長野五輪



夏と比べると冬のオリンピックは、雪国育ちではない私には馴染みが薄い。過去冬の大会にはあまり関心を持たなかった。といってもTV観戦すれば、そのときはそれなりにスポーツとしての冬の競技への感激はあったのである。やったことの殆どないスポーツだから細かくは見ていない、素人観戦だったということである。
勢い開会式閉会式に代表されるお祭りあるいは祝典行事に気持ちをそそられる。長野はよくやったと思う。だいぶ以前に見たフランスの大会の開会式閉会式が、何とも間延びした退屈な独りよがりの式典だったので、私が遠離る原因になっていたのだが、今回のは良かった。民族民俗が全面に出ていたのが良かった。子供が演じた役割が大きかったのも良い。式典の締まり方からいえば、曙の土俵入りはカットしてもよかった。第九の演奏も1/3ぐらいにすべきだった。
モーグルという競技をまともに見たのは初めてだった。下馬評になかった里谷選手の金メダルに驚き、彼女が君が代にも日の丸にも帽子を取らないのにびっくりした。本人は、ヘアスタイルの崩れを国家国旗への敬意よりも優先させたと弁解した。再放送で見る帽子姿の彼女は、確かに無帽の時よりも凛々しく美しく見えた。それでも彼女が優先順位を間違えたことは非難されるべき事実である。この五輪の成功のためだけでも、どれほどの日本人が直接間接に尽力したかを考えれば、その象徴としての国家国旗への敬意は当然である。だいたい理屈なしに脱ぐものである。
カーリングを始めから終わりまで見たのも初めてであった。対アメリカ戦の最終回で見せたスキッパー敦賀選手の神業のような一投は強く印象に残った。彼の投げる瞬間の真剣な眼差しは忘れがたい。YahooでOlympic, Nagano, Curlingを引いてみると敦賀選手がskipのトップに位置付けられていた。彼も里谷選手と同じく高校生だそうだ。二十歳までの若い年代の活躍が目立ったオリンピックだった。
ボランティアが支えたという意味では日本で最初の大会ではなかったか。彼らと地元民の温かいもてなし、親切、誠意、笑顔、優しさが観客に伝わって好評であった。外国記者に異例ともいえるほど好意的な評論をもらったのは彼らであった。それに反してまたかと思ったのはお役人主体の長野五輪組織委員会NAOCであった。IOCばかりに気を使い、日本の新聞記者などには木で鼻を括ったような対応だったと報じられた。私は会場には行ってないので新聞情報程度だが、常識的にはさもありなんである。

('98/02/27)