ゲノムが語る生命像(再読編)T

本庶佑:「ゲノムが語る生命像」(第5刷)、講談社Blue Backs、'13を読む。その前に、本庶 佑/立花 隆:「対談 がんを消す免疫薬の真実」、文春e-Books( Kindle 版)、'18を読んだ。どちらも本庶佑先生(京都大高等研究所特別教授)の2018年度ノーベル医学生理学賞受賞を記念して重版されたものである。授賞式のニュースは見た。川端康成氏以来という羽織袴姿で出席されていた。
前者は同じ著者による「遺伝子が語る生命像」('86)の27年ぶりの改稿版という。その改稿版(以下本書という)も、もう初版来5年を経過している。研究スピードは画期的に速まっている。いずれその内に改訂版が出るのだろう。実は本書の第1刷を'13年に読んでいる。今回購入の本書と違うところは、本の帯に「ノーベル医学生理学賞受賞!」が、麗々しく、大きな活字で印刷されていることだろう。その時の感想文は、「ゲノムが語る生命像」という題でこのHPに載せた。重複も多いだろう。だが比較して頂くと、私の見方の変化が見えて面白いとも思う。
後者は「文藝春秋」の'16年5月号に掲載された立花隆氏との対談を、この題で再構成したものという。対談では、ニボルマブ(商品名:オプジーボ)開発の経緯から、厚労省や日本の製薬会社の時代遅れぶりが具体的に明らかにされていた。ケツを叩かれても叩かれても共同研究に立ち上がろうとしない日本製薬業界事情や、アメリカのベンチャー企業が食い付いてきて初めて目覚めた小野田薬品が、最終的には、アメリカと組まざるを得なかった経緯が、日本の製薬事業の暗い将来を暗示するようで落胆させられた。生命科学製品の企業化は博奕で、大資本と事業に対する目利きが要る。競争力のある会社は世界で20社ほどだというのに、日本には政府の護送船団方式で、50社もの製薬会社がある。そしてその無駄のツケを消費者が支払っている。
数百から数千億円規模の大国家プロジェクトのロケットの打ち上げとかスーパーカミオカンデに比べれば、生命科学プロジェクトは1億円オーダーだ。小さな予算で数多くの研究者がオリジナリティの発見に打ち込める。オリジナリティこそが国の将来を決める。ロケットもカミオも目的と道具立てが制限されている以上は、私に言わせると、親玉以外は、極端に言えば、テーマが制限されるいわば研究奴隷である。それに生命科学は新製品で企業との結びつきと新分野への展開が期待できるのに、ロケットにもカミオカンデにも、機器受注以外にそれがないという決定的弱点がある。
10/25の毎日に「どうなる次世代加速器誘致」という解説記事が出た。8000億円の国際リニアコライダー(ILC)を北上山地に持ってこようという自民党有志主導の大型プロジェクトである。日本は半分は負担せねばならないだろう。東京五輪の予算の膨張ぶりを見ると、実際はきっとこの何倍かに膨れあがるだろう。コライダーの大本の原理は解っているから設備が動くのは確実だ。つまり科学の分野でなく、金を掛けたら誰でも出来る技術の分野への投資に過ぎない。その建設によって宇宙創生の開明は進むだろう。でも将来の産業に結びつくような、オリジナリティ性の高い発見は絶望的に少ないことは明らかだ。1人の大親分の物理学者のために8000億円出すより、1億円のプロジェクトで8000人のリーダーを生む方が重要に決まっている。
メンデルの遺伝の法則を知ったのは中学生の頃であったか。優性の遺伝形質と劣性のそれが3:1で孫世代に現れる。メンデルの実験には鉛筆を舐めた、つまりデータの恣意的改竄をやった節があると、後世の学者が指摘したことは記憶している。それがあったにせよ、遺伝形質混合の常識を打ち砕いたメンデルは偉大であったと著者は云う。第2章の14項に、生物進化に寄与する遺伝学的理由の一つとして、減数分裂における相同染色体の組み替えの話がある。これがメチャクチャに頻繁に、つまりブレンド同様状態に起こるものだったらメンデルの発見はなかったはずだから、彼は研究者としたハッピーだったのだ。
ダーウィンの自然淘汰はあくまでも仮説だった。だが'09年の京都賞を取ったグラント博士夫妻は、ガラパゴス島のフィンチの嘴の変形によって、35年という短期間で実証して見せた。遺伝学から見れば驚異的に短い期間だ。その理由付けが見事である。京都賞のレベルの高さも判る気がした。
第2章の13項は、「ゲノムの間違いが進化の母である」という題になっている。間違いの起こる理由や場所はいろいろだが、DNAの複製の場もその一つだ。DNA合成酵素は1種類で、立体的に'5→'3しか働かない。複製の仕事の半分は'3→'5だが、どうするのか? 名大・岡ア令治教授の岡アフラグメントによる不連続複製機構が解説してある。フラグメントを作り、あとで連結酵素を働かせて結合するというものだ。
第2章の10項は「ゲノム情報に含まれる未知のもの」という題だ。エクソンの上流、下流、エクソンを挟むイントロンに機能発現を調節する制御配列がある。役立たずと思われてきたジャンクからもマイクロRNAが発現して、これがmRNAの翻訳や転写の制御に関わっているという。千数百種に上るという。
オサマ・ビン・ラディンは、アメリカ同時多発テロ事件などの数々のテロ事件の首謀者とされる。米軍特殊部隊によりパキスタンで殺害された。Wikipediaによると、遺体はアメリカ軍によって、複数の親族とのDNA型鑑定の照合によりビン・ラディン本人と確認された(マサチューセッツ州のボストンでビン・ラディンの妹が脳腫瘍で数年前に死亡しており、FBIはその細胞と血液を保存していた)という。
まずポリメラーゼ連鎖反応法(PCR)で試料のDNAをどんと増やす。昔はベクターが背負ったDNAを大腸菌が増殖するという手間な方法しかなかったが、PCRは試験管で手早くできる。有機合成で作ったDNAプライマーを、95℃くらいにして解きほぐして出来た試料の一重鎖DNAに取り付け、あとはDNA合成酵素の助けでDNAを元の長さまで伸ばす、これを繰り返すのである。
DNA塩基配列決定には、マキサム−ギルバート法とサンガー法がある。後者は前回の「ゲノムが語る生命像」('13)で紹介した。前者は、DNA末端に標識(放射性P)をつけ、中間のDNAの目標塩基例えばT(チミン)に不完全な化学装飾をつける。不完全とはたくさんのTのある割合でという意味。化学装飾部を分解。出てきた末端を含むDNA断片からDNA中のT出現位置を決める。あとはのこりの3塩基について同様の操作を行うだけというものだ。
遺伝子治療技術のネックは、遺伝子を細胞のDNAに挿入する技術は出来たが、取り込まれた遺伝子が染色体のどの部位に入るかの予測がまったくつかないことだ。発現制御が出来ず偶然に頼っている。標的遺伝子をその位置に置くノックイン・マウスは、ES細胞と相同組み替え技術で目的実験動物を高い確率で作り出すことを得たが、人にそんな方法を使えるはずがないではないか。
ちょっとページ数が増えそうなので、以下は「ゲノムが語る生命像(再読編)U」に本書の注目記事を記載する。

('19/1/7)