サイコパス
- 中野信子:「サイコパス」、文春新書、'16を読む。A.ヒッチコックの名画:「サイコ(Psycho)」('60)は見ている。でもサイコパスと綴ると、旧世代には馴染みの薄い言葉になる。Wikipediaには「精神病質(せいしんびょうしつ、英: psychopathy、サイコパシー)とは、反社会的人格の一種を意味する心理学用語であり、主に異常心理学や生物学的精神医学などの分野で使われている。その精神病質者をサイコパス(英: psychopath)と呼ぶ。」と出ていた。このHPの「脳内麻薬」('15)は同じ著者の著書の紹介だ。著者は著名な脳科学者らしい。
- 「第1章 サイコパスの心理的・身体的特徴」の1項目に、「サイコパスが重視する道徳性、重視しない道徳性」がある。社会心理学者が分類した道徳心の5つのパターンが面白い。1.殺してはいかん(加害否定)。2.自分に甘く他人に厳しいはノー(公正さ)。3.帰属を大切にする心。4.権威を尊重する心。5.宗教心とか信仰心に通じる神聖さ、清純さを大切にする心。サイコパスは1.と2.のスコアは低いが、残りのスコアは高めという。
- サイコパスが無視できぬほどの割合で人類に存在する理由が、人類の作った仕組みの中でサイコパスが生き残る有利さを上げている。暴力団でなくても、大型の組織になればなるほど、上に行くほどにサイコパス的傾向を帯びずにおれないという非情さが要求されるのが、現代社会である。第4章にサイコパスの進化心理学とも云うべき解説がある。サイコパス脳と社会性重視脳は、人類進化の途上で互いを淘汰しつつ、現在の割合(サイコパスがアメリカ人では4%、日本人では1%)に落ち着いたのだ。
- ヒトは狩猟、焼畑あたりの小集団生活から現代の大社会生活への進化した(「家族進化論」('16))。小集団生活と大社会生活では優先する個性、社会ルールは異なる。集団が小さければ小さいほど、心理上は外(敵)に対する緊張対抗敵対姿勢の比重が高い生活を強いられる。嘘、寝返り、泥棒、強奪ぐらいは序の口で、時には殺人も平気でやらねば自分たちの生命が脅かされる。サイコパス優位の世界だ。内が大きくなると相互の共栄に思いやりの心:「良心」が重用され、サイコパスは排除されがちになり、そんな価値観の情動脳が生き残るような交配が繰り返されて行く。
- 現代でも少数世帯で孤立生活を営むブラジル奥地の先住民族は、サイコパスが生きやすい環境にあることが解っている。部族によっては殺人が集団内の地位を上げている。この乱婚部族では殺人者の方が子供の数が多い。男の44%に殺人経験があり、男の死因の3割は暴力によるものといった数字が上げられている。
- 第1章の始めにサイコパスの犯罪例が出てくる。最初の例がIQ127の天才サイコパスである。あとで否定されるが、サイコパスには天才が多いなどと誤解される基になった。東大生の平均IQは120という。この数字にはちょっと引っかかる。もっと高いのではないか。私が大学受験したときはまだ敗戦の影響のあった頃だった。京都の私の高校では、戦災がなかったからか、東大志願はゼロだった。京大に入った連中のIQをいくつか覚えている。測定方法にもよるのだろうが、一発合格者のIQはほぼ120-130だった。
- 心拍数とサイコパスの相関関係という項がある。どきどきが抑止力という項もある。私は白衣高血圧症だ。病院に出掛ける前から血圧が上がっている。お医者や注射の看護師の前ではなお一層高血圧だ。近頃病院には血圧自動測定器があって患者が自由に使えるからよく分かる。人前でしゃべったり演じたりするのは大の苦手だ。練習では苦もなくこなせるのに人前ではままならぬ。サイコパスと私の間には広いグレーゾーンがあって、社会で成功するのはかなりグレーの奥深いところにいるヤツの場合が多い。
- 神経科学における大脳辺縁系の海馬や扁桃体の役割は重大で、近年とみにフットライトを浴びるようになった。このHPにも数多く出てきた。ここ3年ほどでは、「脳・心・人工知能U」('16)、「神経とシナプスV」('16)、「つながる脳科学T」('17)、「新しい人体の教科書(下)U」('18)がある。サイコパスは熱い共感を持たない、恐怖を感じない脳を持つという。fMRIで測定すると、サイコパスでは脳の「扁桃体」の活動が一般人より鈍い。サイコパスでは海馬が左右非対称の場合が多い。大脳辺縁系は情動脳で、報酬系の重要な一翼である。ヒトの報酬系では、食とか性の動物本能的な報酬活動の上に、より高次で社会的・長期的な行動に於いても活性化する。扁桃体は情動の基本になっている。活動不活発は恐怖に鈍いと云うことになる。
- 情動による暴発をコントロールする理性が前頭前皮質である。サイコパスの場合は前頭前皮質の活動が弱く、さらに扁桃体との結びつきも弱い。扁桃体の活動の鈍さとも相俟ってサイコパスの性格を作り上げる。良心のない脳、ハイリスク・ハイリターンを好む傾向、痛々しい画像を見ても反応しない脳が現れる。扁桃体以外の異常についても触れられている。
- サイコパスには勝ち組と負け組がある。前者は短絡的な反社会行動の一歩手前で立ち止まれる方で、後者は無分別に一線を越えてしまう方だ。大脳構造的には前頭前皮質の灰白質が薄く白質が厚い。嘘つきも似た傾向を示すという。「社会的地位が高いヒトにはサイコパスが多い」という項がある。お金持ちで高学歴、社会的地位も高いヒト(「勝ち組」)ほど、ルールを守らず反倫理的な振る舞いをするという研究がある。自己申告のゴルフ打数で、これはというヒトが嘘の打数を、平気で書いて出すのに驚いたことがある。
- いまNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」が再放送されている。信長が本能寺の変で憤死し、秀吉の中国大返しが始まろうとするドラマのクライマックスに差し掛かっている。日本史上信長ほどサイコパス的な人物は見当たらない。革命家・独裁者には勝ち組サイコパスと認知できる人物がずいぶんといる。大粛清をやった毛沢東の、先妻とその息子に対する冷血ぶりが紹介してある。スターリンなどもサイコパスの典型なのであろう。ケネディやクリントンも顕著なサイコパス傾向を示すという。
- サイコパスに対する科学のメスは精神分析から始まり脳科学に受け継がれる。いまではかのフロイトの業績にも「トンデモ科学」的要素が指摘されている。著者は現在の科学的理解を「1.脳の機能について、(反社会性への)遺伝の影響は大きい。2.生育環境が引き金となって反社会性が高まる可能性がある。」と纏めている。
- 精神伝達物質の分解酵素の産生に関わる遺伝子MAOAは、活性が鈍いと、サイコパスに関連する攻撃性を上げる精神状況(動物実験)を作りやすい。ヒトの3割は活性の鈍いタイプのMAOAを持っている。サイコパスの特性がドーパミンの大量放出と関連があるとも云う。ドーパミンは快楽感情を強化する。その遺伝子が特定されたとは書いてないが、中毒のように連続殺人に走る解釈に使ってある。
- 環境によって変わるサイコパスに関する社会学的実験は壮大である。その一つでは、就学前幼児に、非認知的スキル(肉体的・精神的健康や、忍耐力、やる気、自信、協調性といった社会的・情動的性質)を育てることを重点に子供の自発性を大切にする活動を徹底的に教育する。教育終了後、これを受けた子供と受けなかった子供を40才まで追跡調査した。教育による反社会的行動の低下が証明された。さらに一般的に、幼少期の環境が脳に与える影響の重大さが解った。
- 第6章には身近にいるサイコパスを具体的に説明してある。引退老人が後妻業の女に引っかかった事件はまだ記憶に新しい。ヒトのドーパミン分泌量は中高年になると減って行く。前頭葉を使うことで生じる快楽や、自分で意志決定をすることの喜びが得られにくくなる。他人を疑うことは、認知負荷、つまり脳に掛かる負荷が高い行為だ。疲れる。「ほっとけ」になる。「じじい殺し」はそれにつけ込む。男は女が近寄ってきても、逆の場合ほどには警戒しないのもその成功率を上げる理由だ。男は逃げたら重荷から解放されるが、女には妊娠・出産の重荷を背負う可能性があるから、どうしても慎重になる。
- 自己犠牲を美徳としているヒトほどサイコパスに目を付けられやすいという報告がある。看護や福祉、カウンセリングなどの人を助ける職業のヒトの良心をくすぐり、餌食にして行くという。第7章にサイコパスの少ない職業トップ10の表があり、介護士、看護師、療法士の順に並ぶ。私は技術者で教師もやった。どちらも入っている。サイコパスの多い職業トップ10は企業の最高経営責任者、弁護士、マスコミ、シェフなどがある。内科医が前者なのに外科医は後者だ。唯我独尊的「天皇」が出やすい職業をサイコパス傾向者が選ぶと云うことか。
('18/10/15)