新しい人体の教科書(下)V
- TとUで、新しい人体の教科書(下)の感覚器系と神経系を学んだ。Vでは残りの第7章 血液と血球、第8章 リンパ系器官と生体防御、第9章 泌尿器系、第13章 内分泌系、第14章 生殖器系を扱う。
- 血球の中で赤血球と血小板には細胞核がない。だが骨髄にある造血幹細胞から血球が分化する段階では、血球のすべての種類に細胞核が存在する。だから赤血球も血小板も細胞である。それが骨髄を走る毛細血管に入り込んだ段階で、細胞核を失っている。血小板は骨髄に棲む巨核球という細胞の細胞質の破片だ。巨核球は64個もの核を持った非常に大型の細胞で、約2000個の血小板を生み、残りの細胞は破壊してゆく。血小板は血管破損のさい、破損部に集合して、組織として最初の止血応急手当を行う。最終的には血液の中に溶解しているフィブリノーゲンがフィブリン線維となって析出する。血管の内皮細胞修復を終えると、フィブリンは血清中のタンパク質分解酵素プラスミンで溶解除去される。
- 生体防衛を担う血球は、血流やリンパ液流に乗って全身をパトロールしているが、リンパ小節という溜まり場があって主な活動はそこでやる。リンパ節、扁桃、消化管や気道、生殖器官の粘膜に至るまで広く分布する。リンパ系器官では細網細胞という細長の細胞のネットワークと、その網の隙間を縫う膠原線維の糸が絡んだ構造になっている。このクモの巣の網目を足場にして、リンパ球や大食細胞といった遊走性の細胞が生息している。
- 骨髄の造血幹細胞の一部は、リンパ系幹細胞を経てリンパ芽球に分化する。胸腺に達したリンパ芽球はTリンパ球となり、そこで自己と異物を峻別する能力を、受容体を表面に露出させる構造で取得する。能力取得率は2〜3%と低い。胸腺も細編み細胞のネットワーク構造になっている。
- リンパ小節にはBリンパ球が詰まっている。中心部(胚中心)はBリンパ球増殖部だ。Bリンパ球はヘルパーTリンパ球の活性化指令で増殖し、形質細胞となって抗体を産生し放出する。ヘルパーTリンパ球は、自然免疫挙動を行う大食細胞とか樹状細胞の抗原提示で抗原認識をして活動を始める。この免疫機構は液性免疫と呼ばれ、獲得免疫の一つである。もう一つの獲得免疫は細胞性免疫でキラーTリンパ球が異物や感染病原菌やガン細胞を攻撃する。なおリンパ球の中にはTとBのほかにナチュラルキラー細胞(NK細胞)があって、自然免疫段階でキラーTリンパ球とほぼ同じ役割を担う。
- 免疫機構は実によく出来ている。しかし過剰反応を招来すると、アレルギーとか自己免疫疾患を引き起こす。後者の例に、重症筋無力症は、神経伝達物質アセチルコリン受容体に対する自己抗体が出来て、受容体を抗体が塞いでしまうためと説明されている。過剰反応の話題には解説書が数多く出版されていて、それぞれの角度から興味ある話題を提供してくれている。本HPにも「古墳時代の花粉症」('99)、「ここまで進んだ花粉症治療法」('05)、「進化から見た病気」('09)、「寄生虫病」('10)、「病の起源」('12)、「食物アレルギー」('12)、「進化医学」('13)、「腸のふしぎ」('13)、「生命の行方を握る細胞活動」('14)、「なぜ皮膚はかゆくなるのか 」('15)と賑やかである。
- 泌尿器系の中心は腎臓だ。その話もこのHPにいろいろ取り上げてきた(「腎臓のはなし」('13)、「内蔵の進化」('14)、「植物機能系の生理学」('16)ほか)。昨年、山中伸弥、タモリ司会の「NHKスペシャル「人体」“腎臓”があなたの寿命を決める」という科学番組では、地トレーニングや高血圧症を例に、腎臓が人体の生命環境維持に働く様子を解説した。腎臓の中で血液浄化を担う小器官が100万個はあるというネフロンで、その構造と機能についても詳しい解説をやっていた。本書のネフロン解説は豊かな写真と模式図で一段と詳しい。
- 腎小体の糸球体には輸入細動脈が入り輸出細動脈が出て行く。出入りが動脈なのが大切で、一番の理由は不要物粗液(原尿)を濾過分離するための圧力だ。浸透圧を超える必要がある。原尿は粗分けで赤血球或いはそれ相応の大きさの血液成分は濾過しないが、低分子量物質(低分子量タンパク質も)を尿細管へ押し出す。原尿は180l/日というから5ガロン缶10杯だ。陸上動物になった以上水分を回収せねば命に関わる。ネフロンは99%回収するそうだ。ほか糖やアミノ酸など有用物質も回収せねばならない。
- 尿細管とそれを取り巻く毛細血管の間に働く浸透圧が、原尿からの再吸収の原理である。近位尿細管にはナトリウムポンプがあって、原尿のNaイオンをATPエネルギーを消費しつつ能動輸送する。それが浸透圧差による水分子移送の駆動力である。水分子には水チャンネルがある。アミノ酸やグルコースにはそれぞれの輸送体がある。尿細管はヘレンのループを経て遠位尿細管に達し、そこから集合管に至る。輸出細動脈、輸入細動脈、遠位尿細管が糸球体外側のボウマン嚢に集まる場所に糸球体傍細胞があって、体液調整を担うホルモンシステムを支配している。有効成分の分別濾過の妙は何度見ても感嘆するほかない。
- 膀胱を含めた尿路の壁の粘膜は、特徴的な移行上皮で覆われている。内容が空の時には細胞層が約10層まで厚くなり、内容物が充満するにともない引き延ばされて3〜4層にまで薄くなるという。排泄がバッチワイズであることに対応する皮膚だ。排尿を支配する筋肉には3種あり、内2筋は自律神経に支配される平滑筋で、最後の外尿道括約筋だけが骨格筋で、陰部神経により意識的に開閉できる。継続的に膀胱に貯まってゆく尿の分量を知らせ、小便をさせる脳の連携模式図は面白い。
- 内分泌系つまりホルモンについても本HPにはいろいろ載せている。「細胞紳士録」('04)、「食欲の科学」('13)、「リンパの科学」('13)、「生命の行方を握る細胞活動」('14)、「内蔵の進化」('14)、「植物機能系の生理学」('16)、「新しい人体の教科書(下)U」('18)などだ。
- 生体を制御する微量物質ホルモンには、部分的ながら興味深いものが多い。だからか、古くから関心があったが、昆虫の変態と休眠にホルモンが働く(日本化学会編:「新ファーブル昆虫記」、大日本図書、'91)と知ったころから、積極的に知識を仕入れるようになった。ホルモン機能の高度の選択性が、情報授受細胞に特異受容体あればこその話であると知ったのは近年である。ホルモン分泌にはしばしばヒエラルキー構造が見られることも近年知った。
- 下垂体と下垂体ホルモン、甲状腺と甲状腺ホルモン、上皮小体とそのホルモン(骨のリモデリングの溶解側を担ぐ)、副腎、性ホルモン、膵臓、消化管、その他と各論が展開する。コラムの一つに「胃・十二指腸潰瘍とH2ブロッカー、ピロリ菌」があって、花粉アレルギーですっかり著名になったヒスタミンとの関係が記述されていて面白い。ヒスタミンは肥満細胞(マスト細胞)から放出され、気管支平滑筋や皮膚の毛細血管のヒスタミンH1受容体に結合すると、喘息症状や皮膚の?痒感を引き起こす。一方ヒスタミンH2受容体は胃壁細胞にあり、結合があると塩酸分泌が亢進される。予めH2ブロッカーで胃壁の受容体を隠しておけば、胃潰瘍まで進まないというわけ。ピロリ菌は抗生物質の投与で容易に除かれるという。
- Zoom Upに「恒常性の維持(ホメオタシス)」がある。私など体温の0.5℃の変化でもう病人気分だ。そのたびに、身体の内部環境維持のための機構には改めて驚かされている。内部環境の要素には体温のほか、体液のpH、浸透圧、イオン濃度などを見てきた。この機能を主に担当するのは、自律神経系と内分泌系だ。外温が上がったらという例が示してある。間脳の視床下部にある体温調節中脳からの指示で、ホルモン、自律神経、体性神経が働き出す。よほど寒くなると骨格筋がぶるぶる震えて発熱するのは、体系神経がらみである。
- 最後に生殖器系の章を読む。私は、本書ほどに、詳細で明確な生殖器官の解剖学的模式図を、今までに見たことがない。生殖器だけは、男女で機能も構造も大幅に変わる。生殖幹細胞から精子に至るルートを確認しよう。精巣(睾丸)に精巣小葉が200〜300とあって、クモの糸ほどの精細管が詰まっている。その精上皮基底膜にある精粗細胞が精幹細胞である。その分裂で出来る最初のものが精母細胞(一次精母細胞)、次が精娘細胞(二次精母細胞)、その次に精子細胞、最後に精子となって精上皮から離れ精細管に送り出される。
- 染色体数は減数分裂で、精娘細胞以降は半数の23本になっている。精細管内では補助役のセルトリ細胞が、生殖細胞を支え栄養に当たる。精子細胞までは細胞質があるが、セリトリ細胞によって精子になるまでに細胞質は剥ぎ取られ、オタマジャクシ状になって精子は自らの尾で泳遊する。そのエネルギーは中間部のミトコンドリアが産生するATPから与えられる。精子の頭には、受精に先駆けて、卵子の外周を包む卵膜を溶解させるタンパク質分解酵素が詰まっている。対戦車ロケット弾のような構造だ。
- 卵巣には20万〜40万X2ほどの原始細胞が生まれつき備わっている。精粗細胞と異なり幹細胞ではない。「ゲノム編集」('17)に述べたように、女性の高齢出産(現実には35才以上の出産)が困難或いは危険の確率が高くなる理由が、卵原細胞が母と同じだけ年齢を重ねている点にある。
- 閉経期以降は卵胞は発達しないから、女性の生殖可能期間は、思春期からの35年ほどと云うことだ。高齢出産の境界までの期間は20年弱。選挙権が与えられる18才からだと、僅か17年間が出産適齢期だ。高度社会に適応するのに大学大学院を出てからと云うのなら、10年ちょっとしかない。高学歴社会ではどこも出生率低下で悩む。当然だ。かなり手荒な出産政策を講じないと、今の日本が良い例だが、民族は危機を迎える。
- 女性の性周期は約28日。月経が4日あって、原始卵胞が成熟して卵子を放出するまでの期間は約2週間である。卵母細胞を取り巻く卵胞上皮細胞は発達し、卵巣に残って黄体ホルモン産生(分泌期は2週間)に携わる。黄体ホルモンは子宮の妊娠準備態勢をつくるために働く。成熟卵胞は10数個でワン・セットだ。でも最後まで発達するのは1個だけ。卵子は24時間の寿命があり、その間に運良く受精(卵管膨大部)できれば、卵管狭部を抜けてついに子宮に着床する。精子の寿命は2−3日はある。出産は最終月経のあった日から約280日(約40週)だ。女性は分娩後元の状態に回復するのに6〜8週間の産褥期間が必要だ。出産とは女の戦争と云ったが、その通りだ。
- 新生児に母体胎盤から伝わる免疫は意外に寿命が短いと云われている。母乳育児の場合には母からの免疫を継続的に貰える。出生児自体の免疫機構がその間に立ち上がる。やはり昔通りの母乳育児がもっとも自然なのだ。「できそこないの男たち」('09)は元来の遺伝システムは女性本位に出来ているという議論で、印象深かった。本書にもそれに触れた一節がある。
- そのほか性染色体異常によるダウン症候群とか、ターナー症候群あるいはクラインフェルター症候群などの説明もある。お茶の水女子大学が受け入れを発表したトランスジェンダーは、クラインフェルター症候群のヒトが殆どなのだろう。TVドラマ鬼平犯科帳第8シリーズ5話「はぐれ鳥」は傑作だ。毬谷友子演じる盗賊:津山薫の「おとこ女」ぶりは見事である。でもこのおとこ女は性的には正常な女だ。トランスジェンダーではない。
('18/07/14)