し、日本は3であったから。しかしこの格差が、ともかくも、2次大戦まで太平洋の秩序を持ち堪えさせたと云える。
日本の劣勢逆転策は空母であった。緒戦では成功したこの戦略もアメリカ真似られて色褪せる。アメリカが戦中に製造した空母は140隻、日本は25隻。日本郵船歴史博物館が出てくる。そこで、私は父の乗船の魚雷攻撃による沈没のデータを見た(「富士丸沈没」('98)、「横浜一日観光」('09))。大戦で失った我が国の海運大国の地位は、今日に至るも回復できていない。
第4章「海洋ルールの形成」、第5章「国際ルールの挑戦する中国」、第6章「海洋秩序を守る日本」は本書のほぼ半分のページを費やしている、もっとも面白い、いわば本書の値打ちと言える部分であるはずだ。
国連海洋法条約での海域区分という図が定義と共に160pに出てくる。尖閣列島問題で再々メディアを賑わした中国の挑戦姿勢の意味がはっきり分かる。おかしなことだが、条約をある意味では主導してきたアメリカは批准していない。深海底とその資源をめぐる後進国との対立が理由で、先進技術国アメリカの自由を束縛するとしている。それ以外はアメリカも同意している。だから深海底以外は現今で世界に認められているルールだが、中国からはとくに南シナ海に関して挑戦を受けている。ベトナムでの敗戦、東南アジアの反米気運とフィリピン基地の喪失などで、アメリカが後退し南シナ海に「力の空白」を生じた。中国はその隙を突いた。
領海12海里はよいとして、接続水域12海里は、もともと英米間の密輸船とか貨物の積み替えを取り締まるために生じた概念であった。排他的経済域EEZ(接続水域より200-12-12=176海里)は元来自由往来の公海であった海域から、漁業権、鉱業権を大陸棚に設けて、管理と管轄の権利を主権的な権利としたものである。主権でなく主権と意味を膨らませてあるのがミソ。大陸棚は水深200mとなるプレートの崖。中国は、沖縄トラフ(最深2200m)までが、中国の大陸棚であるような発言を繰り返す。これでは東シナ海の殆どが中国EEZになってしまう。条約はその不条理を排除したものである。
大陸棚の漁業権問題はサケに端を発した。アメリカは大戦前までの日本漁船の北太平洋、アラスカ州プリストル湾における活動に目を?いていた。鉱業権問題とは海底油田掘削の権利である。クジラが採り尽くされたころに石油が灯火用として重宝されるようになり、産業革命後にはエンジン油として戦争をも支配する勢いになった。アメリカは幸運続きであった。国内に産出量豊富な油田が見つかり、エネルギー面でも世界を支配する勢いがつく。油田開発の目がやがて大陸棚に及ぶ。
戦後すぐのトルーマン宣言は大陸棚の権利に言及し、すぐ中南米諸国が支持を発表する。サンティアゴ(チリ)宣言は200海里領海化であり、公海の分捕り合戦は新たな海洋秩序を必要とした。国連における調整は、発展途上国の数の論理がアメリカの力の論理を上回るようになり、国連海洋条約に至るが、批准せぬ米英抜きでは無意味なので、妥協が図られる。しかしアメリカは上述の深海底だけは頑として受け入れない。ただしそれ以外は受け入れているので、現在での運営には支障はない。国際社会は30年以上の歳月を費やして、ようやく国連海洋条約を'82年に成立させた。'94年に批准数60(60番目が日本だったはず)という要件が満たされて発効した。
中国は'96年に批准したが、その4年前に領海法を成立させた。だがそれは国際協調を否定する大問題を抱えていた。競合する場合は、中国は国連海洋条約に縛られず、国内法としての領海法を優先させるとしていたのである。'92年当時はまだ中国の海軍力は覇を唱えるほどではなかったので、実害はなかった。だが、尖閣諸島は日本にお構いなしに領地と宣言され、南シナ海の大半(九段線内)が中国領海で、そこに含まれる無人島嶼も中国領だとなっていた。領海法には、領海や接続領域での管制権のために、人民解放軍の行動が可能であると規定されている。国連海洋条約のいちばんの成果であった、軍艦の領海での「無害通航(航行の自由)」を制限した。アメリカ海軍に対する南シナ海公海(大陸棚)での中国の執拗な妨害事件は、大陸棚にまで領海法を拡張しているから、起こるべくして起こったいざこざと言える。
中国は、領海法に続いて、排他的経済水域および大陸棚法、無人島の保護および利用管理規定、海島保護法を成立させた。海域だけでなく空域にも東シナ海に東海防空識別区を設けた。尖閣諸島を含む日本の防空識別圏と重なっており、そこに入る航空機は中国のフライト許可が求められた。日本は厳重抗議し認めなかった。日本との間には中国側の大陸棚ボーリングの問題も残っている。かってに定義をしては既成事実化に向かってくる。巧妙な戦略である。
我が国では海上秩序の法の遵守には海上保安庁があって、その巡視船が沿岸警備を行う。海上自衛隊の出動には、首相-防衛相-議会の強い縛りがあって、間接侵略その他の緊急事態でのみ立ち上がれるとしている。海上保安庁には軍隊としては組織しないと明確な一線が敷かれてはいるが、有事の時の統制権は自衛隊側にあると柔軟に規定している。中国には再々の漁船(先兵)や公船(先兵の警護役の名目)の領海侵入に見られるように、尖閣諸島へのあからさまな侵略意図があると云う前提は必要だ。国後、択捉、竹島いずれをみても、占領国は、相手国(日本)が戦争行為でもって実効支配せざる限り、永遠に占拠する。我が国が、憲法でそれを禁じていることに、悪乗りしているとも云える。いったん占領されたらお終いになる。
法の執行機関として海上保安庁を分離し、それを周辺に対応させながら随時増強して行く姿勢は、中国から痛めつけられている諸国の一つの模範になりつつある。海上保安庁の巡視船、基地、大学校の現状などが纏めてある。かって中国の原子力潜水艦が潜航状態のまま南西諸島を通過した。国連海洋法では許されない行為である。日本は執拗にその航路を追跡している。中国はその捕捉能力を認識せざるを得なかっただろう。中国の、国益のためには無法行為を辞さない冒険主義には、甘い隙など絶対に見せてはならない。
中国のイメージ戦法に特に日本は要注意である。例えば広域経済圏構想の「一帯一路」。日本人は四字熟語に弱い。「漢字と日本人」('05)や「漢文と東アジア」('10)には、我らが漢字を捨てなかったメリットとデメリットを考察している。私は過去を継承して捨てなかったことを大正解と思っているが、デメリットに中国を早とちりで解ったと誤解することがある。文字を見たらちょっと解るのが問題なのだ。だから何となくそれが意味する戦略に幻想を抱いてしまう。アジアに旅行して漢字に出会うと英文より先に読んでしまう。
3/23の報道で、アメリカが、一帯一路の具体策であるインド太平洋港湾に対する中国の魔手を防ごうと、日米による港湾整備援助を提案していると知った。一昨年に訪れたスリランカにおける中国の進出ぶりは確かに脅威だった。訪問はしなかったが、ハンバントタ港はもはや中国の港と云えるほどだった。かといって対策に米国に追従することはない。米国がアジアで事を起こすには、白人国との共同では見向きもされないから、日本に顔を貸せと云っているに過ぎない。各国は米中との軍事バランスに神経を尖らせている。中国軍港化防止を粘り強くそれこそ「歴史」からPRし続け、過去からの密接な関係を保持する努力を間断なく続けるのが王道で、米国の手下と見られるような共同行動は極力避けるべきである。

('20/3/23)