空雪年の雪見旅行

空梅雨(からつゆ)はあっても空雪(からゆき)と言う表現は気象庁の用語にはないようだ。でも昨今の日本ではこんな言葉があっても良いと思う温暖気候が続いている。大人の休日倶楽部パスで雪景色を求める旅をした。高齢者にとって寒冷地の歩行は要注意だ。だから列車から列車への汽車に乗る旅である。それでも歩行計は1日6-7千歩は歩いていることを示した。
第1日目。東京駅のプラットホームで、昼飯におにぎり弁当、夕食に千円弁当を買った。前にも書いたが、旅行ではよっぽど用心しないと体重が増える。大宮駅で子供の転落事故あり、出発が6分遅れた。黒磯駅あたりまでは平野に雪はまったくない。仙台から花巻までやっぱり平野に雪はなし、ただしはるか西の高山には雪がある。盛岡を過ぎると家の屋根に雪が多少見える。新青森駅でサラサラ雪が降る景色になった。新幹線で隣に座った男は、PCとスマホにかじりついていて、おまけに耳に無線イヤホンだった。こちらからどこまでと2回も問いかけて見たが、まったく反応しなかった。
リゾートしらかみ4号は弘前から川部に引き返し五能線に乗る。りんご園は10cmほどの積雪。のっそりゆったりの旅でかつ快適の車両だが、線路の問題なのか揺れが激しく、車内カフェのコーヒーも危うく溢れそうだった。りんごどら焼きを土産に買った(残念ながら食べた我が家族の反応は今一だった)。このリゾートには津軽三味線の実演はなかった。車内の催しは日と時間と場所で違っているらしい。半分以上真っ白のお岩木山は山頂部が雲で覆われていた。五所川原では津軽鉄道の車両が見れた。貧素な車体だった。太宰治の生家には、あの鉄道で金木(「津軽」('01))まで行かねばならぬ。
車窓の民家は二重ドアが多い。でも只見線で見たような2階からの出入り口のある家はなかった(「大人の休日倶楽部パス旅行(2019)」)。日本海のその日はわりと穏やかだった。千畳敷では乗客の散策時間を取ってくれる。桂月:「紀行文」と太宰治:「津軽」の一部を刻んだ文学碑が建っていた。前者は大正10年の文語体でちょっと読みづらい。後者は時代を伝える名作で、このHPに紹介したことがある(「津軽」('01))。摩滅して姿がよく分からない道祖~様の石像が7-8体並んでいた。200年ほど昔に隆起したらしい。深浦あたりまでには海岸線すれすれを走る場所がある。波打ち際にはテトラポットの防波堤が置かれている。これ以上砂が削られると線路が危ないのだろう。ここらで太陽が日本海に沈み、夕暮れを迎えた。岩館あたりで真っ暗、乗客数は私の車両は2人だけ。秋田まではさらに1時間半だった。はやぶさにもリゾートしらかみにもFreeのWi-Fiがあるが、DOCOMOの地図ソフトとLNEには使えなかった。セキュリティの問題なのだろうか。
東横イン秋田にチェックイン。駅とダイレクトに繋がっているので、悪天候の時通行に安全で便利なビジネスホテルである。一人旅のときはこのチェーンホテルをよく使う。どこもほぼ同じ構造に造られているので、勝手知ったる我がホテルになっている。ついこの間創業者を継いだ二代目社長の随筆が毎日新聞に出ていた。彼女の著作本が部屋の備品として置いてあった。我が国では部屋数トップのチェーンだが、世界トップの1/15ほどにしかならないらしい。鋭意海外出店中とあった。
第2日。朝、秋田大学に向かう。ここの鉱業博物館を見学したことがある(「大人の休日倶楽部パス(東北スペシャル)V」('12))。駅から歩いて私の足で20分ほど。センター試験会場になっていて受験者が入って行く。私は部外者なので正門前でシャットアウト。門前のバス時間表では1時間に1本程度だった。諦めてまた歩いて戻った。キャンパス側の秋田市は、碁盤の目状態に幅広の道路があり、車の交通も疎らで、建物もゆったりした配置になっていた。秋田市移住のポスターをところどころで見た。
駅でおにぎりと秋田のんめもの弁当を買う。この弁当は昨日のリゾートしらかみのパンフレットに、大人の休日倶楽部パス発行日に合わせて新に売り出すと記載されていたもので、「んめもの」とは「うまいもの」だろうから土産にいいと判断したからだ。あとで食べた家族の反応は、お味が単純と云うことだった。
新潟行きの特急いなほはがらがらだった。座席は良かったがスマホ用のWi-Fiと充電電源はなかった。羽後本荘手前の涸れ田に20-30羽の白鳥?を見た。もうここらでは平地には殆ど雪はない。千葉はみぞれだと云ってきた。遊佐近くになって鳥海山が見えた。ほぼ晴天の中、中腹より上が真っ白だった。酒田までの山間で閉校記念祭の文字が窓ガラス越しに見える校舎があった。コンクリート造りの立派な建物だった。日本の近未来を暗示するようでなんとも寂しかった。夕食前に我が家に帰着。
第3日。はやぶさで北上、仙台まででは那須山、吾妻山などの頂の雪を観察、栗駒山の雪は一関から見た。一関を出ると枯れ田畑に雪。2千mを越す岩手山の雪は見事。その横は鳥帽子山か、やはり雪。新青森から普通列車を乗り継ぎながら鷹ノ巣駅へ。今回旅行でもっとも積雪が厚い路線だった。通過した津軽湯ノ沢駅のプラットホームには20cmほどの雪のマットを観察できた。鷹ノ巣から角館までは秋田内陸縦貫鉄道である。ワンマンジーゼルカー1両の普通列車で所要時間2時間半、1700円。
今回旅行で東北にもSuicaが浸透してきたと感じていたが、この私鉄は現金オンリーだった。デジタルマネーなぞ通用しない私鉄があっても良い。最近のNHKクローズアップ現代+でデジマネ先進国スエーデンを紹介していた。停電したらお手上げなんだそうだ。今日本は4割が現金での売買。これでいいとおもっている。2時間に1本程度の疎らな運行線路。
駅のとなりに観光案内所。お土産になつはぜのジャムを買う。小瓶が750円だった。なつはぜとは、ツツジ科の植物(イチゴはバラ科)で、果実は10-11月にかけて熟し、ブルーベリーに似た黒褐色になる。甘酸っぱいため、生食のほか、ジャムや果実酒に加工できるとWikipediaにあった。トラフシジミの幼虫が食草としているともあった。トラフシジミは美しい小型の蝶で、中学生時代の思い出にある蝶だ。
五能線よりもっと寂しい車窓景色が続く。近くに座った若者は鷹巣高校の生徒で片道40分をこの電車で通うという。駅ごとに民家があるが家数が少ない。電灯が灯っていない家もある。灯っていても殆どが一部屋だけだ。出発してから30-40分ほどは一面が雪だった。阿仁合駅は路線中間の中継駅で、駅員が常駐する。10分の停車を利用して駅中を見学。瀟洒な作りで2Fにはカフェがあるという。パンフレットには、かっては産銅日本一を誇った阿仁鉱山の街として栄えたとある。寺院が7-8あり、外国人官舎まで残っているという。またぎの看板を背景にする写真スポットがあった。
女性ばかりの4人連れの旅行者が近くに座った。台湾からの5日旅で東北を廻っているらしい。キツネ村で撮った狐の写真を見せてくれた。彼女にはキツネは珍しいらしい。私は昨年の台湾訪問(「台南、シンガポール、香港」('19)、「輝けるアジアクルーズ」('19))の話をした。行儀の良い台湾人だった。こまちで秋田へ。宿は第1日と同じ東横イン。
脱線1。尾籠な話で恐縮だが、宿について排便に座ったら大出血した。すぐ持参の軟膏を注入した。翌朝またも出血もう軟膏はないので、手ぬぐいで褌。しかし大便にはもう血が付いてないのでほっとした。計画通りに行動する。帰宅後調べた。私の肛門には血豆が出来る。血栓性内痔核だ。進行度1度か2度だろう。1〜2年に一度思い出したようにこの血豆が出てくる。外科の先生は手術をあまり薦めなかった。翌々朝またちょっとだけ出血。軟膏注入。Webで調べると、ネリプロクト軟膏注入は対処療法。ステロイドが入っている。
脱線2。昨年の暮れに、買い物ついでの散歩のときに足が進まなくなって倒れ、通行人のお世話になった。内科の医師は足梗塞のテストをやり、それがないと解ると、血管平滑筋弛緩のためと云って、カルシウム拮抗剤を処方してくれた(「神経とシナプスU」('16))。血流を良くして足筋肉への酸素供給を十分に行うためである。血圧も下げてくれる。でも用心肝要。本心を云うと旅ではあちこち歩き回りたいが、知らぬ土地、人通りが少ない土地は意識して歩かないようにしている。いざというときの連れとか村人がいないと困る。バラエティの少なくなった旅行記をお許しあれ。
第4日。奥羽本線で南下する。昔の日本海漁村民家はくすんだ板壁の小さなしかし一軒家が作る家並みで、それなりに風情があった。今も小さな一軒家には変わりないし家の位置もほぼ昔通りだろうが、多くの外壁は石膏ボードとか合板、モルタル、セメントに換わっている。なにか安っぽい印象になった。周囲と互いにアンバランスなのが多いようだ。天気はキツネの嫁入りで雨になったり日が出たりだった。雪はない。日本海の波荒らし。
酒田が終点の普通列車だった。中国語の一団にどこからと聞いたら台湾と答えた。駅の清川屋に入る。芭蕉が奥の細道で通った頃、既に営業していたという古い店だそうだ。「だだっ子」なる伝統の菓子を土産に買う。餡が枝豆で出来ている。店内に酒田笠福なる子孫繁栄を願う呪い飾りを見た。駅中展示では、飾り人形、土人形、ひな菓子など昔の文化を伝える。陸羽西線は新しい2両編成のワンマンジーゼルカー列車だった。ここからは合わせて10人ほどしか乗車しなかった。古口でざっと30人ほど乗ってきた。川下りを終えた観光客らしい。毎日が日曜日だと問わず語りで話しかけ、今日は天童にするかと、おじいちゃん3人組は賑やかであった。中国語の一団がいた。もうどこからとは聞かなかった。新庄からのつばさは2両が自由席。こまちは全車両指定席だったのにと不思議に思った。

('20/1/22)