騎士団長殺しT
- 村上春樹:「騎士団長殺し」、新潮社、'17の2冊:「第1部 顕れるイデア編」と「第2部 遷ろうメタファー編」を千葉市図書館から借り出した。この小説家はノーベル賞のシーズンになると、文学賞候補としてメディアの話題になる人だが、私は彼の著作をまだ一度も見たことがない。数多い作品の中からこれを選んだ理由は、ただ記憶にある彼の作品のもっとも新しいものだったと云うことだけだ。
- 騎士団長といえば、すぐ地中海に浮かぶマルタ島を思い浮かべる。そこには世界遺産の騎士団長の宮殿がある。クルーズ船が頻繁に立ち寄る観光地だ。マルタ島は聖ヨハネ騎士団の、ナポレオンが来るまでの270年間弱の領有地だった。騎士団には、オスマントルコに対する「聖」戦の長い歴史がある。このHPには「ヴェネツィア共和国の一千年」('09)、「十字軍物語」('12)、「ローマ亡き後の地中海世界」('14)、「オスマン・トルコ史」('19)ほかにいろいろ解説している。「秘密結社の世界史」('06)では暗殺教団の裏面に触れている。私は小説を読むときは、前評判とか解説は一切見ない。だから題名から「ダ・ヴィンチ・コード」('06)モドキの小説かと思ったのは理由がないわけではなかった。
- 本書第1部を100p(第5節)ほどまで読み進んで、騎士団長殺しの謂われが解った。出所はモーツアルトのイタリア語オペラ「ドン・ジョバンニ」である。殺されるのはIl Commendatoreだ。本棚に埃を被っていたPurvesのItarian-Englishで牽くと、holder of former It. grade of knighthood(直訳はイタリアの昔の騎士爵位保持者ぐらいか)とあった。ilはtheだ。平凡社の世界大百科事典のドン・ジョバンニには騎士長となっている。余計なお節介だが、イタリアに騎士団は大げさだ。騎士長の方が正しいように思う。字引にもっと正確な訳なら騎士爵だ。
- 期待?に反して本小説は中世騎士団が活躍する物語ではなかった。日本の現代のお話である。第6節までは、主人公の洋画家が離婚で家を出て、あてもなく2ヶ月ほど自動車放浪の旅行を行い、昔高名の日本画家が仕事場を兼ねていた邸宅に落ち着く。「騎士団長殺し」という題の日本画が、その邸宅の屋根裏に隠されていた。ドン・ジョバンニから翻案された飛鳥時代風の絵画であった。作者が家主の日本画家であることも歴然としていた。
- 主人公は離婚前は肖像画家として評判を取り、収入も安定していた。放浪が終わった後は、絵画教室の講師のポストがアルバイトとして待っていた。邸宅もポストも美大の同窓の友人、実は高名日本画家の息子の尽力による。周囲も出自を含めて中流以上で、めずらしくプロレタリアートがまだ一人も顔を出さない小説だ。主人公の情事の相手さえ行きずり以外は有閑マダムクラスである。
- 肖像画はもう止めようと主人公は決心していた。趣向する方向へ今後は注力するはずであった。かってはそれは抽象画だった。だが広げたカンバスは、真っ白のままに、何週間かが過ぎた。彼の過去の肖像画にモデルの個性心情が写されていると、破格の画料を提示する肖像画の依頼人が出現する。主人公は誓いを破る。依頼人の希望はモデルに立ちたいと云うことだった。画家と心の交流をしたいという。これまでの主人公の製作法では、個性の把握を対話でしっかりやって、モデルを写し取る作業は省くのが常だった。やがてカンバスの中のポーズが決まる。
- 主人公は閉所恐怖症を抱えている。大事にしていた幼い妹が死んだとき、彼女を棺桶に入れて死体を火葬場へ送り込んだ経験がトラウマになっている。ある夜異常な静寂さに目が覚める。いつもの賑やかな虫の音が停まっている。代わってかすかに鈴の音が聞こえる。音を辿ると朽ちそうになっている祠に出、発信源がその裏の崩れた昔の墳丘らしい石積みの中の土かららしいと解る。次の日もほぼ同じ時間帯に同じような出来事が起こった。好奇心盛んな依頼人と探検を始める。ここらが本の200pほどあたりだ。
- 私がこの小説を読む速度は日に100pほどだ。うまい具合に100pほどごとに何らかの区切りが出てくるうまくできた小説である。300pの区切り(正確には304p)には「我々の人生に於いては、現実と非現実との境目がうまくつかめなくなってしまうことが往々にしてある。」という言葉が出てくる。阿弥陀堂だより(「阿弥陀堂だより」('02)、「小説:阿弥陀堂だより」('19))には、あの世とこの世の境について似たような発言が出ている。映画での、脇役だったが心の中心の堂守:北村谷栄の演技はすばらしかった。これが本小説の主題提示ではないかと思った。
- 依頼人は主人公と同じ場所同じ時間で追体験をする。鈴の音は幻覚ではないことが立証された。重機で墓を暴く。頑丈な石造りの空間に古風な仏具とおぼしき鈴だけが発見される。発掘後鈴は2度と鳴らなくなった。依頼人は石室に入り覆いを元通りとしてもらい、1時間ほども「即身仏」の顕れるのを待つが、何事も起こらなかった。上田秋成:春雨物語の「二世の縁」との類似性が語られる。上人は生入定で即身仏となったが、石室の遺体はミイラとなり数百年を経ても鉦を叩いたという。現代人にとっては即身仏は何かおぞましい存在だ。「対談:ゆかいな仏教」('14)、「北越雪譜」('17)に私なりの知見を述べている。
- 肖像画は完成する。画竜点睛のアイデアを気付かせたのは、またもや不可思議な「天声」であった。依頼人は絵の出来に大喜びし、主人公を夕食に招く。主人公は「即身仏」を、ドン・ジョバンニが騎士団長の彫像を招待したように、招待してはどうかと冗談を言う。本書第1部の副題の「顕れるイデア編」について:Wikipediaの「イデア論」には、本当にこの世に実在するのはイデアであって、我々が肉体的に感覚している対象や世界とはあくまでイデアの《似像》にすぎないとプラトンが説いたとある。イデアの英語はidea。
- 絵筆に自信を回復した主人公は、かねてからの本作に取り掛かる。モチーフは旅先の漁師町のファミリー・レストランで見た老人。彼が主人公に投げかけた詰問するような眼光を表現する絵である。カンバスは快調に埋まって行く。鈴がまた聞こえるようになる。想像していた生入定の上人ではなく、はっきりと日本画「騎士団長殺し」の騎士団長の姿で顕れた。自ら「イデア」だと名乗る。イデアは幾ばくかの時空的制限はあるが、現世に現れる姿は変化自在なのだ。依頼人の招待に応じるという。依頼人には姿が見えない。
- 幽霊の正体がイデアというのは初めてだ。映画、TVドラマ、絵画などなどそれらの原作も含めて記憶を辿ってみたが(「雨月物語」('02)、「日本の面影」('03)、「ハムレット」('06)、「酒井抱一と江戸琳派」('11)、「KWAIDAN」('15)など)、どの幽霊にも出生があって、その怨霊が果たしえぬ夢をこの世の呪いとなって人に取り付く話だ。ここが村上春樹なのかなと思った。
- 依頼人自宅での夕食会で依頼人の概要が分かる。我ら市井の小人が理想とするような生活環境だ。主人公への好意は念の入ったもてなしぶりによく顕れている。ほどほどの資産運営で十分な生活資金が得られる半隠退生活で、独身。広大優雅な邸宅。面倒な事業関係、血縁関係の付き合いは殆どゼロで、訪ねてくる友人も殆どゼロだ。依頼人は主人公に今までは他人に話したことがない秘密を打ち明ける。彼には籍にはないが我が子の可能性十分の娘(秋山まりえ)がいる。まりえは依頼人の邸宅から見える位置に住んでいる。依頼人がこの邸宅を高価な代償を支払ってまで手に入れた理由である。イデアはじっくり聞き取っている。
- 依頼人はまりえの肖像画が欲しいと言う。主人公は、これまでの経過から、依頼人の本当のねらいがまりえとの仲介ではないかと疑う。まりえは主人公が講師をする絵画教室の生徒だ。まりえをチョークでスケッチすると、絵になった。依頼人は見事なアレンジで、自身は表に出ないように、自然に主人公のスタジオ(アトリエ)にまりえがモデルに出向くように仕掛ける。主人公は、会話を通じて、教室では見えなかったまりえの中味を次第に理解するようになる。まりえは中学生で、死んだときの妹と同い年だった。面影を重ねて感じるようになる。
- 合意してからなぜか半年も経って、法律事務所から離婚届の書式が届く。主人公は離婚相手にいまだに好意を持ち続けている。「騎士団長殺し」を密かに残した日本画家の秘密が、おおよそだが解ってくる。ウィーン留学中に経験した、ナチス・ドイツのオーストリア併合の裏にあったとされる、ナチス高官殺害未遂事件の絵画暗号記録ではないかという。画家は2次大戦勃発寸前に独を離脱した(させられた)。
- 以上が第1編で500pを越していた。
('19/7/29)